【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
◇
すっかり夜が更けた。
パーティーの開幕直後に生徒たちと抜け出してきたレティは、戻るなりグーディメル先生に叱られてしまっていた。
「まったく、最後の最後に怒られてる姿を生徒に見せてどうするの?」
咎めてみてもレティは嬉しそうに微笑んでいる。
そんな顔をされるともう意地悪なことは言えない。
「ねぇ、みんな大人になったわね」
「そうだな。もう一人前の大人だよ」
生徒たちが踊る姿を見つめていたレティは、目元を拭うと「夜風に当たってくる」と言って会場を出てしまった。
泣いている姿を生徒に見せたくないから出たのだろう。かといって控室にいる誰かに泣いているレティを見られるのは不満だ。
すべて、僕だけに見せて欲しい。
そんな醜い欲望を抱えてレティの後を追った。
◇
幸いにも控室には誰もいなかった。
レティの魔力を辿るとバルコニーに行きつく。
欄干に頬杖をついて風に当たっているレティの後ろ姿に、しばし見惚れた。
風に吹かれて柔らかく靡く髪に触れて、レティの気を引く。
「レティ、一曲踊ろう」
後ろから両腕に閉じ込めればレティは小さく笑って「この状態じゃ踊れないわよ」と抗議する。
笑いながら振り向いたレティの目にはやはり涙が浮かんでいた。
戯れにメガネを外してみるとレティは瞼を閉じる。
僕が拭うのを待ってくれている姿が愛おしく、レティへの気持ちがどんどんと溢れるせいで胸が苦しくてしかたがない。
「無防備すぎるよ。魔法をかけてしまおうか」
「どんな魔法?」
「秘密」
そう誤魔化しながら頭上に浮かぶ満月を見れば、体中を魔力が満たしていく。
血液のように全身を駆け巡る力の流れに意識を集中させて心の中で呪文を唱え――そのまま、レティの瞼と涙に口づけを落とす。
微かに震える睫毛にくすぐられながら、何度も触れた。
「レティ、目を開けてみて」
囁くと同時にレティの口から小さく声が零れる。
腕の中でもぞもぞと動いては、目を擦ったり閉じたりしている。その様子を見守っていると、レティは僕の顔をじいっと見つめた。
優しい色の瞳がしっかりと捕えてくれているのが嬉しくて、思わずレティの唇に触れる。そしてまた視線が絡み合うと、今度は抱きしめたくなった。
どうやら魔法をかけられたのは僕の方のようだ。
「レンズを通さないで見ると眩しいわね」
「月が?」
「茶化さないでよ。ノエルのことを言ってるの」
照れ臭そうにそう言うレティから離れたくないけど、開け放たれた窓から旋律が聞こえてくるから、そっと体を離す。
そして、空いた手をレティの前に出した。
「僕と踊って頂けませんか?」
「喜んで。でも、一曲だけよ? 会場に戻らないといけないんだから」
「一曲だけでは満足できないかも」
「それならノエルを引きずって会場に戻るわ」
冗談じゃなく本当にやってのけそうだから笑えない。
レティはいつだって僕の想像を超えてくるから。
僕を魅了して、翻弄して、幸せにしてくれる最愛の人。
絶望と憎しみの中にいた僕に手を差し伸べて光へと導いてくれた、かけがえのない存在だ。
レティ、重いとはわかっているけど、この先もレティのことを放さないから、覚悟して。
そしてこの手が凶悪な魔法を放たないように、手を握り続けていて欲しい。
この手が剣の代わりに花束を持てるように、毎日花を贈らせて。
レティが傍にいればもう、僕は不幸な黒幕にならないでいられるから。
だから、どうかいま、手をとってダンスを。
そして繋いだ手を離さないで。
「ノエル、踊ろう?」
「ああ」
