【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「わーい! 湖おっきーい!」
「走ったら転びますわよ」
ラクリマの湖に到着するなりサラがはしゃいで走り回るから、イザベルがいつものように宥めた。
微笑ましく思って眺めていると、サラは盛大に転んで地面に倒れてしまう。
「もうっ、だから言いましたのに」
怒ったように言っているけど、イザベルは心配してサラの怪我の具合をみている。
念のために救急箱を持ってきていてよかった。
トラブルメーカーたちが集うクラスだから、誰かしら怪我をすると思ったのよね。
治療するためにサラに声をかけようとすると、ディディエがすっと彼女の前に出てきた。
緊張した面持ちで、彼女の前にしゃがむ。
「ぼ、僕が治療するよ」
「えっ?! モーリーは治癒魔法が使えるの?!」
モーリー?
ディディエのことか?!
一瞬、サラのつけたあだ名に気を取られてしまった。
さすがコミュ強のヒロインなだけあって、サラはもう彼にあだ名をつけたようだ。
「治癒魔法は一年生では習わないですわよね?」
イザベルは驚いて目を見張る。
彼女の言う通り、治癒魔法は難易度が高いから三年生になったときに魔法治療学を専攻すると学べる魔法だ。
「い、家にいたときに、自分で勉強した。人を助ける魔法が使えるように、なりたくて……」
ディディエは消え入りそうな声で言うと、下を向いてしまう。
「ほら、さっさと治してやれよ。リュフィエの膝の血、止まってないからさ」
「う、うん。そうだね」
見かねたフレデリクがバシッとディディエの肩を叩いた。傍から見てるとディディエが折れそうではらはらしたけど、当の本人は安堵したような微笑みをフレデリクに向けた。
「癒えよ」
サラの足の怪我に手をかざして呪文を唱えると、淡い光が彼女を包む。
擦り向けていた傷口はみるみるうちに消えてゆき、怪我の痕跡もないほど綺麗に治っている。
「すごーい! もう痛くないー!」
サラは跳ねるように立ち上がると、ディディエの手をぎゅっと握った。
戸惑うディディエに、最高に可愛いヒロインスマイルをお見舞いする。
集まって成り行きを見守っていた他の生徒たちから、口々に賞賛の声が上がった。
「モーリーありがとう! こんなすごい魔法が使えるなんて、モーリーは天才だよー!」
「あ、りがとう」
「んもー! どうしてモーリーがお礼を言うの?!」
「ご、ごめん」
ディディエは褒められ慣れていないみたいで、居心地が悪そうだ。
「こいつ照れ屋だから、手を握られて緊張してるんだよ」
「あー、ごめんねー」
フレデリクが助け舟を出してディディエを輪の中から連れ出して、近くにある林の中に入っていった。
◇
「あら、モーリアさんは?」
生徒たちを見ていると、フレデリクだけが林から戻ってきたのだ。
フレデリクは林の方をチラッと見る。
「まだ林の中にいます。落ち着いたら戻ってくるって」
「そう……様子を見に行くからみんなのこと、よろしくね」
「わかりました」
さっきのこと、気に病んでいなかったらいいんだけど。
「モーリアさん?」
木の下に亜麻色の髪が見えて近づくと、ディディエが膝を抱えて座っていた。
膝に顔を埋めていたけど、声をかけると気づいてくれて。
「先生、迷惑をかけてすみません」
「謝ることなんてないわ。あなたと話したかったからここに来ただけよ」
「あの、もしかしたらまた魔法が暴走するかもしれないので、僕の近くにいない方がいいです」
「大丈夫よ。先生は防御魔法も使えるんだから」
隣に座ると、ディディエはまた俯いてしまった。
「みんなに、どう接したらいいのかわからないです」
「気負わなくていいのよ。まずはあいさつから始めてみましょ。慣れてきたら、みんなの好きなものを聞いてみたり、夢中になっていることを聞いてみるといいわ。そうしていくうちに自然と話せるようになるはずよ」
「そうします」
力ないけど、笑顔を見せてくれた。
「ファビウス先生の言う通りでした。戻ってきて良かったです」
「あら、先生はなんて言っていたの?」
「『ベルクール先生は、君の声に耳を傾けてくれる人だから安心して戻ってきなさい』と言っていました」
「そう、」
まさかノエルがディディエを説得するときに私の名前を出していただなんて驚きだ。
ゲームの中の彼ならきっと別のことでディディエを説得していただろうし、また物語が変わってきているのかもしれない。
どうか、バッドエンドから遠ざかっていますように。
メインキャラクターであるこの子たちや、ノエルが、みんな幸せになれるようにバッドエンドから守っていきたい。
「ここにいたのか」
声がした方を向くとノエルがいて、その隣にはアロイスがいる。
「え? 探しに来たの?」
「急に姿が見えなくなったから心配したんだよ」
なぜかむくれた顔になるノエル。
なによう、迷子になんてなってないわよ。
それに、ジルとミカがいるからノエルが探しに来なくてもいいのに。わざわざアロイスまで連れてきているし。
二人が探しに行ったものだから、私とディディエが林の中で迷子になったと他の生徒たちに勘違いされて、しばらくネタにされてしまった。
ノエルめ、覚えておきなさい。
「走ったら転びますわよ」
ラクリマの湖に到着するなりサラがはしゃいで走り回るから、イザベルがいつものように宥めた。
微笑ましく思って眺めていると、サラは盛大に転んで地面に倒れてしまう。
「もうっ、だから言いましたのに」
怒ったように言っているけど、イザベルは心配してサラの怪我の具合をみている。
念のために救急箱を持ってきていてよかった。
トラブルメーカーたちが集うクラスだから、誰かしら怪我をすると思ったのよね。
治療するためにサラに声をかけようとすると、ディディエがすっと彼女の前に出てきた。
緊張した面持ちで、彼女の前にしゃがむ。
「ぼ、僕が治療するよ」
「えっ?! モーリーは治癒魔法が使えるの?!」
モーリー?
