【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
◇
ダンスが始まり、レティシアは始めこそ緊張した様子だったけど、話しかけているうちに笑いながら踊るようになった。
ローランとのことがあったから、もう笑いかけてくれないかと不安だったけど、この笑顔を見られて安心した。
彼女といると、いつもは仕事の延長線のように思っていた舞踏会が意外にも楽しく感じられた。
しかし、そんなひとときがあれば急に突き落としてくるのが現実だ。
ダンスが終わると、彼女の友人らしき令嬢が声をかけてきた。
「レティシア! 久しぶりね!」
「マリー! 会えて嬉しいわ、いつぶりかしら?」
予想通りのようで、紹介してもらって、簡単な挨拶を交わした。
どうやら、レティシアの幼馴染らしい。
「ジスラン様のことがあってぜんぜん舞踏会に顔を見せなくなったから、心配してたのよ。でも、素敵な方と一緒になってて良かったわ。ファビウス卿に惚れ薬でも飲ませたの?」
聞き捨てならない話が飛び出してきて、もっとよく聞きたかったのに、レティシアが止めてしまう。
「もうっ! 過去を蒸し返さないでよ!」
しかも、顔を赤くしている。
彼女のそんな顔を、今まで見たことがなかった。
考えたくないことだが、男の名前が出てくるのだから、その内容はだいたい予想がつく。
「……ジスラン様とは、誰ですか?」
「私たちの幼馴染です。レティシアとはオリア魔法学園の同級生でもありますよ。レティシアの初恋の相手なんです」
「マリーったら、もう止めて!」
全くの初耳だった。
いままで僕たちは恋愛の話なんてしてこなかったから。
するとしても、生徒たちの噂話ばかりで。
それに、心のどこかで、レティシアは恋愛に興味はなくて、薬草に心を注いでいるとばかり思い込んでいたのもある。
迂闊だった。
「レティシア、そのジスラン様のこと、詳しく聞かせてくれる?」
知らなかったのであれば、知っておかなければならない。
しかし名前を呼ぶと、彼女は後ずさってしまった。
「ノ、ノエル? なんか怖い顔してるわよ?」
「ひどいなぁ。こんなに楽しい時間を過ごしてるのに、そんな顔するわけないでしょ?」
笑ってみせても、彼女には通用しないのはわかってる。
きっと、感覚的なもので僕の心を読んでしまっているに違いない。
「も、もう帰りましょ? ノエルもきっと疲れてきたのよ」
たいして疲れてはいないけど、きっとレティシアの方は久しぶりの舞踏会で疲れ切っているだろうから、素直に頷いて帰ることにした。
◇
帰りの馬車の中、レティシアはしばらくは話をしたり、窓の外の景色を眺めていたけど、そのうちウトウトと頭を揺らして、眠ってしまった。
そのままにしていると窓に頭を打ちつけそうだったから、ゆっくりと体を引いて、僕の方に寄りかからせる。
今宵はいろんなことがあったから、とても疲れたに違いない。
ことにローランが余計なことを話したせいで、混乱しただろう。
ローランのせいで、と彼のせいにするのは、八つ当たりだ。
僕が彼女に隠し事をしていたからこそ、不安にさせてしまったのだから。
そんなことを考えていると、ジルはレティシアの顔を覗き込んで顔を顰めた。
「はぁ、相変わらず、マヌケな顔して眠ってますね。ご主人様の前だって言うのに」
「苦手な舞踏会を乗り切ったんだから、大目にみてやってくれ」
どうやら彼は、レティシアのことを心配してくれているようだ。
素直にそう言わないが、いつになく不安そうで。
「……ご主人様、その……」
なにか言いたそうな顔をして、僕を見た。
話すのが好きな彼にしては珍しく、言うのを躊躇っているようだ。
言いたいことはおおよそ見当がついている。
レティシアがローランから聞かされた話についてだろう。
「ご主人様、小娘は望んで聞いたわけじゃないんです。あの裏切り者がわめいたのをしかたがなく聞いた次第でして……」
「わかっているよ。ジルはレティシアを心配してくれているんだね」
僕以外の人間を毛嫌いしてるジルにしては珍しく、人間であるレティシアのことを大切にしてくれている。
ずっとそばにいてレティシアを見守ってくれているからこそ、彼女の人柄を知って、好感を持ってくれたようだ。
「もうレティシアを消すつもりはないよ。むしろ、彼女に消えられては困る」
「そうでしたか」
ホッとしたような顔になると、彼はレティシアの隣で丸くなって眠った。
すると、レティシアがもぞりと動く。
「ううっ……ジスラン様」
例の幼馴染の男の名を呼びながら。
その名前を聞くと、胸の中に禍々しい気持ちが渦巻いてくる。
「まったく、どうしてその名前を呼ぶんだ……」
彼とはなにかあったのかもしれない。
レティシアには悪いけど、彼女の片思いが終わってくれていることを祈るばかりだ。
ほかにも、彼女が昔、想っていた人物がいるかもしれない。
それなら洗いざらい、吐いてもらうしかなさそうだ。
「レティシア、今度ゆっくり話してもらうからね」
