【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
◇
ローランが裏切った。
計画を実行する前に、よりにもよってリュフィエにその内容を明かそうとしていた。
一体なんのつもりだ?
……どうだっていい。
理由など知りたくもない。
知ろうとしたところで、もうローランはいないが。
「ご主人様、いかがしますか?」
指示を待つジルの瞳は戦意が宿っていて頼もしい。
結局、月の力のせいでどれほど多くの人を魅了できたとしても、真に僕のことを想ってくれるのはロアエク先生と使い魔たちだけ。
この学園も、この国も、この世界も、僕から大切な物を奪うだけで返そうとしない。
それならこちらだって奪ってやる。
未来を奪われて絶望しろ。
お前たちが欲しくてやまなかった月の力を使って苦しみを教えてやろう。
「計画通り始める。お前たちは学園中を荒らせ。光使いを消したら合流して王城を襲撃する」
リュフィエが下手な動きを見せる前に消す。
魔力を辿って見つけ出し、その場で息の根を止める。
すぐにリュフィエを見つけ出すべく、その気配を辿って回廊に向かっていると、不意に声をかけられた。
振り向けば、白い装束に身を包んだドーファンが立っている。
「ファビウス先生、こんばんは」
「ドーファン先生。こんな真夜中にどうしましたか?」
「学園祭前になって、ロアエク先生を思い出してしまって感傷に浸っていたんです。――ロアエク先生が呪いを患ったのがちょうど、学園祭の前日でしたから」
どうして、呪いのことを知っている?
ロアエク先生は呪いの影響がだれにも及ばないように黙っていたはずだ。
「呪い……ですか」
「ええ、あんなにも素晴らしい人を失って寂しいわ」
僕は先生に贈った守護魔法が破れたので気づいたから呪いのことを知っていたが、そうでなければだれも気づかないはず。
気心が知れているから打ち明けたのか?
いや、ロアエク先生なら相手を想って言わない人だ。
「あなたを見ていると、ロアエク先生を思い出します。よく二人でいるところを見かけていましたから」
「ええ、時間さえあれば先生に会いに行っていました。……僕にとっては、親のような人なので」
あの人を守りたかった。
それなのにあの老いぼれは見せしめのように先生を殺した。
お前に希望はないのだと、知らしめるために。
「とても悲しいことです。ロアエク先生は私の同期だったから、親友を失ったような気持ちなんですよ。ロアエク先生にはよく魔法をかけてあげていましたが、かけてあげる度に笑顔でお礼を言ってくれる人でした。よもや治癒魔法と称して呪いをかけられているのも知らずに、呑気に笑っていたわ」
ドーファンの言葉が、笑い声が、頭の中に響く。
あまりにも強い衝撃を受けたせいなのか、不思議と冷静に頭が動いた。
だれがロアエク先生に呪いをかけたのか、ずっと探っていた。
当時の生徒や教師、来客に至るまで探ってみたが決定的な証拠が全くなかった。
それもそのはずだろう。
治癒師であれば不自然さもなく呪いを施せるはずだ。
「……国王の命令か?」
「それもあるけど、実験をしたかったのも動機の一つね。おかげで、だれにも気づかれずに呪い殺せる魔術を完成させられたわ」
高く笑う声が耳につく。
笑うな。
あの心優しい人を殺したというのに、どうして、お前は笑っている?
「笑うな」
許さない。
お前も、国王も、なにもかも、許すものか。
闇夜の中で生まれた国は、闇夜の中で消えるがいい。
「ファビウス卿、ロアエク先生の元に行きたいなら手伝ってあげますよ。その見返りとして月の力をもらいますけど」
また、月の力のせいか。
物心ついてから絶えず、この力に苦しめられてきた。
何度もこの力を呪い、嫌になるほど運命を思い知らされ、それなのにこの力のせいで生きながらえている。
こんな力、欲しいならくれてやりたいが、お前たちに渡すつもりは毛頭ない。
「必要ない。後ほど自力で会いに行く。地獄から這い上がることになりそうだがな」
きっと、こいつと同じ、地獄に堕ちるだろう。
しかし先生の仇を討たなければ前には進めない。
これから始めようとする計画の前に、目障りな物は消しておきたいのだ。
――呪文を唱えれば、耳障りな笑い声は消えた。
◇
リュフィエが向かっているのは回廊だ。
そこなら真夜中でも明るくて他の建物の間を行き来しやすいからだろう。
おおよそ、教師のだれかにローランから聞いたことを話すに違いない。
回廊の明りを頼りに近寄れば、ちょうどリュフィエが辿り着いていた。
その後ろ姿に向かって声をかける。
「こんな時間に出歩いているなんて、悪い子だね」
振り返るリュフィエの怯えた表情が、回廊の柱にかかる燭台の炎に照らされた。
ローランが裏切った。
計画を実行する前に、よりにもよってリュフィエにその内容を明かそうとしていた。
一体なんのつもりだ?