ディディエのことか?!
一瞬、サラのつけたあだ名に気を取られてしまった。
さすがコミュ強のヒロインなだけあって、サラはもう彼にあだ名をつけたようだ。
「治癒魔法は一年生では習わないですわよね?」
イザベルは驚いて目を見張る。
彼女の言う通り、治癒魔法は難易度が高いから三年生になったときに魔法治療学を専攻すると学べる魔法だ。
「い、家にいたときに、自分で勉強した。人を助ける魔法が使えるように、なりたくて……」
ディディエは消え入りそうな声で言うと、下を向いてしまう。
「ほら、さっさと治してやれよ。リュフィエの膝の血、止まってないからさ」
「う、うん。そうだね」
見かねたフレデリクがバシッとディディエの肩を叩いた。傍から見てるとディディエが折れそうではらはらしたけど、当の本人は安堵したような微笑みをフレデリクに向けた。
「癒えよ」
サラの足の怪我に手をかざして呪文を唱えると、淡い光が彼女を包む。
擦り向けていた傷口はみるみるうちに消えてゆき、怪我の痕跡もないほど綺麗に治っている。
「すごーい! もう痛くないー!」
サラは跳ねるように立ち上がると、ディディエの手をぎゅっと握った。
戸惑うディディエに、最高に可愛いヒロインスマイルをお見舞いする。
集まって成り行きを見守っていた他の生徒たちから、口々に賞賛の声が上がった。
「モーリーありがとう! こんなすごい魔法が使えるなんて、モーリーは天才だよー!」
「あ、りがとう」
「んもー! どうしてモーリーがお礼を言うの?!」
「ご、ごめん」
ディディエは褒められ慣れていないみたいで、居心地が悪そうだ。
「こいつ照れ屋だから、手を握られて緊張してるんだよ」
「あー、ごめんねー」
フレデリクが助け舟を出してディディエを輪の中から連れ出して、近くにある林の中に入っていった。
◇
「あら、モーリアさんは?」
生徒たちを見ていると、フレデリクだけが林から戻ってきたのだ。
フレデリクは林の方をチラッと見る。
「まだ林の中にいます。落ち着いたら戻ってくるって」
「そう……様子を見に行くからみんなのこと、よろしくね」
「わかりました」
さっきのこと、気に病んでいなかったらいいんだけど。
「モーリアさん?」
木の下に亜麻色の髪が見えて近づくと、ディディエが膝を抱えて座っていた。
膝に顔を埋めていたけど、声をかけると気づいてくれて。
「先生、迷惑をかけてすみません」
「謝ることなんてないわ。あなたと話したかったからここに来ただけよ」
「あの、もしかしたらまた魔法が暴走するかもしれないので、僕の近くにいない方がいいです」
「大丈夫よ。先生は防御魔法も使えるんだから」
隣に座ると、ディディエはまた俯いてしまった。
「みんなに、どう接したらいいのかわからないです」
「気負わなくていいのよ。まずはあいさつから始めてみましょ。慣れてきたら、みんなの好きなものを聞いてみたり、夢中になっていることを聞いてみるといいわ。そうしていくうちに自然と話せるようになるはずよ」
「そうします」
力ないけど、笑顔を見せてくれた。
「ファビウス先生の言う通りでした。戻ってきて良かったです」
「あら、先生はなんて言っていたの?」
「『ベルクール先生は、君の声に耳を傾けてくれる人だから安心して戻ってきなさい』と言っていました」
「そう、」
まさかノエルがディディエを説得するときに私の名前を出していただなんて驚きだ。
ゲームの中の彼ならきっと別のことでディディエを説得していただろうし、また物語が変わってきているのかもしれない。
どうか、バッドエンドから遠ざかっていますように。
メインキャラクターであるこの子たちや、ノエルが、みんな幸せになれるようにバッドエンドから守っていきたい。
「ここにいたのか」
声がした方を向くとノエルがいて、その隣にはアロイスがいる。
「え? 探しに来たの?」
「急に姿が見えなくなったから心配したんだよ」
なぜかむくれた顔になるノエル。
なによう、迷子になんてなってないわよ。
それに、ジルとミカがいるからノエルが探しに来なくてもいいのに。わざわざアロイスまで連れてきているし。
二人が探しに行ったものだから、私とディディエが林の中で迷子になったと他の生徒たちに勘違いされて、しばらくネタにされてしまった。
ノエルめ、覚えておきなさい。