このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 新学期の初日は色々あったけど、それ以降は比較的穏やかな生活を送っていた。

 の、はずだったのに、またもやお義母様からお招きの声がかかってしまった。
 なんでも、私とノエルが舞踏会に着ていく服のデザインを打ち合わせたいらしい。

「打ち合わせなんてしなくてもいいじゃない? 色を合わせるとかでいいと思うんだけど」

 本音を言えば、いろいろと面倒だから行きたくないのだけど、大人だから遠回しに伝えると。

「母上がすっかりレティシアのことを気に入ってるからつきあってあげてよ。それに、一緒に決めた方が手っ取り早いと思うし」

 いつものお茶会なら断ってくれるノエルが、今回は動いてくれなかった。それに、なぜか笑顔に圧をこめてきて拒否権を与えてくれない。

 粘ってみたけど折れてくれなくて、週末にはまた、ファビウス邸にお邪魔することになった。

   ◇

「絵に描いたように浮かない顔しているね」 

 ファビウス邸に向かうグリフォンの馬車の中、窓の外に広がる青空を見ていると、ノエルが顔を覗き込んできたり

「悪いわね。どうも舞踏会のことを考えると憂鬱なのよ」

 私は舞踏会に行くのが好きじゃない。
 家柄の誇示、女同士の牽制など、陰での戦いが面倒だからだ。

 それに、毎回ドレスで頭を悩まされるのも苦痛で煩わしい。
 どこの世界でも、ファッションは人間関係に影響するんだもの。
 デザインが被ると攻撃的になる人がいるし、ダサいと思われたらバカにされてしまう。

 デリケートな問題だからこそ、ドレス選びもまた、いつも憂鬱になる。

   ◇

 ファビウス邸に着くと、前に助言をくれた執事が部屋まで案内してくれた。

 部屋にはお義母様と、ファビウス家御用達の洋服店の人がいた。

 あっという間に捕まってしまい、サイズを測られて、持ってきたドレスを何着も着せ替えられる。
 お義母様は神妙な顔でドレスを吟味しているし、ノエルは機嫌良くニコニコとしながら見てくる。
 着替える度にノエルは褒めてくれるんだけど、正直言って自分からするとどのドレスを着てもドレスに着られてる感がするから似合ってると思えなくて、無理に褒めさせているようで、申し訳なくなる。

「それにしても、母上が率先して僕たちの服を選ぶだなんて、どういう風の吹きまわしですか?」

 ドレスを選び終わり、次はノエルの服を選ぶ番だ。

 店員が準備をしている間、彼はチラッとお義母様を盗み見て、表情を窺っている。

 さすがのノエルもお義母様の本心は計りかねているようだ。
 お義母様、隠すのが上手いものね。

「可愛くないわね。ファビウス家の名に恥じぬ服装をして欲しいからですわ」

 フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまうこの人が、ノエルがいないといつも彼の自慢話をしてくるんだから、複雑な気持ちになる。

 この人は本当に、ノエルの前だとなにかに憑依されたかのように冷たくなる。
 後から見せられることになるであろう反動《デレ》のことを考えると恐ろしい。

 いま心の中で、「ノエルが一番カッコよく見える服を選びたいからですわハアハア」とか思ってるくせに。
 本っっっっ当にめんどくさい人ね。

 ノエルは洋服店の店員が持ってきた服に着替えるために、別の部屋へと移動した。

「ノエルは出ていったわね?」

 お義母様は閉まった扉を見て聞いてくる。

「ええ、着替えるために別の部屋に行きました」

 すると、お義母様は先ほどまで口元を隠すのに使っていた扇子を閉じて、腕を組んだ。
 そう言うちょっとした所作にはファビウス侯爵夫人としての威厳があるんだけどな。口を開くとただの親バカだから残念だ。

「あなたにいろいろと知っておいて欲しいことがあるのよ。ノエルが恥をかくのはごめんですからね」
「まあ、ぜひ教えていただきたいですわ(棒読み)」

 果たしてその話の中の何割が事前情報の話になるのかしら。
 九割がノエルの自慢だと思うわ。

「会場に入ったら最初にサバティエ伯爵が話しかけてくるわ。昔から自分の娘をノエルにあてがおうとしてしつこく話しかけてくるのよ。本当にうんざりだわ。まあ、ノエルは頭と要領がいい子だから、適当にあしらうけどね。あなたが絡まれてノエルの足を引っ張らないでちょうだいね」
「肝に、銘じま、す」

 予想通り、親バカを交えつつ、彼の人間関係やよく飲んでいる飲み物のことを教えてくれた。

 ひと通り話し合えると、お義母様は急に、声のトーンを落としてきた。

「最後に言っておくわ。ローラン・ダルシアクには気をつけなさい」

 まさかの要注意人物だ。
 あんなに人が良さそうなのに、どうしてだろう?

「ダルシアクさんはノエルの同僚で仲も良さそうですけど、なんで気をつけないといけないんですか?」
「あら、あなたなら気づくと思っていたのにまだまだね。あの人がノエルを見るときの目は、なにか違うのよ。親しみというより、敬虔に近いわね」
「それなら注意しなくてもいいんじゃないですか?」
「バカね」

 お義母さんは大きくため息をつく。

「尊敬も度が過ぎれば人を狂わせるわ。ノエルはそうさせる子なんですから」

 大切なことを言ってくれているようで、ずいぶんと度がすぎた親バカのように聞こえてしまうんですけど。

 それでもお母様が真剣な顔をしているから、「わかりました」とだけ答えておいた。
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