【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
さて、問題のイベントの日。
私の気持ちとはうらはらに、天気は麗らかで校外学習日和だ。
「みなさん、全員揃ってますか?」
「「「「そろってま~す!」」」」
生徒たちを乗せた幾台もの馬車がグリフォンに引かれて空へと飛び立っていく。空にたどり着くのはあっという間。走り出すとすぐに青空が視界いっぱいに広がる。
気持ちがいいはずの景色なのに気が重いわ。
思えばこの学年、行く先々で魔物が現れたり敵国のスパイに襲われるしで散々なのよね。トラブルメーカーたちめ。
ただ校外学習に行くだけなのに命を懸けたバトルが始まるだなんて、本当にどうにかしてるわ。
「いつ来ても大きいわねぇ」
王宮植物園には毎年、一年生を連れてきている。
展示している種類が豊富だし、なによりも状態が良い植物が多くて学習には最適だから。
王宮内だから近衛隊もいて安心⭐︎とか去年までは思っていたんだけどね。身内での争いとなるとここも危ないわよねさすがに。
刻一刻とイベントが近づいてくると思うと胃に穴が空きそうだ。
念のため昨晩のうちに攻撃魔法と防御魔法を見直してみたけど、実戦で使うなんて久しくしていない。
使わないのがベストなんだけど、そうすると数人の生徒が犠牲になる。ゲームでは重傷者が出るシーンがあったもの。それは避けたい所存だ。
「この黒い花はなにかしら?」
「南部に咲いているフリティラリアという花らしいですわ」
悪役令嬢のイザベル・セラフィーヌは率先して課題に取り組んでいる。
銀色の髪でドリルのような巻き髪で、いかにも悪役令嬢といったツンとした印象を与える容姿だけど、彼女はとてもいい子だ。勉強熱心だし、他の生徒たちのことをいつも考えてくれている。
それに花が好きだからとても詳しい。魔法薬学は一番好きな教科と言ってくれているのよね。
そして少し離れたところでは、サラも興味深そうに花を観察している。
サラは肩まであるピンク色の髪と、宝石のようにキラキラと輝く水色の瞳を持った、いかにもヒロインといった特別な雰囲気を持つ女の子だ。
いまのところサラとイザベルが衝突したところを見たことはない。
二人とも私の可愛い生徒たちだから、このまま仲良くしてくれるといいんだけど……。
そう、二人ともメインキャラクターなだけあって、とてもかわいい。そんなかわいい女の子たちが綺麗な花を愛でている、平和な時間。
このまま平和に終わって欲しい(切実)。
いつイベントが起こるのかもわからないような、宙ぶらりんの状態が続くなんて酷だわ。
「ベルクール先生、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「え、ええ。少し馬車で酔っただけですわ」
ノエルが顔を覗き込んできて、端正な顔が急に間近に来るとさすがに心臓が跳ねる。
咄嗟についた嘘はバレバレのようで、ノエルは片眉を上げる。
「グリフォンの馬車で酔うなんて初めて聞きましたが」
「浮遊感が、ちょっと特殊なんで苦手なんですよ」
確かに私も聞いたことがない。空を飛ぶ馬車ならデコボコした地面を走るわけじゃないからノーストレスだもんね。
苦し紛れの理由に、彼はまたもや訝しそうな顔になる。
ノエルは本当に近くで私を見張ると決め込んでいるようだ。引率なんだから私じゃなくて生徒たちを見張ってくれい。
「すげー! 変な植物があるぞ」
お調子者のドナ・バルテは班行動なんてそっちのけで好奇心の赴くままに見て回っている。彼もまたモブだけど、彼の鳶色の髪や金色の瞳はゲームの中でも見たことがあった。
なぜなら、コイツが第一被害者だから。ドナはアロイスを狙う魔物の襲撃に巻き込まれて大怪我をして、退学することになってしまう。なんとしてでもその展開を阻止したい。
それなのに君の一挙一動にそのフラグを感じ取っていて、先生は悲しい。そんなにはしゃいでるとすぐに魔物に遭遇しちゃうぞ~。
「バルテさん、班のみんなと一緒に観察なさい」
「うるせぇな地味メガネ。課題ができてりゃいいんだろ?」
あなたのためを思って言ってるのよぉぉぉ?!
しかも普通にディスったわよね。減点するぞこのやろう。
「地味、メガ、ネ」
ノエルはノエルで、こちらを見ながらドナの言葉を反芻する。喧嘩を売っているのかい?
