【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「ドラゴンに体当たりして捕まえて、手当てして、挙句の果てには一緒に寝てたって、本当なの?」
まるで罪状を述べるように言われているけど、私はなにも悪くないはず。
それなのにノエルの目が据わるものだから、逃げられないとわかりつつも後ずさりしてしまう。
「え、ええ。まあ、そうですね」
「まったく、僕の気も知らずに……」
ノエルが大きなため息をついた。
たしかに無茶なことをしたのは自覚しているから、ノエルがため息つきたくなるのは、わかる。
けれど、どうして私はまた抱きしめられているんだ?
しかも頭を肩にずしっとのせてきていて、その仕草はどことなくナタリスと似ているから、思わず彼の頭を撫でてしまった。
「ノエル、あのさ、私たちドラゴンの話をしている途中だったからさ、そろそろ離して?」
先生も生徒も、魔術省の人も、みんな凝視してくるから本当は、逃げ出したいくらいなんだけど。
それでもノエルは離してくれない。
「こうでもしないと落ち着けないよ」
そういえば、モーリュを探して裏フィニスに行った時も帰ってきたらこんな感じだったな。
一週間くらい離れていたから、寂しがり屋が再発したのかも。
会えなくて寂しいと思ってくれていたのは嬉しくて、なんだか胸がこそばゆくなる。
【なつき度】が上がった証拠なんだって、思ってもいいわよね?
「危ないことはしないって約束してくれ」
「それならノエルだって、危ない場所にはいかないって、約束してよ。ノエルのこと、毎日心配していたんだから」
「っレティシア、そんなにも……」
「コホン」
ノエルの言葉を、咳払いが遮った。
「お熱いのはいいけどさ、そろそろ恥ずかしくなってきたから止めてくんない?」
咳払いした男性は燃えるような赤褐色の長髪が印象的で、ノエルと同じ、魔術省の制服の紫紺色のローブを身に纏っている。
彼は今回の出張に同行していて、一緒に帰ってきたところらしい。
この赤褐色の髪の男の人、どこかで見たことがある気がするんだけど……気のせい、かもしれない。
「噂の婚約者さん、初めまして。俺はローラン・ダルシアク、ノエルの同僚です」
「初めまして。レティシア・ベルクールです。いつもノエルがお世話になってます」
「ははっ、今回の出張はこいつの世話が大変でしたよ。なんせ毎日『レティシアが足りない』って零してくるもんだから、口から砂糖を吐きそうになりました」
「えっ?! ノエルったらそんなこと言ってたんですか?」
信じがたい話だが、ノエルの顔を見ても否定しないで、恥ずかしそうに顔をそらされてしまう。
本当に言ったのか。
ノエル、疲れすぎてまたバグってるんじゃない?
「もう、ノエルったら疲れすぎちゃってるのね。お母さんはあなたの体調が心配だわ」
「それ、まだ続いているのか……」
第二の母の気持ちでで頭を撫でてみると、ノエルはまたもや溜息をつく。
そんなに溜息ついていたら幸せが逃げるぞ。
すると、ダルシアクさんがなんとも言えない眼差しをノエルに向けた。
なんというか、憐れんだような目をしているんだけど。
なぜか魔術省の役人もブドゥー先生も、ついでに言えば生徒たちもそんな目をしてノエルを見ている。
「あ~……、俺、さっきまではイチャつくなノエル爆発しろって思ってたけど、今は同情するわ。なんというか、頑張れ」
「やめてくれ。よけいに落ち込む」
ダルシアクさんはノエルの肩を叩いた。
◇
ダルシアクさんたちが帰ると、ノエルと一緒に準備室に向かった。
回廊に差しかかると、ノエルは足を止める。
「あのドラゴンに名前つけたらしいけど、なんて名前にしたの?」
「……ナタリス」
ノエルの眉間にグッと皺が寄った。
「その意味、知ってるよね?」
「ええ、”ノエル”の古代語、よね?」
「そんなにも僕が凶暴だって言いたいわけ? へぇ?」
「違うわよ。黒くて綺麗な鱗がノエルの髪みたいで、目も、紫色の宝石みたいなのが同じだったから、ノエルに似ていたから思い浮かんできたの。ノエルと話せなくて寂しかったから、つい、呼びたくなったのよ」
「……」
ノエルは急に黙ってしまった。
「ノエル?」
彼は手を伸ばしてきて、手袋のまま頬に触れてくる。
ノエルの顔が近づいてきて不覚にもドキッとしてしまい、心臓が煩い音を立て始めた。
「ノエル、どうしたの?」
「レティシアってさ、もしかして……」
「もしかして?」
その先の言葉が気になるのに、彼は口を閉じてしまって、ただじっと見つめてくる。
さっきよりまた顔が近くなってる気がするんですけど、気のせいかしら。
黙ってしまったノエルの言葉を待っていると、ナタリスの声が聞こえてきた。
「クェェェェッ」
私とノエルの間を風がかすめて、ノエルが素早く身をかわした拍子に彼の手から解放される。
「ナタリス?! 戻ってきたのね!」
だけど、その姿はもうなくて、代わりに足元に赤い花が落ちていた。
「どうやら、これを小娘に渡しに来たようだ」
ジルが花を渡してくれた。
「ドラゴンのガキが、『ありがとう』と言っていたぞ」
「そう……嬉しいわ」
欲を言えばもう一度ナタリスの顔を見たかったけど、見回してみてもどこにも姿がなかった。
また、会えたらいいな。
そう思いながら花を見つめていると、ノエルの手がまた伸びてくる。
「レティシア、その花、燃やすからこっちに渡して」
「なんで?!」
「いいから早く」
「嫌よ!」
せっかくの贈り物を燃やすと聞いて素直に渡すものか。
ノエルは怖い顔をしていたけど、怯《ひる》まずに花を死守した。
まるで罪状を述べるように言われているけど、私はなにも悪くないはず。
それなのにノエルの目が据わるものだから、逃げられないとわかりつつも後ずさりしてしまう。
「え、ええ。まあ、そうですね」
「まったく、僕の気も知らずに……」
ノエルが大きなため息をついた。
たしかに無茶なことをしたのは自覚しているから、ノエルがため息つきたくなるのは、わかる。
けれど、どうして私はまた抱きしめられているんだ?
