【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「ノエル、やっぱり医者を呼びましょう?」
ノエルはベッドで横になるだけで、医者を呼ばず、解毒剤を飲もうともしない。
そんなんじゃなにも良くならないのに、これで大丈夫なんだと、頑なに譲ろうとしなくて。
「これくらいの毒なら耐性があるからじきに良くなるよ」
「毒の、耐性……」
耐性があるということは、小さいときから毒を少量ずつ飲んできたことになる。
改めて、ノエルは小さいときから苦しめられてきたんだと、思い知らされた。
「ノエル、やっぱり解毒剤は飲もう? 準備室に材料があるから、今から一緒に学園に帰ろうよ」
情けないけど、声が震えてしまう。
彼の過去のことを思うと、やり場のない怒りが込み上げてくるから、声を荒らげないように抑え込むほど、上手く喋られない。
「ノエルを、ここにいさせたくない」
「僕も早く準備室に行ってレティシアが淹れてくれた紅茶を飲みたいな」
「もうノエルを帰したくない。なんなら私の部屋に寝泊まりしたらいいから」
「うん、言葉は慎重に選ぼうね?」
「なんで?」
変なことは言ってないんだけどな。
それなのに、ノエルはなぜか顔を真っ赤にして。
「なんでだと思う?」
なんて、逆質問してきた。
「言ってくれないとわからないわよ」
「言わずにわかってくれたら僕も苦労しないんだけどね」
「またバカにしてるわね?!」
「やい、小娘。お休みになっているご主人様のそばで騒ぐんじゃない!」
ジルが出てきてぷんすこと怒ってくる。
こちとらそのご主人様に言われもなくバカにされたところなんですけど。
「私は、心配しているのに。毒を飲ませたり、苦しんでいるのに見ているだけの人たちがいるところに、ノエルを帰したくない」
毒が入ってるとわかっていながら飲ませてくるお義母様や、黙って見ている使用人たち。
どうして平然とそんなことができるのか、彼らの気持ちが理解できない。
「レティシアの気持ちはわかってるよ。意地悪言ってごめん」
手に、ノエルの掌が重ねられる。
「大丈夫、心配してくれる人たちもいるから」
「本当に?」
「本当だよ。使用人たちは表立ってはできないから、レティシアにはひどい人たちのように見えてしまったかもしれないけど」
表立ってできないって、なによ。
毒なんて、放っておいたら死ぬかもしれないのに。
それに、ゲームの中のノエルは、「いっそ死んだ方が楽だと思ったのに死なせてくれない。感情も言葉も思考も、全て奪われた」って言っていた。
自分の声なんて誰にも届かないと、過去を振り返っていたのに。
目の前のノエルだって、その経験をしてきたはずだ。
それなのに、辛かったと言わずに使用人たちを庇っている。
「ノエル、約束して。私には、ちゃんと言って欲しいの。辛いときには辛いって、我慢しないで教えて。あなたのためにできる限りのことをしたいから、あなたの気持ちを聞かせて欲しい」
辛かったことを、悲しかったことを、これ以上溜めこませたくない。
苦しんで欲しくないもの。
「だから、一人で苦しまないでね」
「っあり、がとう」
ノエルはもう片方の手で目元を隠した。
押し黙ってしまって、唇を噛みしめている。
「ノエル、やっぱりしんどいんじゃない? 医者を呼びましょうよ」
「いや、大丈夫。目の中にホコリが入っただけ」
唇を噛みしめるほど目が痛くなるホコリなんてあるものか。
ツッコみたかったけど、なんだか言えるような雰囲気ではなくて。
黙って見ていると、ノエルはしばらくそうしていた。
反対側の手を、私の手の上に重ねたまま。
◇
「……ごめん」
ノエルは耳まで赤くなっている。
まあ、寝顔を見られたらそうなるわよね。
ホコリが入ったとか言っていた後、ノエルはそのまま眠ってしまっていたのだ。
起きた時の彼の顔はバツが悪そうで、ちょっと笑ってしまった。
手を重ねられたままの私は動くことができなくて、ただ彼の寝顔を見ながらジルやミカと雑談するしかなかったわけで。
それにしても、いびきもかかず変な寝言もなかったし寝相が悪いなんてこともないから、改めて育ちの良さを見せつけられた気がした。
「気にしなくていいわよ。それより、体調はどう?」
「だいぶ良くなったよ」
確かに、顔色は良くなった気がする。
ホッと胸を撫でおろしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ノエルが返事をすると、執事が入ってきた。
「ベルクール嬢、奥様がお呼びです」
「レティシアを?」
ノエルはあからさまに怪訝な顔をした。
「二人きりで話をしたいから断るように言ってくれ」
「いいえ、行くわ」
お義母様と向き合うのは避けられないことだし、彼女は話したいことがあると言っていた。
その内容を、私はまだ聞いていない。
「お義母様とはしっかりお話したいと思っていたの」
「でも、」
「いいから、ノエルはしっかり寝ておくのよ?」
握ってくる手をそっと外す。
起き上がって引き留めようとするノエルを魔法でベッドに縛りつけた。
「やい、小娘! ご主人様になんてことしてくれるんだ!」
ジルが怒ってくるけど、聞こえないふりをすることにした。
「ノエルはちゃんと休んでなさいって」
「一人にするとなにをしでかすかわからないのに休んでられないよ」
「失礼な」
ベーっと舌を出して見せると、ノエルは恨めし気に睨んでくる。
「……出されたものには手をつけないでくれ。また毒が入ってるかもしれないし。それに、とにかく話は聞き流すように。あとは……」
「はいはいはい、わかったわよ」
聞いていると埒が明かない。
