【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
オリア魔法学園の正面玄関は帰省する生徒たちで溢れかえっていて、今日から休暇が始まるのに加えて、期末試験から開放されたのもあって、はしゃいだ生徒たちの声で騒めいている。
休暇の間、羽目を外さないようにと注意していると。
「うぃー! 休みだー!」
率先して羽目を外すであろうドナが嬉しそうに飛び跳ねている。
彼が動くたびに手に持っている旅行用バッグの金具がガチャガチャと賑やかな音を立てた。
正面玄関には幾つもの馬車が停まっており、生徒たちがそれぞれ故郷がある方面に向かう馬車に乗っていく。
「みなさん、ゆっくり休んできてくださいね」
「メガネはファビウスとラブラブしとけよー!」
ドナが大声で言ってくるものだから、居合わせた生徒も先生方も振り向いてきて気まずい。
うるさいぞクソガキ。
セクハラで訴えてやる。
貴族の多いオリア魔法学園内でそんな荒んだ言葉を声に出してはいけないから、心の中で叫んでやった。
◇
全ての馬車が生徒たちを乗せて走り去る頃には昼を過ぎていた。
生徒たちが帰ってしまうと、学園内は一気に静かになって、準備室に行く道すがらの景色を見ていると、寂しくなってしまう。
「さてと、お次の仕事に取りかかりますか」
閑散としているけど、残っている生徒たちもいる。
いろいろあって帰れなくなった彼らが少しでも楽しい思い出を作られるように頑張らなきゃね。
「ノエルは、まだ国境付近にいるのよね」
回廊に差し掛かると、どうしてかノエルの姿を探してしまう。
彼がよくもたれかかっている柱の傍に立ってみると、庭園が一望できた。
今は誰もいなくて、ケットシーが垣根から出てきて気持ちよさそうに日向ぼっこし始めた。
「小娘、同じことを朝からもう何百回も言ってるぞ」
「盛りすぎよ。確かに二~三回は言った気がするけど」
ノエルが国境付近に向かってから三日目になる。
彼に話したいことがあるのに全く話せないと、物足りない気持ちが積み重なっていく。
それに、ビックリするほど時間が経つのを遅く感じてしまう。
早くノエルに会いたい。
無事に帰ってきた彼の顔を見たいのに、帰ってくるのはまだまだ先で、溜息をつきたくなる。
「ベルクール先生、お加減が悪いのですか?」
不安そうに顔を覗き込んできたのは、本を手に持ったイザベルだ。
どうやら図書館から寮に戻る途中のようだ。
「ありがとう。大丈夫よ」
「寒いので体に気をつけてくださいませ」
そう言うと、彼女は小さくくしゃみをした。
「あらあら、セラフィーヌさんの方が体調が良くないかもしれないわね」
「お恥ずかしいですわ。まずは自分の体調管理をしないといけませんわね」
頬を赤く染めて困り顔になっている。
なんだこのかわいい生き物は。
「ね、セラフィーヌさん。少し準備室に寄っていかない? 体が温まる紅茶をごちそうするわ」
「まあ! 先生とお話ししたいですの。ぜひ伺いますわ!」
本当はパーティーの準備をしたかったんだけど、イザベルがあんまりにもかわいらしくて、ついつい一緒に話したくなってしまった。
準備室に案内すると、彼女は嬉しそうに部屋中を見回している。
「私、この部屋が本当に好きです。入学してすぐに、不安に押しつぶされそうな私を、先生はいつもここに連れてきてくださったんですもの。大切な、思い出の場所ですわ」
イザベルが入学してすぐの頃、王子の婚約者として、またセラフィーヌ公爵家の令嬢としてプレッシャーに耐えていたイザベルを見てられなくて、彼女をこの部屋での小さなお茶会に誘ったことがある。
イザベルを観察していると、彼女はいつも裏庭のガゼボの中で暗い顔をしていたから、偶然を装って誘ってみたんだけど、初めはやんわりと断られていたのを覚えている。
人に弱みを見せないように育てられてきた彼女は、落ち込んでいるのを感じ取られないようにしていたから、私にそんな自分を見せないようにしていたのよね。
「そう言ってくれると嬉しいわ。好きな椅子に座って」
紅茶を淹れていると、イザベルはなぜか熱視線を送ってくる。
「ベルクール先生、本当に幸せそうですわね」
「あら、私も休暇で浮かれてしまっているように見える?」
笑って返すと、彼女はとんでもないことを口にした。
「いいえ、ファビウス先生に愛されているのが伝わってきますわ。今や社交界ではお二人の話題で持ちきりですのよ? 魔性の貴公子の心を射止めた最愛の婚約者と言われているの、ご存知?」
「え、だれ、が?」
「ベルクール先生のことですわ」
「んんん?! そんなことになっているの?!」
ナニソレ初耳なんですけどー?!
