【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 ついに学外研修の日を迎えて、早朝から発ったグリフォンの馬車は昼前にフィニスの森に着いた。
 
「わーい! 王都側と違って歩きやすーい!」

 サラは嬉しそうに飛び跳ねている。

 彼女の言う通り、フィニスの森は場所によって土の性質が違う。
 土が違えば生息している植物も違うから、いつかはフィニスの森に寝泊まりして植物たちを観察したいわね。 

 まとまった時間をとれるようになるのはこの子たちを無事に送り出してからになるだろうから、ちょっと先のことにはなりそうだけど、楽しみがあるのはいいことよね。

「メガネせんせー! これってなんの足跡なのー?」
「どれどれ?」

 サラが無邪気に聞いてくるものだからしゃがんで確認しようとすると、アロイスが片手を出して制してきた。

「先生、魔獣が近くにいるかもしれないので足跡に近づくのは危ないですよ」
「あら、そうなの? アロイス殿下は博識ね」

 恥ずかしいことに、私は薬草以外のことはからっきしだ。
 そんな私とは違って、アロイスは積極的に色んな知識を吸収しているようなのよね。

 前は薬草のことで、学校では習わないような高度な調合技術について聞いて来たし、ノエルの話によると、魔法応用学についてもより専門的な内容について質問しに来るみたいで、寝る間を惜しんで勉強しているんじゃないかと思うと心配だ。

 そんな優等生の彼はふわりと笑って、私を魔獣の足跡から遠ざけた。

「なにかあったらいけませんので、私から離れないでください」
「あ、りがとう……」

 離れないでください、だと?
 
 やばい、とうとすぎる。
 教師に守られるべき生徒であるのに、私を守ってくれるの?
 王子様すぎない?

 実際に王子様なんだけどさ。

 感激に胸がいっぱいになっていると、追い打ちをかけるようにちょっとはにかんだ表情になって。

「植物園で先生が私たちを守ってくれたように、私も先生を守りたいんです」

 なんて言ってくれる。かわいすぎて叫びそうだ。

 ……くっ、お止めなさい。教師であるのを忘れてアロイスの女に戻ってしまう。
 私の自制心を試しているの?

「嬉しいけど、学生のうちは気負わず勉学に励みなさい。あなたたちが安心して学べるように見守るのが教師の仕事なんですから」
「ですが……私はなにもできずにいるのがもどかしいです」

 アロイスは眉尻を下げて、しゅんとした表情になった。

 あれ? いま言ってくれてるのって、アロイスがゲームでサラに言っていた台詞だわ。
 ノエルにけしかけられて魔物に立ち向かうアロイスが苦戦していると、サラが光使いの力を発揮して助けたときに言ってくれるのよね。

 ゲームの中よりもアロイスが心を開いてくれているとは思っていたけど、こんなにあっさりと悩みを聞かせてくれるだなんて、もしかして、アロイスの問題はもう解決間近なのかもしれないわね?

 ゲームでのこのイベントの趣旨は、アロイスが他者(特にサラ)に心を開くことなんですもの。

 心配は杞憂に終わるかもしれないわ。
 ノエルだって、いまのところは他の生徒たちと楽しそうに話しているし。

 そっと後ろを振り向いて見ると、先ほどまで女子生徒たちに囲まれていたノエルの姿はそこになくて、不思議に思っていると、不意にすぐそばで彼の声が聞こえてきた。

「殿下、心配する必要はないですよ。彼女は僕が守るので」

 穏やかな声を聞くとなぜか、背筋が凍ってしまう。
 ゆっくりと振り向くとノエルはすぐ近くにいて、満面の笑みを浮かべている。

「ところで殿下にお話があります。時間をもらえませんか?」
「いいでしょう。私もちょうど、ファビウス先生と話したいことがあるのでちょうど良かったです」

 二人とも笑っているはずなのに、辺りを取り巻く空気は剣呑で。

「ちょ、ちょっと! 学外研修は授業の一環なんだからね? 勝手な行動はダメよ」

 そんな二人を見ていると今朝の夢を思い出してしまって、慌てて引き留めるけど。

「大丈夫、ちょっと話すだけだから」
「大丈夫ですよ、少しお話するだけですから」

 兄弟らしく息を合わせて説得してきて、止められなかった。
 制することもできず、二人の背中を見送ることになる。

 前言撤回だ。

 ゲーム通りの事態になるだなんて、やっぱり一分一秒も気を抜いてはいけないみたい。
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