しかも頭を肩にずしっとのせてきていて、その仕草はどことなくナタリスと似ているから、思わず彼の頭を撫でてしまった。
「ノエル、あのさ、私たちドラゴンの話をしている途中だったからさ、そろそろ離して?」
先生も生徒も、魔術省の人も、みんな凝視してくるから本当は、逃げ出したいくらいなんだけど。
それでもノエルは離してくれない。
「こうでもしないと落ち着けないよ」
そういえば、モーリュを探して裏フィニスに行った時も帰ってきたらこんな感じだったな。
一週間くらい離れていたから、寂しがり屋が再発したのかも。
会えなくて寂しいと思ってくれていたのは嬉しくて、なんだか胸がこそばゆくなる。
【なつき度】が上がった証拠なんだって、思ってもいいわよね?
「危ないことはしないって約束してくれ」
「それならノエルだって、危ない場所にはいかないって、約束してよ。ノエルのこと、毎日心配していたんだから」
「っレティシア、そんなにも……」
「コホン」
ノエルの言葉を、咳払いが遮った。
「お熱いのはいいけどさ、そろそろ恥ずかしくなってきたから止めてくんない?」
咳払いした男性は燃えるような赤褐色の長髪が印象的で、ノエルと同じ、魔術省の制服の紫紺色のローブを身に纏っている。
彼は今回の出張に同行していて、一緒に帰ってきたところらしい。
この赤褐色の髪の男の人、どこかで見たことがある気がするんだけど……気のせい、かもしれない。
「噂の婚約者さん、初めまして。俺はローラン・ダルシアク、ノエルの同僚です」
「初めまして。レティシア・ベルクールです。いつもノエルがお世話になってます」
「ははっ、今回の出張はこいつの世話が大変でしたよ。なんせ毎日『レティシアが足りない』って零してくるもんだから、口から砂糖を吐きそうになりました」
「えっ?! ノエルったらそんなこと言ってたんですか?」
信じがたい話だが、ノエルの顔を見ても否定しないで、恥ずかしそうに顔をそらされてしまう。
本当に言ったのか。
ノエル、疲れすぎてまたバグってるんじゃない?
「もう、ノエルったら疲れすぎちゃってるのね。お母さんはあなたの体調が心配だわ」
「それ、まだ続いているのか……」
第二の母の気持ちでで頭を撫でてみると、ノエルはまたもや溜息をつく。
そんなに溜息ついていたら幸せが逃げるぞ。
すると、ダルシアクさんがなんとも言えない眼差しをノエルに向けた。
なんというか、憐れんだような目をしているんだけど。
なぜか魔術省の役人もブドゥー先生も、ついでに言えば生徒たちもそんな目をしてノエルを見ている。
「あ~……、俺、さっきまではイチャつくなノエル爆発しろって思ってたけど、今は同情するわ。なんというか、頑張れ」
「やめてくれ。よけいに落ち込む」
ダルシアクさんはノエルの肩を叩いた。
◇
ダルシアクさんたちが帰ると、ノエルと一緒に準備室に向かった。
回廊に差しかかると、ノエルは足を止める。
「あのドラゴンに名前つけたらしいけど、なんて名前にしたの?」
「……ナタリス」
ノエルの眉間にグッと皺が寄った。
「その意味、知ってるよね?」
「ええ、”ノエル”の古代語、よね?」
「そんなにも僕が凶暴だって言いたいわけ? へぇ?」
「違うわよ。黒くて綺麗な鱗がノエルの髪みたいで、目も、紫色の宝石みたいなのが同じだったから、ノエルに似ていたから思い浮かんできたの。ノエルと話せなくて寂しかったから、つい、呼びたくなったのよ」
「……」
ノエルは急に黙ってしまった。
「ノエル?」
彼は手を伸ばしてきて、手袋のまま頬に触れてくる。
ノエルの顔が近づいてきて不覚にもドキッとしてしまい、心臓が煩い音を立て始めた。
「ノエル、どうしたの?」
「レティシアってさ、もしかして……」
「もしかして?」
その先の言葉が気になるのに、彼は口を閉じてしまって、ただじっと見つめてくる。
さっきよりまた顔が近くなってる気がするんですけど、気のせいかしら。
黙ってしまったノエルの言葉を待っていると、ナタリスの声が聞こえてきた。
「クェェェェッ」
私とノエルの間を風がかすめて、ノエルが素早く身をかわした拍子に彼の手から解放される。
「ナタリス?! 戻ってきたのね!」
だけど、その姿はもうなくて、代わりに足元に赤い花が落ちていた。
「どうやら、これを小娘に渡しに来たようだ」
ジルが花を渡してくれた。
「ドラゴンのガキが、『ありがとう』と言っていたぞ」
「そう……嬉しいわ」
欲を言えばもう一度ナタリスの顔を見たかったけど、見回してみてもどこにも姿がなかった。
また、会えたらいいな。
そう思いながら花を見つめていると、ノエルの手がまた伸びてくる。
「レティシア、その花、燃やすからこっちに渡して」
「なんで?!」
「いいから早く」
「嫌よ!」
せっかくの贈り物を燃やすと聞いて素直に渡すものか。
ノエルは怖い顔をしていたけど、怯《ひる》まずに花を死守した。