【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
◇
オリア魔法学園の城のような建物の窓からは、授業する先生たちの声や、実習で騒めく生徒たちの声が聞こえてくる。
まだ授業中であるにも関わらず、【私】は校舎の外にいた。
噴水広場を通り抜けて庭園に辿り着いたその刹那、不意に後ろから抱きしめられる。【私】が驚いて飛び上がると、背後からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「サ~ラちゃん。なにしてんの?」
「オルソン?!」
「正解~」
正体を明かしたところでいっこうに放そうとしないオルソンに痺れを切らして藻掻いてみるけど、彼の腕はしっかりと巻きついている。
【私】は「くそう」と呟いて振り返った。その先にいるのは、形の整った唇の端を持ち上げて微笑むオルソン。スラリと背が高いオルソンの腕の中に、小柄な【私】はすっぽりと収まっている。
「放して」
「やだ。サラちゃんを抱きしめてると安心するんだもん。さっき怖い夢を見ちゃったからこのままでいたい」
「いま急いでるの。放してくれないと絶交するよ」
「それはやだな」
オルソンが名残惜しそうに離れる。
自由になった【私】は両腕をさすりながら息を吐いた。
「どーして急いでるの?」
「うん……ちょっと探し物してて」
「俺も手伝おうか?」
「ううん、大丈夫」
【私】は慌てて首を横に振った。
きっとオルソンを巻き込みたくなかったから。
【私】が探しているのは、授業中に察知した禍々しい気配の行方だ。その正体を探るために授業を抜け出してきたから、オルソンには近くにいて欲しくなかった。
それなのにオルソンは仲間に入れてくれなかったのが悲しいのか、眉尻を下げる。まるで捨てられた子犬のような表情になって【私】を見つめた。
いつもは飄々と笑っているオルソンが悲しそうにしていると、割増しで傷ついているように見えてしまう。それで罪悪感を感じたのだろう。
「も、もちろんさ、オルソンとも話したいからまた後で会おう? ね?」
オルソンを宥めるように【私】はそう付け加えた。
するとオルソンの海のように深い青の瞳には、必死で話しかけている【私】の姿が映る。
その瞳が意味ありげに眇められた。
「サラちゃんは俺を捨てないよね?」
ぽつりとオルソンが呟いた言葉に、【私】は疑問の言葉を口にする。
オルソンからいつもと違う気配を感じ取ってはいるものの、その正体が掴めていないようだ。
「当り前だよ! オルソンは大切な友だちだもん!」
「じゃあ、約束して?」
「いいよ」
【私】が小指を差し出すと、オルソンがそれに自分の小指を絡める。
「俺のこと捨てたら、サラちゃんを塔の中に閉じ込めるから」
「なにそれ……怖いよ」
「大丈夫、大切にする」
「意味わかんない。閉じ込めると大切にするって違うでしょ?」
「ううん、大切だから閉じ込めるの」
まだその言葉の意味が呑み込めていない【私】は首を傾げる。角度がついた視界に映るオルソンもまた、真似をして首を傾げた。さらりと靡くオレンジ色の髪が顔にかかると、長く形の整った指で耳にかける。
そのさりげない所作さえ気品を感じさせるけど、この時の【私】はまだオルソンがシーアの王族である事実を知らず、ただその動きに見惚れていた。
すると、【私】を見つめるオルソンの海色の瞳が翳る。
「サラちゃんが他の男と喋ってるとすごく腹立つからさ、永遠に二人きりになりたい」
「な、なななにを言ってるの! そうやって女の子を口説いてばっかりだと本当に好きな子を振り向かせられなくなるよ!」
オルソンの変化に気づいていない【私】は口説かれていると受け取ったようで、照れ隠しでそう言うと、逃げるようにその場を去った。
「……あれ、気配が消えてる」
追いかけていた気配が消えているのに気づいて立ち止まる。もう一度振り返った先には、オルソンしかいない。
「まさか、ね」
そう呟いて探すのを再開した。
よもやその背後で、オルソンが獲物を狙うような目で見つめているとも知らずに。
◇
「ヤンデレキタァァァァ!!!! ……っは、目が覚めた」
見慣れた天井が視界いっぱいに広がって安堵した。すると視界の端からジルがひょっこりと顔を出す。耳をすっかり後ろに倒してしまってご立腹の様子だ。
「やい、小娘。騒がしいぞ!」
ぷんすこと小言を並べてくる姿は通常運転で、見ていると心が落ち着く。
「ジルー! 怖い夢見たからモフらせて!」
「む、そうか。それなら好きなだけ触れ」
「えっ?! ジルが優しい……?」
いつもならこうやって抱きつくと前足を突っぱねてガードしてくるジルなのに、今日は大人しくモフられてくれている。
ここ最近、やたらと優しい気がするんだけど、もしかして主人であるノエルの【なつき度】が上がったのかしら?