……どうだっていい。
理由など知りたくもない。
知ろうとしたところで、もうローランはいないが。
「ご主人様、いかがしますか?」
指示を待つジルの瞳は戦意が宿っていて頼もしい。
結局、月の力のせいでどれほど多くの人を魅了できたとしても、真に僕のことを想ってくれるのはロアエク先生と使い魔たちだけ。
この学園も、この国も、この世界も、僕から大切な物を奪うだけで返そうとしない。
それならこちらだって奪ってやる。
未来を奪われて絶望しろ。
お前たちが欲しくてやまなかった月の力を使って苦しみを教えてやろう。
「計画通り始める。お前たちは学園中を荒らせ。光使いを消したら合流して王城を襲撃する」
リュフィエが下手な動きを見せる前に消す。
魔力を辿って見つけ出し、その場で息の根を止める。
すぐにリュフィエを見つけ出すべく、その気配を辿って回廊に向かっていると、不意に声をかけられた。
振り向けば、白い装束に身を包んだドーファンが立っている。
「ファビウス先生、こんばんは」
「ドーファン先生。こんな真夜中にどうしましたか?」
「学園祭前になって、ロアエク先生を思い出してしまって感傷に浸っていたんです。――ロアエク先生が呪いを患ったのがちょうど、学園祭の前日でしたから」
どうして、呪いのことを知っている?
ロアエク先生は呪いの影響がだれにも及ばないように黙っていたはずだ。
「呪い……ですか」
「ええ、あんなにも素晴らしい人を失って寂しいわ」
僕は先生に贈った守護魔法が破れたので気づいたから呪いのことを知っていたが、そうでなければだれも気づかないはず。
気心が知れているから打ち明けたのか?
いや、ロアエク先生なら相手を想って言わない人だ。
「あなたを見ていると、ロアエク先生を思い出します。よく二人でいるところを見かけていましたから」
「ええ、時間さえあれば先生に会いに行っていました。……僕にとっては、親のような人なので」
あの人を守りたかった。
それなのにあの老いぼれは見せしめのように先生を殺した。
お前に希望はないのだと、知らしめるために。
「とても悲しいことです。ロアエク先生は私の同期だったから、親友を失ったような気持ちなんですよ。ロアエク先生にはよく魔法をかけてあげていましたが、かけてあげる度に笑顔でお礼を言ってくれる人でした。よもや治癒魔法と称して呪いをかけられているのも知らずに、呑気に笑っていたわ」
ドーファンの言葉が、笑い声が、頭の中に響く。
あまりにも強い衝撃を受けたせいなのか、不思議と冷静に頭が動いた。
だれがロアエク先生に呪いをかけたのか、ずっと探っていた。
当時の生徒や教師、来客に至るまで探ってみたが決定的な証拠が全くなかった。
それもそのはずだろう。
治癒師であれば不自然さもなく呪いを施せるはずだ。
「……国王の命令か?」
「それもあるけど、実験をしたかったのも動機の一つね。おかげで、だれにも気づかれずに呪い殺せる魔術を完成させられたわ」
高く笑う声が耳につく。
笑うな。
あの心優しい人を殺したというのに、どうして、お前は笑っている?
「笑うな」
許さない。
お前も、国王も、なにもかも、許すものか。
闇夜の中で生まれた国は、闇夜の中で消えるがいい。
「ファビウス卿、ロアエク先生の元に行きたいなら手伝ってあげますよ。その見返りとして月の力をもらいますけど」
また、月の力のせいか。
物心ついてから絶えず、この力に苦しめられてきた。
何度もこの力を呪い、嫌になるほど運命を思い知らされ、それなのにこの力のせいで生きながらえている。
こんな力、欲しいならくれてやりたいが、お前たちに渡すつもりは毛頭ない。
「必要ない。後ほど自力で会いに行く。地獄から這い上がることになりそうだがな」
きっと、こいつと同じ、地獄に堕ちるだろう。
しかし先生の仇を討たなければ前には進めない。
これから始めようとする計画の前に、目障りな物は消しておきたいのだ。
――呪文を唱えれば、耳障りな笑い声は消えた。
◇
リュフィエが向かっているのは回廊だ。
そこなら真夜中でも明るくて他の建物の間を行き来しやすいからだろう。
おおよそ、教師のだれかにローランから聞いたことを話すに違いない。
回廊の明りを頼りに近寄れば、ちょうどリュフィエが辿り着いていた。
その後ろ姿に向かって声をかける。
「こんな時間に出歩いているなんて、悪い子だね」
振り返るリュフィエの怯えた表情が、回廊の柱にかかる燭台の炎に照らされた。