【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 ドナと一緒に学園祭を見てまわる、だと?

 驚いてドナの顔を見てみると相変わらずニヤついていて、一見するとからかわれているんじゃないかと思ってしまう。
 だけど掌に押し込まれたリボンはそう簡単に贈れるものではない。このリボンは学園祭の時期になると購買部で売られる物なんだけど、一人一回しか買えない決まりになっているんだもの。

 私が年頃の女の子なら「もしかして私の事、好きなのかな?」みたいなときめきが始まるシチュエーションだけど、いまの私は教師で、彼は生徒だ。ときめきなんてあってはいけない。

 ノエルとイチャついていた以上に問題であるし、そもそも私にはノエルという婚約者がいる。婚約者がいるのにこのリボンをつけてドナと一緒に歩いていたら、そっちの方があってはならないことだわ。

 これは丁重にお断りしよう。

「そういうお誘いは、同年代の女の子にしてあげなさい。婚約者がいる人に対してするものじゃないわ」
「あんだよー。学園内でイチャついてたの噂にされてもいいわけ?」
「お生憎様だけど、罪を隠すために罪を増やしたくないもの」

 リボンを返そうとしたところでドナは受け取ってくれず、不服そうに唇を尖らせている。拗ねた幼子のような表情を浮かべるドナの本心が全くつかめなくてますます困惑した。

「言ってなかったけど、リュフィエとジラルデとモーリアとクララックとドルイユも一緒なんだ。だったらいいだろ?」

 そういうことだったのかと胸を撫でおろしたが、どのみちドナたちとは一緒にいられない。教師は学園祭の間は見回りがあるから生徒たちに交じってお祭りを楽しむわけにはいかないのよね。
 ドナが挙げた謎メンが集まる理由は気になるところだけど、断るしかないわ。

「いいえ、教師は学園内の見回りがあるから一緒にはまわれないのよ。学園生活最後の学園祭なんだから、みんなで楽しんでいらっしゃい」
「つれねぇーなぁ。俺たちは最後の年だからメガネと一緒にいたいってのに」

 ドナの言葉がとても嬉しくて、胸がじーんとした。
 一生に一度の、最後の年の学園祭で、好きな人とではなく教師と一緒にいたいと言ってくれたんだもの。それだけ生徒に慕ってもらえたという証拠でもあるし、私だってみんなとたくさん思い出を作っていきたいのが本音だ。

「ふふ、そう言ってくれてありがとう。私もみんなと一緒にまわりたいけど、他の先生たちが裏方の仕事をしている時に私だけ見て回ることはできないわ。後でみんなで見てまわったときの話を聞かせてちょうだい」
「じゃあ、俺たちでメガネの仕事手伝うならいいだろ?」
「え、ええ、いいけど……学園祭を楽しめないわよ?」
「いいんだって。じゃ、ドナ様のリボンやるからありがたくいただけよ」
「え?! ちょっと、バルテさん?!」

 ドナは私からリボンを取り上げると、手早く私の手首に結ぶ。
 返品は受け付けないとでも言わんばかりに、そのまま走り去ってしまった。
 
 あまりにも強引すぎるが、ずっと反抗的な態度をとっていたドナの可愛い一面を知れて、思わず笑みが零れてしまう。
 卒業が間近に迫ってくると、離れるのを寂しく思ってくれたのかしら。

「それにしても、これを見たらさすがにノエルは怒るわよね」

 手首を持ち上げると、金色のリボンが風でひらひらと揺れる。
 これをつけたままホームルームをするわけにもいかないから、外してポケットの中に入れた。

   ◇

 放課後、準備室で学園祭の資料を読んでいると、魔術省から帰ってきたノエルが部屋に入って来るなり抱きしめてきた。
 どうやらジルとミカの報告によってドナとの会話を知っていたようで、とても機嫌が悪そうだ。

 扉が開いた瞬間に見えたノエルの表情は目も眩むような笑顔だったのに、同時に、身が竦むほど禍々しいオーラを背負っていたのよね。

 思わず逃げたくなってしまったのは、秘密である。

「バルテのリボンはいますぐ捨ててくれ」
「生徒から貰ったものを雑に扱えないわよ」
「……」
「相手は子どもなんだし、他意はないんだから安心して」
「……レティは知らないから」

 ノエルは小さく呟くと肩口に顔を埋めてしまう。
 首筋に当たるノエルの髪にドキドキしつつノエルの手を撫でて宥めてみると、急に眼鏡を外されてしまった。
 そっと頬に触れてくる手は優しいけど遠慮がなく、輪郭を失った視界ではノエルのシルエットが近づいてくる。

 鼻先が触れ合うとノエルがなにをしようとしているのか察してしまい、慌ててノエルの胸を押し返した。

「ノエル、学園ではキスしないと約束したでしょう?」
「いまだけ許して」
「ダメよ。いつ生徒が来るのかもわからないもの!」

 ノエルとの攻防を繰り広げていると、豪快に笑う声が部屋中に響いた。

 聞き覚えのある声に戦々恐々として振り向くと、差し向かいにある椅子に、王冠と仰々しいマントを身につけたルスが鎮座しているのだ。透かし彫りの素朴な椅子にそんな煌びやかな姿の人物が座っている様はあまりにも異質だ。

 それ以前に、どうして敵国の国王がいとも簡単にここに入ってこれたのかが気になる。

「見せつけてくれても良いぞ?」

 呆気に取られてしまった私とノエルを見て満足したのか、愉快そうに口元を歪ませるルス。

「シーア国王、なぜここにいるんですか?」

 ノエルが静かに問いかけると、ルスは魔法で一冊の本を目の前に出現させた。
 重厚感のある革張りの本が現れた瞬間に、ノエルが息をのむ。振り向くとノエルは目を見開いていて、驚いているようにも怯えているようにも見えた。

「貴殿らに力を貸してやろうと思ってここに来た」

 ルスが指先を動かすと本の表紙が開く。
 

 本のタイトルは、『ノックス王国建国物語』。


 この国の人間ならだれでも読んだことがある話だ。
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