確かに私は栗色の髪に栗色の瞳の、実に平凡な外見ですけれども。眼鏡が通常装備ですけれども。
この見た目を変えようとしたけれど、少し髪型を変えただけで他の人たちに認識されなくなったから元に戻したのよ。悪い?(ヤケ)。
じっとりと睨むといつもの素敵な笑顔を送ってきていて。しかも色気を割増して誤魔化そうとしている。
くそう。奴の腹の内がわかっているのに中られそうだ。
「もしかして、こんな地味メガネと婚約するのを後悔していますか?」
「いいえ、あなたは最良の相手だと思っていますよ。なにも求めず、僕の悲願に協力してくれる上に風除けになってくれるんで」
「風除け……なるほど、モテる人は大変ですね」
そんな甘さとは無縁の応酬をしていると、ついに時はきた。
ふっと影が落ちてきて、植物園のガラス張りの壁が破壊される。
このあと確か、ドナが悲鳴を上げて――。
「うわぁぁぁっ?! 魔物か?!」
そんなことを考えていたらちょうどガラスが割れる音とともに巨大なタランチュラみたいな見た目の魔物が現れた。あまりにもピッタリなタイミング過ぎて恐ろしくなる。
この世界、本当にゲームのシナリオに支配されているんだ。
「よせっ! 大きな声を出したら刺激してしまう!」
魔物がドナめがけて突撃しようとすると、ノエルが魔法で浮かせて助けた。
良かった、グッジョブよ、ノエル。
しかしこの魔物、本当に大きいわ。ビル何階分の大きさなのかわからないくらい。
こんなものをけしかけてくるだなんて、本気でアロイスを殺そうとしているんだ。私の推しに危害を加えようとするだなんて許すまじ。
「ベルクール先生は防御魔法を!」
「はい!」
生徒たちを集めて防御魔法を展開すると、魔物は透明な結界に弾かれて近づけなくなった。これでひとまずは安全だ。
ただ、このままじゃ魔物が出ていくまでなにもできない。
「先生! セラフィーヌさんがまだ向こうに……! 私を助けるために残ったんです!」
サラが泣きそうな顔で訴えてくる。見ると、イザベルが青ざめた顔で木の影に隠れている。気づかれるのも時間の問題だ。
「ファビウス先生、私が助けに行くのでここを任せます!」
「ダメです! 危険すぎます!」
ダメと言われたところで止めるつもりはない。みんなを覆う結界を作ってから魔物の前に出る。
「うっ」
どうしよう。
立ちはだかるものの、魔物のせいでイザベルに近づけない。魔物もこちらの出方を窺っていて、動けばすぐに襲い掛かってきそうだ。
イザベルを助け出す方法が見つからなくて泣きたくなっていると、植物園の外から大きな声が聞こえてきた。
私の気持ちとはうらはらに、天気は麗らかで校外学習日和だ。
「みなさん、全員揃ってますか?」
「「「「そろってま~す!」」」」
生徒たちを乗せた幾台もの馬車がグリフォンに引かれて空へと飛び立っていく。空にたどり着くのはあっという間。走り出すとすぐに青空が視界いっぱいに広がる。
気持ちがいいはずの景色なのに気が重いわ。
思えばこの学年、行く先々で魔物が現れたり敵国のスパイに襲われるしで散々なのよね。トラブルメーカーたちめ。
ただ校外学習に行くだけなのに命を懸けたバトルが始まるだなんて、本当にどうにかしてるわ。
「いつ来ても大きいわねぇ」
王宮植物園には毎年、一年生を連れてきている。
展示している種類が豊富だし、なによりも状態が良い植物が多くて学習には最適だから。
王宮内だから近衛隊もいて安心⭐︎とか去年までは思っていたんだけどね。身内での争いとなるとここも危ないわよねさすがに。
刻一刻とイベントが近づいてくると思うと胃に穴が空きそうだ。
念のため昨晩のうちに攻撃魔法と防御魔法を見直してみたけど、実戦で使うなんて久しくしていない。
使わないのがベストなんだけど、そうすると数人の生徒が犠牲になる。ゲームでは重傷者が出るシーンがあったもの。それは避けたい所存だ。
「この黒い花はなにかしら?」
「南部に咲いているフリティラリアという花らしいですわ」
悪役令嬢のイザベル・セラフィーヌは率先して課題に取り組んでいる。
銀色の髪でドリルのような巻き髪で、いかにも悪役令嬢といったツンとした印象を与える容姿だけど、彼女はとてもいい子だ。勉強熱心だし、他の生徒たちのことをいつも考えてくれている。
それに花が好きだからとても詳しい。魔法薬学は一番好きな教科と言ってくれているのよね。
そして少し離れたところでは、サラも興味深そうに花を観察している。
サラは肩まであるピンク色の髪と、宝石のようにキラキラと輝く水色の瞳を持った、いかにもヒロインといった特別な雰囲気を持つ女の子だ。
いまのところサラとイザベルが衝突したところを見たことはない。