彼女とそいつらが再び顔を合わすことがないように、対策を取らねばならないのだから。
ダンスが始まり、レティシアは始めこそ緊張した様子だったけど、話しかけているうちに笑いながら踊るようになった。
ローランとのことがあったから、もう笑いかけてくれないかと不安だったけど、この笑顔を見られて安心した。
彼女といると、いつもは仕事の延長線のように思っていた舞踏会が意外にも楽しく感じられた。
しかし、そんなひとときがあれば急に突き落としてくるのが現実だ。
ダンスが終わると、彼女の友人らしき令嬢が声をかけてきた。
「レティシア! 久しぶりね!」
「マリー! 会えて嬉しいわ、いつぶりかしら?」
予想通りのようで、紹介してもらって、簡単な挨拶を交わした。
どうやら、レティシアの幼馴染らしい。
「ジスラン様のことがあってぜんぜん舞踏会に顔を見せなくなったから、心配してたのよ。でも、素敵な方と一緒になってて良かったわ。ファビウス卿に惚れ薬でも飲ませたの?」
聞き捨てならない話が飛び出してきて、もっとよく聞きたかったのに、レティシアが止めてしまう。
「もうっ! 過去を蒸し返さないでよ!」
しかも、顔を赤くしている。
彼女のそんな顔を、今まで見たことがなかった。
考えたくないことだが、男の名前が出てくるのだから、その内容はだいたい予想がつく。
「……ジスラン様とは、誰ですか?」
「私たちの幼馴染です。レティシアとはオリア魔法学園の同級生でもありますよ。レティシアの初恋の相手なんです」
「マリーったら、もう止めて!」
全くの初耳だった。
いままで僕たちは恋愛の話なんてしてこなかったから。
するとしても、生徒たちの噂話ばかりで。
それに、心のどこかで、レティシアは恋愛に興味はなくて、薬草に心を注いでいるとばかり思い込んでいたのもある。
迂闊だった。
「レティシア、そのジスラン様のこと、詳しく聞かせてくれる?」
知らなかったのであれば、知っておかなければならない。
しかし名前を呼ぶと、彼女は後ずさってしまった。
「ノ、ノエル? なんか怖い顔してるわよ?」
「ひどいなぁ。こんなに楽しい時間を過ごしてるのに、そんな顔するわけないでしょ?」
笑ってみせても、彼女には通用しないのはわかってる。
きっと、感覚的なもので僕の心を読んでしまっているに違いない。
「も、もう帰りましょ? ノエルもきっと疲れてきたのよ」
たいして疲れてはいないけど、きっとレティシアの方は久しぶりの舞踏会で疲れ切っているだろうから、素直に頷いて帰ることにした。
◇
帰りの馬車の中、レティシアはしばらくは話をしたり、窓の外の景色を眺めていたけど、そのうちウトウトと頭を揺らして、眠ってしまった。
そのままにしていると窓に頭を打ちつけそうだったから、ゆっくりと体を引いて、僕の方に寄りかからせる。
今宵はいろんなことがあったから、とても疲れたに違いない。
ことにローランが余計なことを話したせいで、混乱しただろう。
ローランのせいで、と彼のせいにするのは、八つ当たりだ。
僕が彼女に隠し事をしていたからこそ、不安にさせてしまったのだから。
そんなことを考えていると、ジルはレティシアの顔を覗き込んで顔を顰めた。
「はぁ、相変わらず、マヌケな顔して眠ってますね。ご主人様の前だって言うのに」
「苦手な舞踏会を乗り切ったんだから、大目にみてやってくれ」
どうやら彼は、レティシアのことを心配してくれているようだ。
素直にそう言わないが、いつになく不安そうで。
「……ご主人様、その……」
なにか言いたそうな顔をして、僕を見た。
話すのが好きな彼にしては珍しく、言うのを躊躇っているようだ。
言いたいことはおおよそ見当がついている。
レティシアがローランから聞かされた話についてだろう。
「ご主人様、小娘は望んで聞いたわけじゃないんです。あの裏切り者がわめいたのをしかたがなく聞いた次第でして……」
「わかっているよ。ジルはレティシアを心配してくれているんだね」
僕以外の人間を毛嫌いしてるジルにしては珍しく、人間であるレティシアのことを大切にしてくれている。
ずっとそばにいてレティシアを見守ってくれているからこそ、彼女の人柄を知って、好感を持ってくれたようだ。
「もうレティシアを消すつもりはないよ。むしろ、彼女に消えられては困る」
「そうでしたか」
ホッとしたような顔になると、彼はレティシアの隣で丸くなって眠った。
すると、レティシアがもぞりと動く。
「ううっ……ジスラン様」
例の幼馴染の男の名を呼びながら。
その名前を聞くと、胸の中に禍々しい気持ちが渦巻いてくる。
「まったく、どうしてその名前を呼ぶんだ……」
彼とはなにかあったのかもしれない。
レティシアには悪いけど、彼女の片思いが終わってくれていることを祈るばかりだ。
ほかにも、彼女が昔、想っていた人物がいるかもしれない。
それなら洗いざらい、吐いてもらうしかなさそうだ。
「レティシア、今度ゆっくり話してもらうからね」
彼女とそいつらが再び顔を合わすことがないように、対策を取らねばならないのだから。