掌に乗せられたレティの手の温かさに言葉にできない幸福感が押し寄せて来て、そっと抱き寄せた。
結
すっかり夜が更けた。
パーティーの開幕直後に生徒たちと抜け出してきたレティは、戻るなりグーディメル先生に叱られてしまっていた。
「まったく、最後の最後に怒られてる姿を生徒に見せてどうするの?」
咎めてみてもレティは嬉しそうに微笑んでいる。
そんな顔をされるともう意地悪なことは言えない。
「ねぇ、みんな大人になったわね」
「そうだな。もう一人前の大人だよ」
生徒たちが踊る姿を見つめていたレティは、目元を拭うと「夜風に当たってくる」と言って会場を出てしまった。
泣いている姿を生徒に見せたくないから出たのだろう。かといって控室にいる誰かに泣いているレティを見られるのは不満だ。
すべて、僕だけに見せて欲しい。
そんな醜い欲望を抱えてレティの後を追った。
◇
幸いにも控室には誰もいなかった。
レティの魔力を辿るとバルコニーに行きつく。
欄干に頬杖をついて風に当たっているレティの後ろ姿に、しばし見惚れた。
風に吹かれて柔らかく靡く髪に触れて、レティの気を引く。
「レティ、一曲踊ろう」
後ろから両腕に閉じ込めればレティは小さく笑って「この状態じゃ踊れないわよ」と抗議する。
笑いながら振り向いたレティの目にはやはり涙が浮かんでいた。
戯れにメガネを外してみるとレティは瞼を閉じる。
僕が拭うのを待ってくれている姿が愛おしく、レティへの気持ちがどんどんと溢れるせいで胸が苦しくてしかたがない。
「無防備すぎるよ。魔法をかけてしまおうか」
「どんな魔法?」
「秘密」
そう誤魔化しながら頭上に浮かぶ満月を見れば、体中を魔力が満たしていく。
血液のように全身を駆け巡る力の流れに意識を集中させて心の中で呪文を唱え――そのまま、レティの瞼と涙に口づけを落とす。
微かに震える睫毛にくすぐられながら、何度も触れた。
「レティ、目を開けてみて」
囁くと同時にレティの口から小さく声が零れる。
腕の中でもぞもぞと動いては、目を擦ったり閉じたりしている。その様子を見守っていると、レティは僕の顔をじいっと見つめた。
優しい色の瞳がしっかりと捕えてくれているのが嬉しくて、思わずレティの唇に触れる。そしてまた視線が絡み合うと、今度は抱きしめたくなった。
どうやら魔法をかけられたのは僕の方のようだ。
「レンズを通さないで見ると眩しいわね」
「月が?」
「茶化さないでよ。ノエルのことを言ってるの」
照れ臭そうにそう言うレティから離れたくないけど、開け放たれた窓から旋律が聞こえてくるから、そっと体を離す。
そして、空いた手をレティの前に出した。
「僕と踊って頂けませんか?」
「喜んで。でも、一曲だけよ? 会場に戻らないといけないんだから」
「一曲だけでは満足できないかも」
「それならノエルを引きずって会場に戻るわ」
冗談じゃなく本当にやってのけそうだから笑えない。
レティはいつだって僕の想像を超えてくるから。
僕を魅了して、翻弄して、幸せにしてくれる最愛の人。
絶望と憎しみの中にいた僕に手を差し伸べて光へと導いてくれた、かけがえのない存在だ。
レティ、重いとはわかっているけど、この先もレティのことを放さないから、覚悟して。
そしてこの手が凶悪な魔法を放たないように、手を握り続けていて欲しい。
この手が剣の代わりに花束を持てるように、毎日花を贈らせて。
レティが傍にいればもう、僕は不幸な黒幕にならないでいられるから。
だから、どうかいま、手をとってダンスを。
そして繋いだ手を離さないで。
「ノエル、踊ろう?」
「ああ」
掌に乗せられたレティの手の温かさに言葉にできない幸福感が押し寄せて来て、そっと抱き寄せた。
結