【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「あ、授業で使う薬草を収穫しなきゃいけないわね。温かくなってきたし、種蒔きもしておかないと」
明日からは通常授業が始まる。
生徒たちには実物を見て学んで欲しいから、手に入る薬草は育てたりしてなるべく用意するようにしている。
作業するから汚れてもいい服にしよう。芋ジャージの出番ね。
大変だったけど、作っておいて本当に良かったわ。
パパッと着替えて、温室に向かった。
◇
温室で作業をしていると、しだいに天気が悪くなっていた。
朝は気持ちよく晴れていたのに、今は黒い雷雲が空を覆い始めている。
「むっ、これはまずいぞ。ご主人様が取り乱しておる」
温室に備えつけてきた机の上で眠っていたジルが飛び起きた。
使い魔たちはどうやらノエルの心の機微を察知したようで、ミカもそんそわとして落ち着きがない。
「小娘がここにいることを教えてやらんとならん」
「しかし、われわれの声が届かないようですね」
二匹とも深刻そうな顔をしている。
ノエルが取り乱すだなんて、そんなことあるの?
だって彼は、感情や考えを隠すのが得意なはず。
ゲームの中のノエルにもこの世界のノエルにも言えることだ。
「ノエルの身になにかあったのかも……ねえ、私のことは大丈夫だから二人はノエルの元に行って」
「いや、俺様たちが小娘から離れた方が危険だ」
「そうですよ。雷が一面を焼け野原にしてしまいますよ」
雷が一面を焼け野原にする、だと?
そっと窓の外を見ると、雲間から稲光が見える。
この荒々しい天気、前にも一度、見たことがあるぞ。
「ねえ、この天気ってもしかして、ノエルのせい?」
「そうだ。どこぞの小娘のせいでご主人様の力が暴走してるんだぞ」
「どこぞの小娘って?」
「面妖な服を着て土をいじってるポンコツのことだ」
「ずいぶんと特殊な人なのね」
「お前のことだぞ、このポンコツが!」
「なんで?!」
そりゃあ、芋ジャージが浸透していない世界の人からしたらこの格好は奇抜かもしれないけどさ、それは認めるけど。
「ノエルが私のせいで取り乱しているって、どういうこと?」
「さっきクソガキに絡まれていただろう? それをご主人様に話したから心配しているのだ」
「だからって雷を呼ぶほど取り乱すだなんて大げさすぎない?」
怪我をしたわけでもないのに、ここまで動揺するのかしら?
たしかにノエルは心配性だけれども。
「小娘、着替えた服を準備室に置いていっただろう?」
「そうね」
「脱ぎ散らかしていたな」
「失礼ね、ちゃんと畳んだわよ」
「いんや、あれは畳んだうちに入らない」
なによう、姑みたいにネチネチ言ってくるわね。
じっとりと睨むと、ミカが間に入ってなだめてくる。
「まあ、その、ご主人様はレティシア様がかの生徒に襲われたのではと心配されたのです」
「いくらなんでも考えが飛躍しすぎない?」
「ええ、まあ、ご主人様はレティシア様のことを大変気にかけていますので」
「よくわからないけど、ドルイユさんには冤罪を背負わせてしまったようね」
見張りをつけるような人間のことをここまで心配してくれるだなんて、なんやかんやで、ノエルの【なつき度】は上がっているのかな?
それとも、オルソンがそんなにもヤバイ奴なのかしら?
ゲームの中では言葉巧みに彼を陥れていたけど、本当は余裕を装っているだけでオルソンのペースに飲まれないようにしていたのかもしれないわね。
「おっ! ご主人様に伝えられたぞ!」
「あら、良かったわ」
これで天気が戻って一件落着ね。
解決したことだし、作業に戻ろうと思ってスコップを手に取ったその時、温室の扉が勢いよく開いて、切羽詰まった表情のノエルが入ってきた。
「レティシア! 無事でよかった!」
「ノ、ノエル?!」
いくらなんでも来るのが速すぎやしないですか?
ジルからこの場所にいるのを聞いたのって、三秒前くらいな気がするんですけど。
半ば呆れてしまっていたら視線がかち合って、するとノエルの表情が一瞬にして和らいだ。
なんだなんだ、そんなに心配していたの?
「どこの誰が襲われたと勘違いしたの? 服着てないとでも思った?」
ちょっと意地悪のつもりで言ってみたのに、彼は心底安心したような柔らかな微笑みを向けてくる。
「あんなに服が散らかっていたら勘違いするよ」
なんだと。
そんな邪気のない笑顔で言われたらけっこう心にくるものがあるんですけど。
「ほらみろ小娘! 俺様の言う通りじゃないか!」
「うるさいわね!」
二人(一人と一匹?)が揃って同じことを言ってくるだなんて、さすがは契約者と使い魔だわ。
「勘違いでよかった」
ノエルは独り言のように呟くと、ぎゅっと抱きしめてきた。
「なんなのよ、抱きしめてないと落ち着けないの?」
「うん」
うん、だなんて、素直に言われてしまうと張り合えないんですけど。
「心配してくれてありがとう。大げさだけど」
「心配させられてばっかりだよ。いっそのこと魂だけ引き抜いて安全な場所に保管しておこうか」
それ、暗に殺すって言ってる?
