このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 翌朝、準備室から出ると、またノエルがいた。
 準備室は人通りが少ない場所にあるし、明らかに私に用があるってわかっているけど。

「……」
「……」

 お互いに何も言葉が出てこない。
 ノエルはじっとこちらを見ていて、もしかしたら芋ジャージを着てるからそっちに意識が向いてしまってるのかもしれないけど、目を合わせられなかった。

 なにか声をかけなきゃ。
 頭ではわかっているのに、言葉は喉に引っ掛かって出てこない。
 どう、しよう。

「ジル、行くよ」
「お、おい、小娘!」

 結局、校外学習の出発の時間が迫ってきたから、そのまま通り過ぎてしまった。

「やい、小娘。ご主人様を無視するなんていい身分になったもんだな」
「うるさいわね。話しかけられない空気だったのよ」

 今日こそ落ち着いて話しかけられると思っていたのに、どうしてか上手くいかない。
 なんでなんだろう。私、自分がこんなにも頑固だっただなんて、知らなかった。

   ◇

 校門前に集合すると、グリフォンの馬車に乗って、王都の近くにあるフィニスの森に出かけた。

 ここは夜になると霧が立ち込めてしまうから人間にとっては不便な場所だけど、ガルデニアたちにとっては自生に適した環境だ。

「みんな、気をつけて歩いてね!」

 水分を多く含む土壌だから、いかんせん足元が悪い。ずるっと滑ってこけてしまいそうだ。

 ここからは班別行動だ。
 あえてどの班も貴族と平民が揃うように班を組んだ。

 さて、どうなることやら。
 見守っていると、サラが同じ班のイザベルに声をかける。

「あ、あの。セラフィーヌさん、ガルデニアのこと詳しく教えていただけませんか?」
「よくってよ。ほら、行きますわよ」

 イザベルがそう言うと、サラは花が咲き綻ぶような笑顔を浮かべた。

 パッと見る限りだと、サラはまだどの攻略対象とも進展がなさそうなのよね。
 だけどイザベルとは格段に仲良くなっていて、植物園での事件があってからは一緒にいるところをよく見かける。

 まあ、イザベルって、悪役令嬢と呼ばれつつ、ただ口調がキツくて厳しいだけなのよね。庶民のサラが婚約者のいる令息と二人きりになったりするから注意しに現れたりするわけで、根はいい子なのよ。
 言い方がキツイのが玉に瑕であって、それが元で勘違いされてしまうのがすごくもったいないんだけど。

 もともとイザベルはアロイスの婚約者にするために厳格に育てられていたのもあって、自分にも他人にも厳しいのよね。

「リュフィエさん、イザベル様に気安く近づかないでくださる?」
「で、でも。私はセラフィーヌさんと同じ班ですし、この課題は班の人と力を合わせてガルデニアを探すんですよね?」

 イザベルの友人たちが目くじらをたてて現れる。
 ああ、注意しないとこれはまた厄介なことになってしまうわ。そう思っていた矢先に、ドナたちが乱入してきた。

「庶民が貴族に近づくなってか? お前たちなんて、こっちから願い下げだよ!」

 火に油を注ぐな。
 ドナの一言で、一触即発の事態になってしまった。

「ちょ、ちょっと! 言い争いをしないで課題を――」

 止めに入ろうとしたその時、なにかに躓いて、盛大にこけた。
 見事なほどに地面に真っ逆さまだった。泥の感覚が右半身に伝わってくる。

「せ、先生。この根っこ、いきなり現れましたよ」

 サラはすっかり蒼ざめてしまっている。
 動く木の根っこ。そう聞いて嫌な予感がして、足元を見ると、木の根はもうない。その代わりに、森の奥から地響きと共に大きな木が現れた。

「お、おい、小娘。これはヤバいぞ」
「ええ、トレントのしわざだわ」

 きっと他の木々に働きかけたんだろう。

 トレントはパッと見る限りだと他の木と変わりなく見えるが、属性は全く違う。彼らは精霊の一種だ。
 普段は森の木に擬態している生き物なのに、こんなに人間に近づいてくるのは珍しい。

「なんか、怒ってませんか?」

 サラの声は震えてしまっている。

「そうね、目が赤く光っているということは、気が立っているから話を聞いてくれないと思うわ」

 刺激しちゃいけない。
 それなのに、怖くなってしまったあまりに叫び声を上げてしまった生徒がいた。

「よ、よしなさい。トレントは騒がしいのが苦手ですのよ」

 イザベルが慌てて止めるが、もう遅かった。
 トレントは赤い光を更に強めて怒りを露にしている。

「人間、許さない。人間、森、荒らす」

 片言ながらもトレントがそう言ってくる。

「私たちはガルデニアを採集しに来ただけよ。毎年人間が採集に来るでしょ?」

 無害だとわかって欲しくて訴えるけど、聞いてくれなかった。

「二日前も、人間、来た。人間、森を荒らした。我が戻した」

 それは私たちじゃないんだけど、言ったところで聞いてくれそうにない。

 まずはみんなを守らないといけない。

 それなのに、立ち上がろうとすると木の根が伸びてきて、足首を掴まれてしまう。

「みんな、逃げて」
「メガネを見捨てたりしねぇよ」

 そう言ってドナが火の魔法を使おうとするのを、アロイスが止めてくれた。確かにトレントは火が苦手だけど、使えばきっと怒りが増すはずだ。

「説得するしかなさそうですわ」

 イザベルは唇を噛んでいる。どうやって説得しようか、考えているようだ。

「でも、聞いてくれなさそうなのにどうすれば……」

 サラが泣きそうな顔をして言ったその時、バサバサと羽ばたく音が降ってくる。空を見上げると、一羽のグリフォンが舞い降りてきた。
 その背に乗っているのは、ノエルだ。

「ノ、エル?!」
「やはり僕が一緒にいない時には外に行かないでください。あなたが出ると問題が起きてしまうみたいなので」

 違うわよ。問題を起こすのは私じゃなくてこのトラブルメーカーたちなんだから。
 そう思ったけど、彼の顔を見るとなぜかホッとした。

「トレント、僕たちは森を荒らしません。その証拠に、この森を癒してみせましょう」

 ノエルはみんなに合図をして、一斉に回復魔法を放たせる。
 森を大きな光が包み、光が消えると木々の緑は鮮やかになっていた。

 トレントはなにも言わなかったけど、木の根が足を離してくれたからもう怒ってないようだ。そのまま森の奥へと消えて行った。

「みんな、力を合わせて助けてくれてありがとう」

 怖かっただろうに、逃げずに助けようとしてくれたのは本当に嬉しい。

「今いちど、オリア魔法学校の三か条を思い出してみて。”博愛をもって仲間と共に精進せよ”とあるように、同級生は互いに高め合う良き仲間なのよ。考えも、身分も、経験も違うみんなで互いを補い合って、新しい未来を作っていって欲しいの」

 みんな黙ってしまった。
 やっぱり、身分差別の問題はそう簡単には解決できないのかもしれない。ゆっくりと、変えていこう。

 そう思っていたけど、この気持ちは伝わってくれたようで、ガルデニア採集を再開すると、意外にもドナがイザベルに話しかけて一緒に探すようになり、他の生徒たちも揉めることなく協力して探すようになった。

 結局、駆けつけてくれたノエルにも手伝ってもらった。
 生徒たち、特に女子生徒は、ノエルが来たのでとっても嬉しそうだ。

 ありがとうって、お礼を言わなきゃいけないわね。
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