【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
◇
夜明けと共に戦いが終わった。
朝日に照らされる、動かなくなってしまった私の末裔を見ると、たまらなくやるせない気持ちになる。
月の力を持っているがために悲運を辿り、人ならざる姿になってしまった私の末裔。
確かにこの子がして来たことは許されることではない。
それでもこの子は、心を打ち砕かれるほどの絶望を味わったからこのようになってしまったのだ。
不幸にさせたまま、葬ってしまった。
どうにかして苦しみを拭い去ってあげたかったのに、闇に堕ちていく手を取ってあげられないまま、見殺しにしたまま、手をかけることになってしまった。
「グーディせんせー、なにしてるんですか?」
リュフィエが話しかけてきた。
彼女が光使いの力でこの子を癒してくれたが、深い闇に堕ちたこの子は光の力で焼かれてしまった。
皮肉な話だ。
最後の切り札だった救いの力でさえ、この子を助けられなかったのだから。
「……ファビウス先生が、安らかに眠れるように女神様に祈っているんだ」
「私も祈ります。ファビウスせんせーは確かに悪いことをしたけど、でも私、せんせーの言葉に助けられたりもしたんです。本当は、せんせーを助けたかった」
二人で女神様に祈った。
女神様、どうかもう一度、もう一度この子を助ける機会をください。
そして今度は、この子が求めてやまない無償の愛を与えてくれる救世主を、この世界に呼んであげてください。
この子を光の方に導いてくれる、力強い者を。
◇
桜の木を見上げると、蕾が膨らんでいる。
きっとひと月後にはこの花が咲いて、花吹雪の中で新入生たちが記念写真を撮ることになるんだろう。
私たちが、青山先生とそうしたように。
感傷に浸っていると伊織が声をかけてくる。
「紗良ちん、そろそろ青山先生のお墓に行くよ」
「うん、バス組はもう行ってるもんね。私たちも急がないと」
二人で駐輪場に自転車を取りに行って、ふと気づく。
「青山先生のお墓に置こうと思ってヴィザラバのグッズ持って来たんだけど、教室に忘れて来ちゃったかも」
「うそっ?! 取りに行こう。お供えしたらぜったい喜んでくれると思うし」
ヴィザラバは青山先生もしていた乙女ゲームで、どのキャラクターが好きだとか、どこまで進んだとか、放課後になると一緒に話してくれた。
大好きな先生だった。
卒業までずっと一緒にいられると思ってた。
それなのに先生は、ある日いきなりこの世を去った。
「青山先生、もしかして天国でアロイスに出会えたかな?」
「あー、先生はアロイス推しだったもんね」
「だけど、私思うんだよね。先生ってノエルの方がお似合いな気がするの」
「ノエルって、攻略対象じゃないし、そもそも黒幕でしょ?!」
「そうだけど……もし青山先生がノエルと出会ってたらさ、先生はノエルの事がほっとけなくて、さんざん構って振り回して、ノエルを悲しい運命から助けようとしてくれるんだと思うの。それに、先生って突拍子もない人だからさ、ノエルくらい落ち着いている人の方がそんな先生を受けとめてくれると思うんだよね」
「んー、確かに、性格が正反対の人の方が相性いいって言うもんね」
教室に行くとやっぱり、いつもの癖でロッカーの中にグッズを入れてしまっていた。
今度こそグッズを忘れないように鞄の中に入れて、もう一度教室の中を見渡す。
色んな思い出のある場所だ。
ここで笑ったり、泣いたり、悩んだり、たくさんの思い出を作ってきた。
「私さ、実はオトンに進路反対されてたんだよね」
「え、そうだったの?」
「うん。文学部に行きたかったのに、社会学部に行けってうるさくてさ。だけど教室で泣いてたら青山先生が声をかけてくれて、相談したら先生がオトンを説得してくれたの。うちのオトンってさ、わりと高圧的な態度をとりがちなんだけど、青山先生は私のために粘り強く説得してくれて……ようやく文学部を目指せるようになったんだ。だから私、青山先生には本当に感謝してる」
「そうだったんだ……」
伊織は少し考え込むような素振りを見せて、「あのさ、」と切り出す。
「さっき話していたノエルと青山先生の話、同人誌で書いてみない?」
「いいねぇ〜。じゃ、ストーリーは伊織で、イラストは私が描くね!」
「うん! 大学の入学式が始まるまでに打ち合わせしよ!」
「りょーかい。下宿に引っ越し終わったらすぐに連絡するからお泊まり会しよ」
「やったー! 卒業後も紗良ちんと遊べるの嬉しい!」
教室の扉を閉めて、校舎を出る。
青山先生と過ごした場所をもう一度眺めて、高校生活に幕を閉じた。
◇
これはこの世界を作った、誰も知らない物語。