二人とも私の可愛い生徒たちだから、このまま仲良くしてくれるといいんだけど……。
そう、二人ともメインキャラクターなだけあって、とてもかわいい。そんなかわいい女の子たちが綺麗な花を愛でている、平和な時間。
このまま平和に終わって欲しい(切実)。
いつイベントが起こるのかもわからないような、宙ぶらりんの状態が続くなんて酷だわ。
「ベルクール先生、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「え、ええ。少し馬車で酔っただけですわ」
ノエルが顔を覗き込んできて、端正な顔が急に間近に来るとさすがに心臓が跳ねる。
咄嗟についた嘘はバレバレのようで、ノエルは片眉を上げる。
「グリフォンの馬車で酔うなんて初めて聞きましたが」
「浮遊感が、ちょっと特殊なんで苦手なんですよ」
確かに私も聞いたことがない。空を飛ぶ馬車ならデコボコした地面を走るわけじゃないからノーストレスだもんね。
苦し紛れの理由に、彼はまたもや訝しそうな顔になる。
ノエルは本当に近くで私を見張ると決め込んでいるようだ。引率なんだから私じゃなくて生徒たちを見張ってくれい。
「すげー! 変な植物があるぞ」
お調子者のドナ・バルテは班行動なんてそっちのけで好奇心の赴くままに見て回っている。彼もまたモブだけど、彼の鳶色の髪や金色の瞳はゲームの中でも見たことがあった。
なぜなら、コイツが第一被害者だから。ドナはアロイスを狙う魔物の襲撃に巻き込まれて大怪我をして、退学することになってしまう。なんとしてでもその展開を阻止したい。
それなのに君の一挙一動にそのフラグを感じ取っていて、先生は悲しい。そんなにはしゃいでるとすぐに魔物に遭遇しちゃうぞ~。
「バルテさん、班のみんなと一緒に観察なさい」
「うるせぇな地味メガネ。課題ができてりゃいいんだろ?」
あなたのためを思って言ってるのよぉぉぉ?!
しかも普通にディスったわよね。減点するぞこのやろう。
「地味、メガ、ネ」
ノエルはノエルで、こちらを見ながらドナの言葉を反芻する。喧嘩を売っているのかい?
確かに私は栗色の髪に栗色の瞳の、実に平凡な外見ですけれども。眼鏡が通常装備ですけれども。
この見た目を変えようとしたけれど、少し髪型を変えただけで他の人たちに認識されなくなったから元に戻したのよ。悪い?(ヤケ)。
じっとりと睨むといつもの素敵な笑顔を送ってきていて。しかも色気を割増して誤魔化そうとしている。
くそう。奴の腹の内がわかっているのに中られそうだ。
「もしかして、こんな地味メガネと婚約するのを後悔していますか?」
「いいえ、あなたは最良の相手だと思っていますよ。なにも求めず、僕の悲願に協力してくれる上に風除けになってくれるんで」
「風除け……なるほど、モテる人は大変ですね」
そんな甘さとは無縁の応酬をしていると、ついに時はきた。
ふっと影が落ちてきて、植物園のガラス張りの壁が破壊される。
このあと確か、ドナが悲鳴を上げて――。
「うわぁぁぁっ?! 魔物か?!」
そんなことを考えていたらちょうどガラスが割れる音とともに巨大なタランチュラみたいな見た目の魔物が現れた。あまりにもピッタリなタイミング過ぎて恐ろしくなる。
この世界、本当にゲームのシナリオに支配されているんだ。
「よせっ! 大きな声を出したら刺激してしまう!」
魔物がドナめがけて突撃しようとすると、ノエルが魔法で浮かせて助けた。
良かった、グッジョブよ、ノエル。
しかしこの魔物、本当に大きいわ。ビル何階分の大きさなのかわからないくらい。
こんなものをけしかけてくるだなんて、本気でアロイスを殺そうとしているんだ。私の推しに危害を加えようとするだなんて許すまじ。
「ベルクール先生は防御魔法を!」
「はい!」
生徒たちを集めて防御魔法を展開すると、魔物は透明な結界に弾かれて近づけなくなった。これでひとまずは安全だ。
ただ、このままじゃ魔物が出ていくまでなにもできない。
「先生! セラフィーヌさんがまだ向こうに……! 私を助けるために残ったんです!」
サラが泣きそうな顔で訴えてくる。見ると、イザベルが青ざめた顔で木の影に隠れている。気づかれるのも時間の問題だ。
「ファビウス先生、私が助けに行くのでここを任せます!」
「ダメです! 危険すぎます!」
ダメと言われたところで止めるつもりはない。みんなを覆う結界を作ってから魔物の前に出る。
「うっ」
どうしよう。
立ちはだかるものの、魔物のせいでイザベルに近づけない。魔物もこちらの出方を窺っていて、動けばすぐに襲い掛かってきそうだ。
イザベルを助け出す方法が見つからなくて泣きたくなっていると、植物園の外から大きな声が聞こえてきた。