ポカンとした表情になって私たちを見守っていた執事にお願いをして、お義母様の元に連れて行ってもらった。
ノエルはベッドで横になるだけで、医者を呼ばず、解毒剤を飲もうともしない。
そんなんじゃなにも良くならないのに、これで大丈夫なんだと、頑なに譲ろうとしなくて。
「これくらいの毒なら耐性があるからじきに良くなるよ」
「毒の、耐性……」
耐性があるということは、小さいときから毒を少量ずつ飲んできたことになる。
改めて、ノエルは小さいときから苦しめられてきたんだと、思い知らされた。
「ノエル、やっぱり解毒剤は飲もう? 準備室に材料があるから、今から一緒に学園に帰ろうよ」
情けないけど、声が震えてしまう。
彼の過去のことを思うと、やり場のない怒りが込み上げてくるから、声を荒らげないように抑え込むほど、上手く喋られない。
「ノエルを、ここにいさせたくない」
「僕も早く準備室に行ってレティシアが淹れてくれた紅茶を飲みたいな」
「もうノエルを帰したくない。なんなら私の部屋に寝泊まりしたらいいから」
「うん、言葉は慎重に選ぼうね?」
「なんで?」
変なことは言ってないんだけどな。
それなのに、ノエルはなぜか顔を真っ赤にして。
「なんでだと思う?」
なんて、逆質問してきた。
「言ってくれないとわからないわよ」
「言わずにわかってくれたら僕も苦労しないんだけどね」
「またバカにしてるわね?!」
「やい、小娘。お休みになっているご主人様のそばで騒ぐんじゃない!」
ジルが出てきてぷんすこと怒ってくる。
こちとらそのご主人様に言われもなくバカにされたところなんですけど。
「私は、心配しているのに。毒を飲ませたり、苦しんでいるのに見ているだけの人たちがいるところに、ノエルを帰したくない」
毒が入ってるとわかっていながら飲ませてくるお義母様や、黙って見ている使用人たち。
どうして平然とそんなことができるのか、彼らの気持ちが理解できない。
「レティシアの気持ちはわかってるよ。意地悪言ってごめん」
手に、ノエルの掌が重ねられる。
「大丈夫、心配してくれる人たちもいるから」
「本当に?」
「本当だよ。使用人たちは表立ってはできないから、レティシアにはひどい人たちのように見えてしまったかもしれないけど」
表立ってできないって、なによ。
毒なんて、放っておいたら死ぬかもしれないのに。
それに、ゲームの中のノエルは、「いっそ死んだ方が楽だと思ったのに死なせてくれない。感情も言葉も思考も、全て奪われた」って言っていた。
自分の声なんて誰にも届かないと、過去を振り返っていたのに。
目の前のノエルだって、その経験をしてきたはずだ。
それなのに、辛かったと言わずに使用人たちを庇っている。
「ノエル、約束して。私には、ちゃんと言って欲しいの。辛いときには辛いって、我慢しないで教えて。あなたのためにできる限りのことをしたいから、あなたの気持ちを聞かせて欲しい」
辛かったことを、悲しかったことを、これ以上溜めこませたくない。
苦しんで欲しくないもの。
「だから、一人で苦しまないでね」
「っあり、がとう」
ノエルはもう片方の手で目元を隠した。
押し黙ってしまって、唇を噛みしめている。
「ノエル、やっぱりしんどいんじゃない? 医者を呼びましょうよ」
「いや、大丈夫。目の中にホコリが入っただけ」
唇を噛みしめるほど目が痛くなるホコリなんてあるものか。
ツッコみたかったけど、なんだか言えるような雰囲気ではなくて。
黙って見ていると、ノエルはしばらくそうしていた。
反対側の手を、私の手の上に重ねたまま。
◇
「……ごめん」
ノエルは耳まで赤くなっている。
まあ、寝顔を見られたらそうなるわよね。
ホコリが入ったとか言っていた後、ノエルはそのまま眠ってしまっていたのだ。
起きた時の彼の顔はバツが悪そうで、ちょっと笑ってしまった。
手を重ねられたままの私は動くことができなくて、ただ彼の寝顔を見ながらジルやミカと雑談するしかなかったわけで。
それにしても、いびきもかかず変な寝言もなかったし寝相が悪いなんてこともないから、改めて育ちの良さを見せつけられた気がした。
「気にしなくていいわよ。それより、体調はどう?」
「だいぶ良くなったよ」
確かに、顔色は良くなった気がする。
ホッと胸を撫でおろしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ノエルが返事をすると、執事が入ってきた。
「ベルクール嬢、奥様がお呼びです」
「レティシアを?」
ノエルはあからさまに怪訝な顔をした。
「二人きりで話をしたいから断るように言ってくれ」
「いいえ、行くわ」
お義母様と向き合うのは避けられないことだし、彼女は話したいことがあると言っていた。
その内容を、私はまだ聞いていない。
「お義母様とはしっかりお話したいと思っていたの」
「でも、」
「いいから、ノエルはしっかり寝ておくのよ?」
握ってくる手をそっと外す。
起き上がって引き留めようとするノエルを魔法でベッドに縛りつけた。
「やい、小娘! ご主人様になんてことしてくれるんだ!」
ジルが怒ってくるけど、聞こえないふりをすることにした。
「ノエルはちゃんと休んでなさいって」
「一人にするとなにをしでかすかわからないのに休んでられないよ」
「失礼な」
ベーっと舌を出して見せると、ノエルは恨めし気に睨んでくる。
「……出されたものには手をつけないでくれ。また毒が入ってるかもしれないし。それに、とにかく話は聞き流すように。あとは……」
「はいはいはい、わかったわよ」
聞いていると埒が明かない。
ポカンとした表情になって私たちを見守っていた執事にお願いをして、お義母様の元に連れて行ってもらった。