信じ難い話だけど、イザベルは嘘なんてつかないし、王子の婚約者として社交界には積極的に参加しているから、その話は本当、なのよね?
「魔術省の同僚や知り合いの貴族に先生との惚気話をするものだから、ファビウス先生に心を奪われていた令嬢たちはお屋敷に閉じこもってしまっていると聞きますわ」
怖い、怖い、怖い。
私、学園を出たら嫉妬した令嬢に刺されそうだな。
ノエル、いきなりどうしてそんなことをするの?
これもノエルの作戦かなにかなのかしら。
何のために?
誰に向けた作戦?
心当たりは全くないし、ゲームにも彼のそんな話なんて登場しなかったから、頭の中がこんがらがってしまう。
「わ、私はセラフィーヌさんのお話を聞きたいな~」
ひとまず話をそらそうとすると。
「そんなことより、先生のお話が聞きたいですわ! 婚約者との円満な関係の秘訣をぜひお聞きしたいですの! ガールズトークしましょう!」
イザベルはいつになく前のめりになってくる。
ノエルは一体、学園の外でどんな風に私のことを話してまわってるの?
外に出るのがちょっと怖くなった。
休暇の間、羽目を外さないようにと注意していると。
「うぃー! 休みだー!」
率先して羽目を外すであろうドナが嬉しそうに飛び跳ねている。
彼が動くたびに手に持っている旅行用バッグの金具がガチャガチャと賑やかな音を立てた。
正面玄関には幾つもの馬車が停まっており、生徒たちがそれぞれ故郷がある方面に向かう馬車に乗っていく。
「みなさん、ゆっくり休んできてくださいね」
「メガネはファビウスとラブラブしとけよー!」
ドナが大声で言ってくるものだから、居合わせた生徒も先生方も振り向いてきて気まずい。
うるさいぞクソガキ。
セクハラで訴えてやる。
貴族の多いオリア魔法学園内でそんな荒んだ言葉を声に出してはいけないから、心の中で叫んでやった。
◇
全ての馬車が生徒たちを乗せて走り去る頃には昼を過ぎていた。
生徒たちが帰ってしまうと、学園内は一気に静かになって、準備室に行く道すがらの景色を見ていると、寂しくなってしまう。
「さてと、お次の仕事に取りかかりますか」
閑散としているけど、残っている生徒たちもいる。
いろいろあって帰れなくなった彼らが少しでも楽しい思い出を作られるように頑張らなきゃね。
「ノエルは、まだ国境付近にいるのよね」
回廊に差し掛かると、どうしてかノエルの姿を探してしまう。
彼がよくもたれかかっている柱の傍に立ってみると、庭園が一望できた。
今は誰もいなくて、ケットシーが垣根から出てきて気持ちよさそうに日向ぼっこし始めた。
「小娘、同じことを朝からもう何百回も言ってるぞ」
「盛りすぎよ。確かに二~三回は言った気がするけど」
ノエルが国境付近に向かってから三日目になる。
彼に話したいことがあるのに全く話せないと、物足りない気持ちが積み重なっていく。
それに、ビックリするほど時間が経つのを遅く感じてしまう。
早くノエルに会いたい。
無事に帰ってきた彼の顔を見たいのに、帰ってくるのはまだまだ先で、溜息をつきたくなる。
「ベルクール先生、お加減が悪いのですか?」
不安そうに顔を覗き込んできたのは、本を手に持ったイザベルだ。
どうやら図書館から寮に戻る途中のようだ。
「ありがとう。大丈夫よ」
