このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 校舎を出て学生寮へ向かっていると、ミカがそわそわとし始めた。

「ミカ、大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます。ご主人様と少し話をしていましたがゆえ」

 なんだか慌てているような感じだけど、本当に大丈夫なのかしら。
 心配だけど、聞いてみてもミカは「お気になさらず」の一点張りで、なにがあったのか教えてくれなかった。

   ◇

 寮室のドアをノックすると、フレデリクが出てきてくれた。
 良かった、部屋にいてくれて。留守の部屋に入れるわけにはいかないもの。

「こちらはルームメイトのジラルデさんです」

 紹介すると、ブレーズ様は遠慮なくジロジロとフレデリクを見つめる。
 そんなことをされるもんだから、フレデリクは居心地が悪そうだ。

「ジラルデさん、こちらの方はモーリアさんのお兄様です」
「……フレデリク・ジラルデです。よろしくお願いします」

 フレデリクが礼儀正しく挨拶しているのに、ブレーズ様はただ見るだけで。

「ベルクール先生、ディディエの部屋を変えてくれませんか?」

 なんて言ってきた。

「どういうことですか?」
「単刀直入に言いますと、この部屋はディディエによくありません。満月がよく見えそうなので魔力の暴走が起きかねませんし、なにより、高圧的なルームメイトがいては委縮してしまった精神衛生上、良くないです」

 さすがに、カチンときた。
 言いたい放題言ってくれるじゃない。
 
 あんたはフレデリクのなにを知っているのよ?!

 分家出身のこの子は跡継ぎ問題を解決するために幼い頃から両親に本家に売られてしまって、義理の姉にいじめられながらも当主になる努力を続けているんだから。
 だけど弟が生まれて、自分は邪魔者だと悩んでいるのよね。
 
 そんな彼を傷つけるなら許さない。

「ジラルデさんは、クラスメイトのみんなをいつも気にかけている心優しい生徒です」
「にわかには信じられません。どう見ても人を脅しそうですが? 愛想もありませんし」
「勝手に決めつけないでください!」

 挨拶しただけでわかったようになるんじゃないわよ。
 それにいくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるんじゃない?
 
 ブレーズ様を睨みつけていると、フレデリクが間に割って入ってきた。

「メガネ、俺は大丈夫ですからやめてください」
「大丈夫そうに見えないですけど? それに、あなたがよくても私が嫌なの。大切な生徒の悪口を言われてるのに黙ってられないわ」
「なんでメガネがそんなに怒ってくれるんですか……」

 フレデリクが眉尻を下げて笑う。

 彼の冷静な声のおかげでちょっと落ち着けた。
 確かに、ここで言い合いするのは良くない。扉の外から他の生徒たちの声が聞こえてきているし、場所を変えた方がいいかも。

 そんなことを考えていると、バンッと扉が開いて、ディディエが姿を現した。
 亜麻色の髪が優しい印象を与えるディディエだけど、いまは怒りに震えていて気迫がある。緑色の瞳がブレーズ様を捕らえた。

 ディディエの隣には、眩ゆいほど輝く微笑みを浮かべたノエルがいる。

 なんだかノエルの笑顔、すっごく怖いんですけど。

「兄様、がどうしてここに……?」
「お前の生活する場所を自分の目で確かめたかったんだ。来てみて正解だったよ。こんな高圧的なルームメイトと一緒なのはさぞ嫌だったろう? 学園長に言って変えてもらおう」

 ブレーズ様はディディエの顔を見ると先ほどまでとは打って変わって機嫌の良さそうな表情になった。
 しかし、それも束の間で。

「勝手に、決めないでください」
「ディディエ?」
「ジラルデさんは、高圧的な人じゃないです」
「脅されてそう言ってるんだろ?」
「違います! ジラルデさんはいつも僕を心配してくれて、引き籠っている時もずっと手紙をくれていたんです」

 ディディエは美しい顔を歪めてブレーズ様を睨みつけた。

「学園長に部屋を変えるように言ったら、もう兄様には話しかけませんから」

 ブレーズ様はショックを受けて床に崩れ落ちてしまった。
 この人、本当にブラコンが過ぎるわ。このまま寝込んでしまうんじゃないかと心配になる。

 ひとまず場所を変えよう。
 そう思ってブレーズ様に声をかけようとしたその時、背後からノエルの声が聞こえてきた。

「レティシア、やっぱりブレーズ様と一緒にいたんだね?」

 振り向くと彼は笑顔で、闇のオーラを背負っている。

「ノ、ノエル。今日は来れないんじゃなかったの?」
「いろいろとあってね。こちらにお兄様が来ていると聞いて会いに来たんだよ」

 どうやらブレーズ様と話すために予定を早めてディディエと一緒に学園に来たみたい。
 なにがあったんだろ?

「来てみて思ったよ。確かに僕たち、もっとたくさん話す必要がありそうだね。あなたから目を離しちゃいけないと、思い知らされたし」

 ノエルはそう言って、チラッとブレーズ様を見る。

 いったいなにがどうしてそうなったかわからないけど、私はまたもや見張りを増やされそうな気配を覚えた。
 早く【なつき度】を上げないと、周りが見張りだらけになっちゃう気がする。
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