そんなことを考えつつモフモフを堪能する。
「ところで小娘、ヤンデレとは何だ?」
「え~? 私そんなこと言ったかしら?」
「とぼけるな。ミカも聞いているぞ」
「寝惚けて言ったからわからないわよ」
寝言とはいえ前世の言葉はあまり使わない方がいいわね。とぼけてみてもジルなら追及はしてこないけど、うっかりノエルの前で言ってしまったら根掘り葉掘り聞かれそうだもの。
「おい、小娘。そろそろ支度しないと朝食を食べられなくなるぞ!」
「わわっ! 急がなきゃ」
こうして私はいつも通り、【魔法薬学の教師】になって寮を出る。
オリア魔法学園の城のような建物の窓からは、授業する先生たちの声や、実習で騒めく生徒たちの声が聞こえてくる。
まだ授業中であるにも関わらず、【私】は校舎の外にいた。
噴水広場を通り抜けて庭園に辿り着いたその刹那、不意に後ろから抱きしめられる。【私】が驚いて飛び上がると、背後からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「サ~ラちゃん。なにしてんの?」
「オルソン?!」
「正解~」
正体を明かしたところでいっこうに放そうとしないオルソンに痺れを切らして藻掻いてみるけど、彼の腕はしっかりと巻きついている。
【私】は「くそう」と呟いて振り返った。その先にいるのは、形の整った唇の端を持ち上げて微笑むオルソン。スラリと背が高いオルソンの腕の中に、小柄な【私】はすっぽりと収まっている。
「放して」
「やだ。サラちゃんを抱きしめてると安心するんだもん。さっき怖い夢を見ちゃったからこのままでいたい」
「いま急いでるの。放してくれないと絶交するよ」
「それはやだな」
オルソンが名残惜しそうに離れる。
自由になった【私】は両腕をさすりながら息を吐いた。
「どーして急いでるの?」
「うん……ちょっと探し物してて」
「俺も手伝おうか?」
「ううん、大丈夫」
【私】は慌てて首を横に振った。
きっとオルソンを巻き込みたくなかったから。
【私】が探しているのは、授業中に察知した禍々しい気配の行方だ。その正体を探るために授業を抜け出してきたから、オルソンには近くにいて欲しくなかった。
それなのにオルソンは仲間に入れてくれなかったのが悲しいのか、眉尻を下げる。まるで捨てられた子犬のような表情になって【私】を見つめた。
いつもは飄々と笑っているオルソンが悲しそうにしていると、割増しで傷ついているように見えてしまう。それで罪悪感を感じたのだろう。
「も、もちろんさ、オルソンとも話したいからまた後で会おう? ね?」
オルソンを宥めるように【私】はそう付け加えた。
するとオルソンの海のように深い青の瞳には、必死で話しかけている【私】の姿が映る。
その瞳が意味ありげに眇められた。
「サラちゃんは俺を捨てないよね?」
ぽつりとオルソンが呟いた言葉に、【私】は疑問の言葉を口にする。
オルソンからいつもと違う気配を感じ取ってはいるものの、その正体が掴めていないようだ。
「当り前だよ! オルソンは大切な友だちだもん!」
「じゃあ、約束して?」
「いいよ」
【私】が小指を差し出すと、オルソンがそれに自分の小指を絡める。
「俺のこと捨てたら、サラちゃんを塔の中に閉じ込めるから」
「なにそれ……怖いよ」
「大丈夫、大切にする」
「意味わかんない。閉じ込めると大切にするって違うでしょ?」
「ううん、大切だから閉じ込めるの」
まだその言葉の意味が呑み込めていない【私】は首を傾げる。角度がついた視界に映るオルソンもまた、真似をして首を傾げた。さらりと靡くオレンジ色の髪が顔にかかると、長く形の整った指で耳にかける。
そのさりげない所作さえ気品を感じさせるけど、この時の【私】はまだオルソンがシーアの王族である事実を知らず、ただその動きに見惚れていた。
すると、【私】を見つめるオルソンの海色の瞳が翳る。
「サラちゃんが他の男と喋ってるとすごく腹立つからさ、永遠に二人きりになりたい」
「な、なななにを言ってるの! そうやって女の子を口説いてばっかりだと本当に好きな子を振り向かせられなくなるよ!」
オルソンの変化に気づいていない【私】は口説かれていると受け取ったようで、照れ隠しでそう言うと、逃げるようにその場を去った。
「……あれ、気配が消えてる」
追いかけていた気配が消えているのに気づいて立ち止まる。もう一度振り返った先には、オルソンしかいない。
「まさか、ね」
そう呟いて探すのを再開した。
よもやその背後で、オルソンが獲物を狙うような目で見つめているとも知らずに。
◇
「ヤンデレキタァァァァ!!!! ……っは、目が覚めた」
見慣れた天井が視界いっぱいに広がって安堵した。すると視界の端からジルがひょっこりと顔を出す。耳をすっかり後ろに倒してしまってご立腹の様子だ。
「やい、小娘。騒がしいぞ!」
ぷんすこと小言を並べてくる姿は通常運転で、見ていると心が落ち着く。
「ジルー! 怖い夢見たからモフらせて!」
「む、そうか。それなら好きなだけ触れ」
「えっ?! ジルが優しい……?」
いつもならこうやって抱きつくと前足を突っぱねてガードしてくるジルなのに、今日は大人しくモフられてくれている。
ここ最近、やたらと優しい気がするんだけど、もしかして主人であるノエルの【なつき度】が上がったのかしら?
そんなことを考えつつモフモフを堪能する。
「ところで小娘、ヤンデレとは何だ?」
「え~? 私そんなこと言ったかしら?」
「とぼけるな。ミカも聞いているぞ」
「寝惚けて言ったからわからないわよ」
寝言とはいえ前世の言葉はあまり使わない方がいいわね。とぼけてみてもジルなら追及はしてこないけど、うっかりノエルの前で言ってしまったら根掘り葉掘り聞かれそうだもの。
「おい、小娘。そろそろ支度しないと朝食を食べられなくなるぞ!」
「わわっ! 急がなきゃ」
こうして私はいつも通り、【魔法薬学の教師】になって寮を出る。