「寒いので体に気をつけてくださいませ」
そう言うと、彼女は小さくくしゃみをした。
「あらあら、セラフィーヌさんの方が体調が良くないかもしれないわね」
「お恥ずかしいですわ。まずは自分の体調管理をしないといけませんわね」
頬を赤く染めて困り顔になっている。
なんだこのかわいい生き物は。
「ね、セラフィーヌさん。少し準備室に寄っていかない? 体が温まる紅茶をごちそうするわ」
「まあ! 先生とお話ししたいですの。ぜひ伺いますわ!」
本当はパーティーの準備をしたかったんだけど、イザベルがあんまりにもかわいらしくて、ついつい一緒に話したくなってしまった。
準備室に案内すると、彼女は嬉しそうに部屋中を見回している。
「私、この部屋が本当に好きです。入学してすぐに、不安に押しつぶされそうな私を、先生はいつもここに連れてきてくださったんですもの。大切な、思い出の場所ですわ」
イザベルが入学してすぐの頃、王子の婚約者として、またセラフィーヌ公爵家の令嬢としてプレッシャーに耐えていたイザベルを見てられなくて、彼女をこの部屋での小さなお茶会に誘ったことがある。
イザベルを観察していると、彼女はいつも裏庭のガゼボの中で暗い顔をしていたから、偶然を装って誘ってみたんだけど、初めはやんわりと断られていたのを覚えている。
人に弱みを見せないように育てられてきた彼女は、落ち込んでいるのを感じ取られないようにしていたから、私にそんな自分を見せないようにしていたのよね。
「そう言ってくれると嬉しいわ。好きな椅子に座って」
紅茶を淹れていると、イザベルはなぜか熱視線を送ってくる。
「ベルクール先生、本当に幸せそうですわね」
「あら、私も休暇で浮かれてしまっているように見える?」
笑って返すと、彼女はとんでもないことを口にした。
「いいえ、ファビウス先生に愛されているのが伝わってきますわ。今や社交界ではお二人の話題で持ちきりですのよ? 魔性の貴公子の心を射止めた最愛の婚約者と言われているの、ご存知?」
「え、だれ、が?」
「ベルクール先生のことですわ」
「んんん?! そんなことになっているの?!」
ナニソレ初耳なんですけどー?!
信じ難い話だけど、イザベルは嘘なんてつかないし、王子の婚約者として社交界には積極的に参加しているから、その話は本当、なのよね?
「魔術省の同僚や知り合いの貴族に先生との惚気話をするものだから、ファビウス先生に心を奪われていた令嬢たちはお屋敷に閉じこもってしまっていると聞きますわ」
怖い、怖い、怖い。
私、学園を出たら嫉妬した令嬢に刺されそうだな。
ノエル、いきなりどうしてそんなことをするの?
これもノエルの作戦かなにかなのかしら。
何のために?
誰に向けた作戦?
心当たりは全くないし、ゲームにも彼のそんな話なんて登場しなかったから、頭の中がこんがらがってしまう。
「わ、私はセラフィーヌさんのお話を聞きたいな~」
ひとまず話をそらそうとすると。
「そんなことより、先生のお話が聞きたいですわ! 婚約者との円満な関係の秘訣をぜひお聞きしたいですの! ガールズトークしましょう!」
イザベルはいつになく前のめりになってくる。
ノエルは一体、学園の外でどんな風に私のことを話してまわってるの?
外に出るのがちょっと怖くなった。