【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「まあ、座れ。話は長くなるだろう」
ルスが指輪に触れると急に、扉からガチャリと鍵がかかる音がした。どうやら私たちはルスに閉じ込められてしまったらしい。
シーアの国王がノックスの建国物語の本を持って現れるなんて、きっとよからぬことの予兆だと思う。
だって、ルスは、ゲームでは学園祭にシーアの魔術師たちを送り込んできたんだから。
……もしかして、いまからイベントが始まってしまうのかもしれない。
不吉な予感に身を震わせると、ノエルが優しく背中を撫でてくれた。
温かく大きな手が触れる度に少しずつ心が落ち着いて、肩の力が抜けるのがわかる。
ノエルは黙っているけど、「なにがあっても僕がいるから大丈夫だ」と言ってくれているような気がして安心した。
「レティが知らないノックスの話を聞かせてやろう」
ルスが頬杖をつきつつ指を動かすと、見慣れない挿絵が描かれたページが開かれる。
月と初代国王グウェナエルが描かれており、こんな挿絵は生まれて初めて見た。どの本にもたいてい、似たような挿絵が描かれているはずなのに。
それに文章も、記憶の中のものとは違った。
――すると女神はオリアの木の枝を地面に刺してこう告げる。
――「闇夜を照らす月の力をお前に与えよう。その代わり、この地の真の平和と安寧を維持しなさい」、と。
月の力なんて、これまでに読んできたどの本にも書かれていなかった話だ。
「これはどこにあった本なんですか?」
「偽物と疑っているのだろうが、これは王立図書館の禁書庫から持ってきた原本だ。限られた者しか閲覧を許されない、真実が書かれた本だぞ?」
「えっと……どこの王立図書館の本でしょうか?」
「ノックスだ」
自信満々に答えるルスを見て、ある事件を思い出した。
冬星の祝祭日の後、王立図書館に侵入者が現れて警備に当たっていた騎士が重傷を負ったらしい。
盗まれた書物はないと言われているけど、盗まれたのが建国物語の原本なら、公表できるわけがないわよね。
たぶん、いや、きっと、ルスがその犯人のようだ。
「あの、窃盗は犯罪ですよ?」
「なに、用が終わったら返却するから問題ないだろう。ノックスから持ち出すつもりもない」
ルスがそう言ってもなにも安心できない。
現にこの奔放な国王はノックス内で無断侵入と窃盗と致傷を犯しているんだもの。
ついでにもう一つ問題を起こしそうだと思っているのに信用なんてできないわ。
「このページに書かれているのは以前レティに話した月の力のことだ。これまでノックス王族には女神から授かった月の力が代々受け継がれ、その力を宿した者が王座に就いていた――現王になるまではな」
「現王はその力を持っていなかったということですね」
「そうだ。その力はどこに行ったと思う?」
私の答えを待たずに、ルスは指を持ち上げるとノエルに向ける。
「ファビウス卿に受け継がれたのさ。落胤と言われど、ノックス王室の血を受け継ぐからな」
「ということは、ノエルは本来なら国王になるべき資質を備えているということですか?」
「ああ、だからこそあの無能な老いぼれは嫉妬しているらしい」
ノックス国王がノエルにしてきたことは嫉妬で済むものじゃない。
おそらく、こんなことをするような人物だとわかっていたからこそ、女神様は月の力を与えなかったんだと思う。
「ファビウス卿、最近の国王の動きはどうだ? また貴殿になにか仕掛けているのか?」
ルスの問いかけに、ノエルの体が一瞬だけ強張ったのがわかった。
ノエルはすぐに緊張を解いたけど、動揺するほどだから、なにかあったのに違いない。
不安に喉を絞めつけられるかのように、息苦しくなる。
「ちょうど本日言い渡されたのですが、シーアへ送る使節団への同行を命じられました。王命で、突然の指名に魔術省の上層部も困惑している状態です」
「ほう? ノックスが使節団を送ってくるとは聞いていないが?」
「……やはり、この王命は罠のようですね。シーア側と話し合って日程も決まっていると聞いていましたが、両国間の関係をみると使節団なんて送れる状態ではないので訝しく思っていました」
「ふん。罠に俺の国を使うとは、ますます神経を逆なでてくれるな」
女神様、これ以上ルスを刺激しないようにノックス国王を止めてください。
このまま怒らせてしまったら、ゲームの時みたいに学園を襲撃されてしまうから。
震える気持ちで女神様に助けを乞うお祈りをしていると、ルスはさらに恐ろしい話をし始めた。
「先日、ノックスの密偵を捕まえて問い詰めたところ、面白いことが分かったぞ。ノックス王はシーアの監獄から気狂いした魔術師を連れ出してここに隠しているとな。そいつを使ってお前の力を奪う腹づもりのようだ」
ノックスがシーアの囚人を脱走させた?
