このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「おい、しっかりしろ!」

 アロイスの声がして、【私】は目を開けた。

「あれ、どうしてアロイスがここにいるの?」
「君が心配だから探したんだよ。良かった、目を覚まして」
「ファビウスせんせーは?」
「……あそこだ」

 【私】がアロイスの視線の先を辿ると、彼が地面に蹲っている。

「君に呪いをかけようとしていたから、魔法で吹き飛ばした。一体なにがあったんだ?」
「闇の魔力を感じて様子を見に行ったら、せんせーに会ったの。せんせーからは闇の魔力を感じるからきっと、闇魔法の本から力を取り込んだんだと思う」

 そう、彼はサラがセザールを闇魔法の本から助け出した直後、魔術省の役人として本を回収したんだけど、その後、本を開いて魔力を取り込んだ。
 本にかけられた呪いをセザールに受けさせて、自分は呪われずに力を手に入れるために。

「ううっ……」

 【私】たちが遠目から様子を窺っていると、彼は呻き声を上げながら姿を変えてゆく。
 校舎を燃やす炎に照らされながら、大きなドラゴンとなって、【私】たちを見下ろす。

 その真っ黒なドラゴンは闇夜に紫色の目を光らせていて、怒りの炎が瞳に宿っているようで、身がすくんでしまう。

「消シテヤル。コノ国ヲ 闇ニ 引キズリ込ンデヤル」

 ドラゴンの口から炎が吹き溢れて、【私】の視界は暗転した。

   ◇

「ダメェェェェ!」

 自分の声で目を覚ますと、寮の天井が見えた。
 なにかがのしかかってるようで、体が重くて動かない。

「クエッ」

 頭を上げると、胸の上にナタリスが乗っていた。
 夢の中で見たあのドラゴンを小さくしたような姿で、頬擦りしてくる。
 
「あなたは本当に、ナタリスよね?」
「キューッ」
「人間じゃ、ないわよね?」

 ゲームでノエルは、人ならざる姿――ドラゴンになって暴れていたから、もしかしてノエルが変身した姿だったらどうしようかと、不安になってしまう。

「なにを阿呆なこと言っている! 寝ぼけてないで支度しろ!」
「はいはい、わかってるわよ」
 
 ジルに急かされて、私は今日も【魔法薬学の教師】を完成させて、仕事に行く。
 
   ◇

「シーアに生息している種類ですね」

 魔術省の役人はそう言ってナタリスに近づくも、威嚇されてしまって後ろに下がった。

「シーアにいるはずのドラゴンがなぜノックス王国にいるんですか?」
「詳しくはわかりませんが、密猟された可能性もあります」 

 結局、私たちは魔術省の役人を呼んだ。
 生物学のブドゥー先生は魔獣に詳しいけれど、ドラゴンの問題は個人が対処できることじゃないから、専門家の指示を仰がねばならない。

「故郷に帰してあげたいのはやまやまですが、シーアとの関係が冷め切っている今は無理でしょう。我々の施設で保護することになるかと思います」
「そんな……傷が治って自力で帰れるようになるまで私が預かってもいいでしょうか?」

 保護するとはいえ、施設の中に入るとなれば、ナタリスは籠の中の鳥も同然だ。
 ただでさえ怖い思いをしてきたナタリスに、これ以上苦痛になるようなことをさせたくなくて、できれば自由にさせてあげたい。

「ベルクール先生、それは無理です。ドラゴンは暴れ始めたら手をつけられないんですから。気持ちはわかるんですけど」

 一緒に対応してくれているブドゥー先生は眉尻を下げた。
 魔獣が好きで生物学の先生になった彼女にも止められると、もはやナタリスを自由にしてあげられる道が断たれてしまう。

 どうしよう。
 このままじゃナタリスは故郷に帰れないまま、仲間にも会えずに、狭い場所に閉じ込められてしまう。

 どうしたらいいの?

 なんとか魔術省の人を説得せねばと頭を捻っていると、急にナタリスが唸り声を上げ始めた。 

「グルルルルッ」
「ナタリス?」

 背を低くして、なにかに怯えるようにビクリと体を揺らすと、大空へと羽ばたいていった。

「あ、ちょっと!」

 黒い影はぐんぐんとスピードを上げて、雲間へと消えてしまう。

「そ、んな……。まだ傷が治りきっていないのに」

 ナタリスを探して空を見ていると、突然、ぐいっと腕を引っ張られて体勢を崩してしまった。
 そのまま背中がなにかにぶつかって、じわじわと背に熱が伝わってくる。

 誰かに抱きとめられたようで困惑していると。 

「ねぇ、なにやってるの?」
「ノエ、ル?!」

 背後から、至近距離でノエルの声が聞こえてくる。
 ずっと聞きたかった声にはなぜか、苛立ちが滲んでいた。

「ねぇ、なんで怒ってるの?」
「なんでだと思う?」

 振り返って顔を見ようとするも、ノエルの腕がお腹にまわされてるせいで思うように体を動かせない。

 この体勢、生徒たちや魔術省の役人たちがいる前でされるとすごく恥ずかしいんですけど。

 ノエルの方こそ、なにやってるのよ?

「あなたの近くにドラゴンがいるとミカから聞いて、生きた心地がしなかった」
「ノエル、あの、こういうの人前でするのはどうかと思うからさ、手を除けて?」

 手袋越しにノエルの手を叩いて抗議すると、ぐわんと体を回されて、気づけば彼の紫色の目がすぐそこに見える。

「いいから聞いて?」
「はいぃぃぃぃ。聞きます!」

 微笑んでいるのに目が笑ってなくて震えてしまう。

 久しぶりに会ったというのにこの対応だなんて、感動の再会もあったもんじゃない。
 それでも、彼の声を聞くと、その紫水晶のような目を見ると、安心した。
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