女神様だけが知る、二人を知る人たちの想いが混ざり合い、新たな運命を作り出した瞬間のこと。
夜明けと共に戦いが終わった。
朝日に照らされる、動かなくなってしまった私の末裔を見ると、たまらなくやるせない気持ちになる。
月の力を持っているがために悲運を辿り、人ならざる姿になってしまった私の末裔。
確かにこの子がして来たことは許されることではない。
それでもこの子は、心を打ち砕かれるほどの絶望を味わったからこのようになってしまったのだ。
不幸にさせたまま、葬ってしまった。
どうにかして苦しみを拭い去ってあげたかったのに、闇に堕ちていく手を取ってあげられないまま、見殺しにしたまま、手をかけることになってしまった。
「グーディせんせー、なにしてるんですか?」
リュフィエが話しかけてきた。
彼女が光使いの力でこの子を癒してくれたが、深い闇に堕ちたこの子は光の力で焼かれてしまった。
皮肉な話だ。
最後の切り札だった救いの力でさえ、この子を助けられなかったのだから。
「……ファビウス先生が、安らかに眠れるように女神様に祈っているんだ」
「私も祈ります。ファビウスせんせーは確かに悪いことをしたけど、でも私、せんせーの言葉に助けられたりもしたんです。本当は、せんせーを助けたかった」
二人で女神様に祈った。
女神様、どうかもう一度、もう一度この子を助ける機会をください。
そして今度は、この子が求めてやまない無償の愛を与えてくれる救世主を、この世界に呼んであげてください。
この子を光の方に導いてくれる、力強い者を。
◇
桜の木を見上げると、蕾が膨らんでいる。
きっとひと月後にはこの花が咲いて、花吹雪の中で新入生たちが記念写真を撮ることになるんだろう。
私たちが、青山先生とそうしたように。
感傷に浸っていると伊織が声をかけてくる。
「紗良ちん、そろそろ青山先生のお墓に行くよ」
「うん、バス組はもう行ってるもんね。私たちも急がないと」
二人で駐輪場に自転車を取りに行って、ふと気づく。
「青山先生のお墓に置こうと思ってヴィザラバのグッズ持って来たんだけど、教室に忘れて来ちゃったかも」
「うそっ?! 取りに行こう。お供えしたらぜったい喜んでくれると思うし」
ヴィザラバは青山先生もしていた乙女ゲームで、どのキャラクターが好きだとか、どこまで進んだとか、放課後になると一緒に話してくれた。
大好きな先生だった。
卒業までずっと一緒にいられると思ってた。
それなのに先生は、ある日いきなりこの世を去った。
「青山先生、もしかして天国でアロイスに出会えたかな?」
「あー、先生はアロイス推しだったもんね」
「だけど、私思うんだよね。先生ってノエルの方がお似合いな気がするの」
「ノエルって、攻略対象じゃないし、そもそも黒幕でしょ?!」
「そうだけど……もし青山先生がノエルと出会ってたらさ、先生はノエルの事がほっとけなくて、さんざん構って振り回して、ノエルを悲しい運命から助けようとしてくれるんだと思うの。それに、先生って突拍子もない人だからさ、ノエルくらい落ち着いている人の方がそんな先生を受けとめてくれると思うんだよね」
「んー、確かに、性格が正反対の人の方が相性いいって言うもんね」
教室に行くとやっぱり、いつもの癖でロッカーの中にグッズを入れてしまっていた。
今度こそグッズを忘れないように鞄の中に入れて、もう一度教室の中を見渡す。
色んな思い出のある場所だ。
ここで笑ったり、泣いたり、悩んだり、たくさんの思い出を作ってきた。
「私さ、実はオトンに進路反対されてたんだよね」
「え、そうだったの?」
「うん。文学部に行きたかったのに、社会学部に行けってうるさくてさ。だけど教室で泣いてたら青山先生が声をかけてくれて、相談したら先生がオトンを説得してくれたの。うちのオトンってさ、わりと高圧的な態度をとりがちなんだけど、青山先生は私のために粘り強く説得してくれて……ようやく文学部を目指せるようになったんだ。だから私、青山先生には本当に感謝してる」
「そうだったんだ……」
伊織は少し考え込むような素振りを見せて、「あのさ、」と切り出す。
「さっき話していたノエルと青山先生の話、同人誌で書いてみない?」
「いいねぇ〜。じゃ、ストーリーは伊織で、イラストは私が描くね!」
「うん! 大学の入学式が始まるまでに打ち合わせしよ!」
「りょーかい。下宿に引っ越し終わったらすぐに連絡するからお泊まり会しよ」
「やったー! 卒業後も紗良ちんと遊べるの嬉しい!」
教室の扉を閉めて、校舎を出る。
青山先生と過ごした場所をもう一度眺めて、高校生活に幕を閉じた。
◇
これはこの世界を作った、誰も知らない物語。
女神様だけが知る、二人を知る人たちの想いが混ざり合い、新たな運命を作り出した瞬間のこと。