このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「あら、アロイス殿下」

 買い出した荷物を教室に置いてから準備室に戻ると、扉の前にアロイスがいた。
 彼は目が合うなり、柔らかな微笑みを向けてくれる。

「先生、素敵なパーティーを企画してくださってありがとうございます。なにかお手伝いさせてくれませんか?」

 な ん だ と ?!

 パーティーに招かれた側なのに進んで手伝ってくれるだなんて、善良オブ善良でさらに惚れちゃう。
 推しが天使すぎて辛い。
 
 感激のあまりアロイスの言葉を頭の中で延々とリピート再生していたら、サラが乱入してきた。

「待ったぁぁぁぁ! メガネ先生に近づくならまずこの私を倒しなさい!」

 そう言って私を庇うように立ちふさがる。

 アロイスがイザベルに話しかけているならわかるけど、なんで相手が私でも怒ってるのかしら?
 状況が掴めないでいると、アロイスも同じことを思っているようで、すっと目を細めて首を傾げている。

「リュフィエさん、どうして邪魔をしてくるんですか?」

 見るモノを圧倒するような気迫を放っており、私もその気迫に押されそうになる。
 怜悧な目で問い質す彼は、周りの気温まで下げているようで。

「メガネ先生をアロイス殿下から守ってくれって、ファビウス先生からお願いされてるんだから!」

 それでもサラには効いていないみたいで、彼女は得意げになって答えた。

 待て待て待て。
 黒幕と手を組むヒロインってなにがあったのよ?

 それに、ノエルはなんでそんなお願いをしたのかしら?
 私はいつもアロイスに心の平穏を守ってもらっているというのに、私から推しとの交流を奪わないでくれ。

 密かにノエルを恨んでいると、ジラルデが現れた。

「……なんだ? 修羅場ですか?」
「ジラルデさん、どうしたの?」
「……自分もなにか手伝いたい、と思って来ました」
「ありがとう、買い出しに人手が欲しかったから助かるわ」

 お礼を言うと、フレデリクはフイッと顔をそらしてしまう。
 眉根を寄せていて、怒っているように見えるけど、たぶん、これは照れている顔だったはず。

「……まあ、メガネのことを見ておくようファビウス先生に頼まれたからってのもあるんですけど」
「へ?!」

 新たな見張りが追加されてる?!
 しかも、攻略対象が黒幕に手を貸しててどうするのよ?

 社交界での噂もそうだけど、ノエルがなにかを企てているのは確かだ。 

 その理由も全貌もわからなくて、本気で怖くなってきたんですけど。

   ◇

 翌日、仕事が終わると、サラとアロイスとフレデリクを連れて王都に行った。
 王都は相変わらず冬星の祝祭日の影響で込んでいて、フレデリクが人ごみから守ってくれる。

 その姿はもう一人前の騎士そのもので、立派な姿に感激してしまう。

「剣術部の期待の新人に護衛してもらえるなんて嬉しいわ」
「……ありがとうございます」

 ぶすっとした顔だが、かすかに頬が赤くなっていて、たぶん喜んでくれている。
 素直じゃないけどかわいいものね。

 昨日では揃えきれなかったものを買いにあちこちの雑貨屋を見て回るうちに、気づけば王都の外れに来てしまっていた。

「ふぅーっ。王都は人が多いねー」

 サラは大きく伸びをした。
 アロイスは少し疲れているように見えるし、フレデリクは顔には出していないけど、ずっと気を張り詰めていてしんどいだろう。

「みんな、手伝ってくれたお礼にお茶をごちそうさせて。どこかのカフェに入りましょ」
「やったーっ! メガネ先生だいすきーっ! ケーキも頼んでいい?」
「ふふっ、いいわよ」
「リュフィエさん、図々しいのにもほどがありますよ」

 アロイスがジロリと睨んでいる。
 最近は表情が豊かになっているし、以前よりも色んな生徒たちと交流するようになった彼は雰囲気が柔らかくなったような気がする。
 
 もう、氷の王子様は卒業してしまったのかもしれない。

 そう思うと、ホッとした。
 推しには幸せでいて欲しいもの、彼が幸せへの一歩を踏み出しているのは嬉しい。

 しみじみと推しの成長の喜びを噛みしめていると、目の前に黒い塊が降ってきた。

「メガネ!」

 フレデリクが手を引いてくれて、なんとか避けられた。

 足元に転がるのは、黒い鱗が全身を覆う翼の生えた生き物で、体のあちこちから血が出ている。

「ドラ、ゴン?」
「そうですね。こんなに小さいとまだ親と一緒にいるはずですが……」

 真っ黒なドラゴンの子どもは大型犬くらいの大きさで、紫水晶のような目はノエルを彷彿とさせた。

 だからなのかもしれない。
 不吉な予感がして、怖くなった。
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