これって、公表されたら国際問題よね。本来なら怒ったルスに戦争を仕掛けられてもおかしくないはずだわ。
いや――実際に、ゲームの中のルスはそれが原因で学園に攻め込んだのかもしれない。
シーアの魔術師たちを送り込んだのはつまり、ノックスへの復讐とその魔術師の排除だったのかも。
「アレは厄介な魔術師だから消そうと思っている。ついでに、ノックス王も消したいんだが、力を貸してくれないか?」
「件の魔術師を捕らえるところまでなら協力できますが、王を消すのはお断りします。然るべき罰を与えて王座から引きずり下ろすつもりですので」
「なるほど貴殿にとって消すなど生温いようだな。簡単には許さないといったところか。うむ、それもまた一興」
恐ろしい解釈をし始めたルスはとても楽しそうで、正直に言って、この人を敵に回したくないと思ってしまう。
幸いにも味方になってくれるようだけど、勢い余って学園を吹き飛ばさないか心配だ。
ルスが指輪に触れると急に、扉からガチャリと鍵がかかる音がした。どうやら私たちはルスに閉じ込められてしまったらしい。
シーアの国王がノックスの建国物語の本を持って現れるなんて、きっとよからぬことの予兆だと思う。
だって、ルスは、ゲームでは学園祭にシーアの魔術師たちを送り込んできたんだから。
……もしかして、いまからイベントが始まってしまうのかもしれない。
不吉な予感に身を震わせると、ノエルが優しく背中を撫でてくれた。
温かく大きな手が触れる度に少しずつ心が落ち着いて、肩の力が抜けるのがわかる。
ノエルは黙っているけど、「なにがあっても僕がいるから大丈夫だ」と言ってくれているような気がして安心した。
「レティが知らないノックスの話を聞かせてやろう」
ルスが頬杖をつきつつ指を動かすと、見慣れない挿絵が描かれたページが開かれる。
月と初代国王グウェナエルが描かれており、こんな挿絵は生まれて初めて見た。どの本にもたいてい、似たような挿絵が描かれているはずなのに。
それに文章も、記憶の中のものとは違った。
――すると女神はオリアの木の枝を地面に刺してこう告げる。
――「闇夜を照らす月の力をお前に与えよう。その代わり、この地の真の平和と安寧を維持しなさい」、と。
月の力なんて、これまでに読んできたどの本にも書かれていなかった話だ。
「これはどこにあった本なんですか?」
「偽物と疑っているのだろうが、これは王立図書館の禁書庫から持ってきた原本だ。限られた者しか閲覧を許されない、真実が書かれた本だぞ?」
「えっと……どこの王立図書館の本でしょうか?」
「ノックスだ」
自信満々に答えるルスを見て、ある事件を思い出した。
冬星の祝祭日の後、王立図書館に侵入者が現れて警備に当たっていた騎士が重傷を負ったらしい。
盗まれた書物はないと言われているけど、盗まれたのが建国物語の原本なら、公表できるわけがないわよね。
たぶん、いや、きっと、ルスがその犯人のようだ。
「あの、窃盗は犯罪ですよ?」
「なに、用が終わったら返却するから問題ないだろう。ノックスから持ち出すつもりもない」
ルスがそう言ってもなにも安心できない。
現にこの奔放な国王はノックス内で無断侵入と窃盗と致傷を犯しているんだもの。
ついでにもう一つ問題を起こしそうだと思っているのに信用なんてできないわ。
「このページに書かれているのは以前レティに話した月の力のことだ。これまでノックス王族には女神から授かった月の力が代々受け継がれ、その力を宿した者が王座に就いていた――現王になるまではな」
「現王はその力を持っていなかったということですね」
「そうだ。その力はどこに行ったと思う?」
私の答えを待たずに、ルスは指を持ち上げるとノエルに向ける。
「ファビウス卿に受け継がれたのさ。落胤と言われど、ノックス王室の血を受け継ぐからな」
「ということは、ノエルは本来なら国王になるべき資質を備えているということですか?」
「ああ、だからこそあの無能な老いぼれは嫉妬しているらしい」
ノックス国王がノエルにしてきたことは嫉妬で済むものじゃない。
おそらく、こんなことをするような人物だとわかっていたからこそ、女神様は月の力を与えなかったんだと思う。
「ファビウス卿、最近の国王の動きはどうだ? また貴殿になにか仕掛けているのか?」
ルスの問いかけに、ノエルの体が一瞬だけ強張ったのがわかった。
ノエルはすぐに緊張を解いたけど、動揺するほどだから、なにかあったのに違いない。
不安に喉を絞めつけられるかのように、息苦しくなる。
「ちょうど本日言い渡されたのですが、シーアへ送る使節団への同行を命じられました。王命で、突然の指名に魔術省の上層部も困惑している状態です」
「ほう? ノックスが使節団を送ってくるとは聞いていないが?」
「……やはり、この王命は罠のようですね。シーア側と話し合って日程も決まっていると聞いていましたが、両国間の関係をみると使節団なんて送れる状態ではないので訝しく思っていました」
「ふん。罠に俺の国を使うとは、ますます神経を逆なでてくれるな」
女神様、これ以上ルスを刺激しないようにノックス国王を止めてください。
このまま怒らせてしまったら、ゲームの時みたいに学園を襲撃されてしまうから。
震える気持ちで女神様に助けを乞うお祈りをしていると、ルスはさらに恐ろしい話をし始めた。
「先日、ノックスの密偵を捕まえて問い詰めたところ、面白いことが分かったぞ。ノックス王はシーアの監獄から気狂いした魔術師を連れ出してここに隠しているとな。そいつを使ってお前の力を奪う腹づもりのようだ」
ノックスがシーアの囚人を脱走させた?
これって、公表されたら国際問題よね。本来なら怒ったルスに戦争を仕掛けられてもおかしくないはずだわ。
いや――実際に、ゲームの中のルスはそれが原因で学園に攻め込んだのかもしれない。
シーアの魔術師たちを送り込んだのはつまり、ノックスへの復讐とその魔術師の排除だったのかも。
「アレは厄介な魔術師だから消そうと思っている。ついでに、ノックス王も消したいんだが、力を貸してくれないか?」
「件の魔術師を捕らえるところまでなら協力できますが、王を消すのはお断りします。然るべき罰を与えて王座から引きずり下ろすつもりですので」
「なるほど貴殿にとって消すなど生温いようだな。簡単には許さないといったところか。うむ、それもまた一興」
恐ろしい解釈をし始めたルスはとても楽しそうで、正直に言って、この人を敵に回したくないと思ってしまう。
幸いにも味方になってくれるようだけど、勢い余って学園を吹き飛ばさないか心配だ。