魂を引き抜くとか、いきなり黒幕じみた思考をぶっこんできたわね。
さっきまでの平和な雰囲気が消えて雲行きが怪しくなってきたんですけど。
オルソン以上に緊張のバロメーターを上げてくるものだから。
「それは、勘弁して」
そう言うのがやっとだった。
明日からは通常授業が始まる。
生徒たちには実物を見て学んで欲しいから、手に入る薬草は育てたりしてなるべく用意するようにしている。
作業するから汚れてもいい服にしよう。芋ジャージの出番ね。
大変だったけど、作っておいて本当に良かったわ。
パパッと着替えて、温室に向かった。
◇
温室で作業をしていると、しだいに天気が悪くなっていた。
朝は気持ちよく晴れていたのに、今は黒い雷雲が空を覆い始めている。
「むっ、これはまずいぞ。ご主人様が取り乱しておる」
温室に備えつけてきた机の上で眠っていたジルが飛び起きた。
使い魔たちはどうやらノエルの心の機微を察知したようで、ミカもそんそわとして落ち着きがない。
「小娘がここにいることを教えてやらんとならん」
「しかし、われわれの声が届かないようですね」
二匹とも深刻そうな顔をしている。
ノエルが取り乱すだなんて、そんなことあるの?
だって彼は、感情や考えを隠すのが得意なはず。
ゲームの中のノエルにもこの世界のノエルにも言えることだ。
「ノエルの身になにかあったのかも……ねえ、私のことは大丈夫だから二人はノエルの元に行って」
「いや、俺様たちが小娘から離れた方が危険だ」
「そうですよ。雷が一面を焼け野原にしてしまいますよ」
雷が一面を焼け野原にする、だと?
そっと窓の外を見ると、雲間から稲光が見える。
この荒々しい天気、前にも一度、見たことがあるぞ。
「ねえ、この天気ってもしかして、ノエルのせい?」
「そうだ。どこぞの小娘のせいでご主人様の力が暴走してるんだぞ」
「どこぞの小娘って?」
「面妖な服を着て土をいじってるポンコツのことだ」
「ずいぶんと特殊な人なのね」
「お前のことだぞ、このポンコツが!」
「なんで?!」
そりゃあ、芋ジャージが浸透していない世界の人からしたらこの格好は奇抜かもしれないけどさ、それは認めるけど。
「ノエルが私のせいで取り乱しているって、どういうこと?」
「さっきクソガキに絡まれていただろう? それをご主人様に話したから心配しているのだ」
「だからって雷を呼ぶほど取り乱すだなんて大げさすぎない?」
怪我をしたわけでもないのに、ここまで動揺するのかしら?
たしかにノエルは心配性だけれども。
「小娘、着替えた服を準備室に置いていっただろう?」
「そうね」
「脱ぎ散らかしていたな」
「失礼ね、ちゃんと畳んだわよ」
「いんや、あれは畳んだうちに入らない」
なによう、姑みたいにネチネチ言ってくるわね。
じっとりと睨むと、ミカが間に入ってなだめてくる。
「まあ、その、ご主人様はレティシア様がかの生徒に襲われたのではと心配されたのです」
「いくらなんでも考えが飛躍しすぎない?」
「ええ、まあ、ご主人様はレティシア様のことを大変気にかけていますので」
「よくわからないけど、ドルイユさんには冤罪を背負わせてしまったようね」
見張りをつけるような人間のことをここまで心配してくれるだなんて、なんやかんやで、ノエルの【なつき度】は上がっているのかな?
それとも、オルソンがそんなにもヤバイ奴なのかしら?
ゲームの中では言葉巧みに彼を陥れていたけど、本当は余裕を装っているだけでオルソンのペースに飲まれないようにしていたのかもしれないわね。
「おっ! ご主人様に伝えられたぞ!」
「あら、良かったわ」
これで天気が戻って一件落着ね。
解決したことだし、作業に戻ろうと思ってスコップを手に取ったその時、温室の扉が勢いよく開いて、切羽詰まった表情のノエルが入ってきた。
「レティシア! 無事でよかった!」
「ノ、ノエル?!」
いくらなんでも来るのが速すぎやしないですか?
ジルからこの場所にいるのを聞いたのって、三秒前くらいな気がするんですけど。
半ば呆れてしまっていたら視線がかち合って、するとノエルの表情が一瞬にして和らいだ。
なんだなんだ、そんなに心配していたの?
「どこの誰が襲われたと勘違いしたの? 服着てないとでも思った?」
ちょっと意地悪のつもりで言ってみたのに、彼は心底安心したような柔らかな微笑みを向けてくる。
「あんなに服が散らかっていたら勘違いするよ」
なんだと。
そんな邪気のない笑顔で言われたらけっこう心にくるものがあるんですけど。
「ほらみろ小娘! 俺様の言う通りじゃないか!」
「うるさいわね!」
二人(一人と一匹?)が揃って同じことを言ってくるだなんて、さすがは契約者と使い魔だわ。
「勘違いでよかった」
ノエルは独り言のように呟くと、ぎゅっと抱きしめてきた。
「なんなのよ、抱きしめてないと落ち着けないの?」
「うん」
うん、だなんて、素直に言われてしまうと張り合えないんですけど。
「心配してくれてありがとう。大げさだけど」
「心配させられてばっかりだよ。いっそのこと魂だけ引き抜いて安全な場所に保管しておこうか」
それ、暗に殺すって言ってる?
魂を引き抜くとか、いきなり黒幕じみた思考をぶっこんできたわね。
さっきまでの平和な雰囲気が消えて雲行きが怪しくなってきたんですけど。
オルソン以上に緊張のバロメーターを上げてくるものだから。
「それは、勘弁して」
そう言うのがやっとだった。