このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 ノエルに見送られて、私とジルと妖精たちはフィニスの森に向かった。

 真夜中のお出かけなんてちょっとした冒険のようでワクワクしてしまう。
 行き先が人間の姿ではいけない場所だから余計に楽しみになってしまうけど、ジルが言うには油断できない場所のようである。

「ジルは嫌だったら来なくても良かったのに」
「ご主人様の命令に背くわけにはいかないからな!」

 フンとそっぽを向かれてしまうが、黒い耳がピコピコとこちらを向いているのを見ると、たぶんだけど私のことを心配して来てくれているんだと思う。

 やっぱりジルはツンデレだ。

『ここが裏フィニス~』

 裏フィニスは幻想的な光が地面を流れていて、確かに精霊たちの住処にふさわしい場所だ。

「ううっ、この陰湿な雰囲気が嫌なんだよ。ヒゲがピリピリする」

 ジルはこの雰囲気が苦手のようだ。
 文句をタラタラと言いながらも辺りを警戒している。

 案内してくれた妖精について行くと、目の前に男の人が立っている。
 黄緑色の長い髪が綺麗な、人ならざる相貌ではあるけど。

『トレント~! レティシアを連れてきたよ~』
「え? 待って?」

 まさかその名前が出てくるとは思わなかった。
 トレントと聞いて思い浮かべるのは、先日フィニスの森の中で出会ったあの大木だ。
 それなのに、目の前にいるのはスラっと背が高いイケメンで、つまり人間である。

 種別が違うんですけど?

「うむ、来たか」
「本当に、トレントなの?!」
「疑うとは無礼な」 
「ごめんなさい。まさかあなたが人の姿になれるだなんて思っていなかったから驚いたのよ」
「これが儂の本来の姿だ。それなのに自分たちの姿を真似したと思い込むなんて、やはり人間は傲慢な生き物だな」

 しかも、大木の姿をしていた時よりスラスラと喋ってる。相変わらず人間のことは嫌ってそうだけど。
 こんな状態なのに協力してくれるのか、はやくも疑わしいんですけど。

『トレント、意地悪よくない~』
『ロアエク先生に言いつける~』
「うるさい! エディットの名前を出すな!」

 ロアエク先生の名前を聞いて、さっと頬を赤く染めるトレント。
 その様子はなんだか、好きな子の名前を聞いた年頃の男の子のように見える。

「なるほど、ロアエク先生のことが好きなのは本当なのね」
『惚れた弱みなの~』
「好きの種類が私の想定と違っていたわ」
「いい加減にしないと置いていくぞ」

 そう言いつつも、トレントは私たちの歩幅に合わせて歩いてくれている。
 ツンデレだ。
 ツンデレが二匹に増えてしまった。

「モーリュはどのあたりにあるの?」
「霧に覆われた場所に咲いている。見えずとも香りでわかるだろう」
「すぐに見つかるといいんだけど」
「まずは魔物の心配をするんだな」

 魔物がいる、だと?
 精霊の住む場所と言うからには魔物はいないもんだと思っていたのに。

「昔はいなかったんだが、最近はフィニスの森を人間があらすもんだから調和が崩れて魔物がこちらにも入ってくるようになった。まあ、だいたいは大精霊や神獣たちに消されているけどな」

 精霊や神獣とか、戦う羽目になったらまず生きては帰れないだろう。魔物以外にも警戒すべき相手が多すぎるわ。
 とっとと見つけて表の世界に帰らないといけないわね。

「そういえば、前にも人間が森を荒らしているって言っていたわね」
「ああ、勝手に入って来ては面妖な魔法をかけたり、奇妙な魔物を放っている」
「いったい、誰がそんなことを……」
「王族だ」
「わかるの?!」
「王族の魔力は特殊だからわかる。それに、現王は精霊たちへの牽制のために森に何度も魔法をかけてきているんだ」
「ひどい……!」

 国王陛下、なんて器の小さい奴なんだ。
 とっとと天罰が下されたらいいのに。

 全ての元凶はそいつなんだしさ。

「断罪、されればいいのに」
「ほう? そんなことを言って大丈夫なのか?」

 トレントは目を細めて面白がっている。

「完全に失言だけど、平和を脅かす王なんて罰が当たればいいじゃない」

 ノエルを苦しめ、ロアエク先生を呪い、アロイスが心を閉ざすようなことになってもなにもしてやらない国王。

「ふむ、そなたは同朋のようだな」
「あら、意外と気が合うのね」

 そんな風に軽口を叩き合っていたら、辺りは濃い霧に包まれ始めた。

「いよいよモーリュの生息地に差し掛かったな。この辺りは魔物も多いから気をつけろ」
「どうしてよりによって魔物が多いのよ?!」
「万能の薬草の近くに住めばもしものことがあっても回復できる。本能でここを選んだんだろう」
「そんなぁ~」
『レティシア頑張って~』
「もしかして、魔物と戦えって言ってる?」
 
 こんないたいけな猫が魔物と戦うなんて無理だ。

「トレント、よろしくたのんだからね!」
「断る。そなたを助ける理由がない」
「さっき同朋とか言ってませんでしたっけ?!」

 訴えかけてもトレントはどこ吹く風といった具合で、まったく聞く耳を持ってくれない。
 ちくしょう、つくづく薄情な奴め。 

 魔物との遭遇に怯えながら足を動かしていくと、ほんのりと甘い香りがしてきた。
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