【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 ノエルとアロイスのことが気になって、サラたちと話をしていても内容が頭の中に入ってこない。

「メガネ先生?」

 気づくと、サラの水色の目が顔を覗き込んでいた。
 ぱっちりと大きな目はくるんと綺麗にカールされた睫毛に縁取られていて、さすがヒロインなだけあって完璧にかわいいビジュアルだ。

「ふ、不安そうな顔をしてますけど、大丈夫ですか?」

 ディディエも心配してくれて、まごつきながらも声をかけてくれる。
 新しい学年になってから二人はよく話すようになって、フレデリクも加わって三人で話しているところをよく見かける。

「ええ、大丈夫よ。それよりアロイス殿下とファビウス先生が戻ってこないから様子を見てくるわね。ジラルデさん、みんなをお願いできるかしら?」
「わかりました」

 フレデリクは相変わらず、頼られて嬉しくてもむすくれた表情をしているけど、最近はそんな表情を見ても慣れてきて、顔の周りにキラキラと光が瞬いているようなエフェクトが見えるようになった。

 そんなフレデリクが、今日は少し意味深な顔つきになって、違和感を覚える。

「メガネ、ちょっと、言っておきたいことがあるんですけど」
「なにかしら?」
「じつは、アロイス殿下に剣を教えて欲しいと言われて、放課後に一緒に練習しているんですけど、殿下は時間さえあれば根を詰めて練習しているようなんです。それがなんだか焦っているように見えて、理由を聞いてみても、『守る力が必要なんだ』としか言わないから、心配で」
「そうだったのね。話してくれてありがとう」

 アロイスは間違いなく、戦うために剣術の鍛錬をしていたに違いない。ゲームの中の彼と同じように。
 自分のせいで同級生たちが危険に晒されないように、自分が強くならないといけないと、責めてしまっているんだ。

 まずいわね。

 仮にゲーム通りに魔物が現れたとして、アロイスがそれと戦おうとしたら、どうなってしまうのかしら?

 ゲームではサラが助けるんだけど、その時に彼にかける言葉の選択肢によって好感度が爆上がりするかそのままか、下がるかに分かれる。

 ちなみに好感度が上がると、助けてくれた感謝と勇敢に立ち向かった彼女への敬意を込めて、騎士のように跪いて手にキスをしてくれるんだけど、好感度が下がれば、「助けてくれとは言っていないのに」と冷たく突き放されてしまうのよね。

 いずれにせよ、いまのサラは光使いにすらなっていないから、どうなるのか予想がつかないわ。 

 願わくば魔物なんて現れなくて、アロイスの不安を取り除くこともできたらいいんだけど。

 不安な気持ちのまま、ノエルとアロイスが消えていった方に足を進めた。

   ◇

 話をするだけだからきっとそう遠くには行っていないだろうに、二人の姿は見当たらない。

「どこにいるのかしら?」

 あたりを見回しながら歩いていると、見覚えのある赤褐色の長髪を視界の端に捕らえた。
 後ろを向いているから顔は見えないけど、ダルシアクさんに似ている。あんなに綺麗な赤い髪は見たことなかったんですもの。

 彼はじっと立って森の奥を見つめている。
 こんな真昼に一人でフィニスの森にいるだなんて、なにか企んでいるようで怪しいわね。

 どうしよう。

 舞踏会のことがあったから気まずいし、なにより彼は、ゲームではノエルと一緒に暗躍していたキャラだ。

 もとより危険人物である上に、サシで彼に立ち向かったところで、勝敗は見えている。
 それでも、だからと言って引き返すわけにもいかない。

 意を決して、声をかけた。

「ダルシアク、さん?」

 バッと勢いよく振り向いた彼は、やはりダルシアクさんだった。
 真っ黒な上下を着ていて、どうやら魔術省の仕事でここにいるわけではなさそうだ。

 ますます怪しいわ。

「なんだ、あなたでしたか。全く気配がなかったから手練れの刺客かと思いましたよ」

 急に私が現れたから警戒しているようだけど、そのわりには、表情にも声にも焦りなんてなくて、不気味なくらい落ち着いているように見える。

「存在感がなくて悪うございましたね」

 生憎私はモブの中のモブですので、存在感を出したくても世界がそうさせてくれないんですよ。なんたって、服や髪形を変えるだけでみんなに認識されなくなるんですからね。

 黒幕の手下という存在感のあるモブにはそんな苦労、わからないでしょうけど。

「ここでなにをしているんですか?」
「仕事をしているだけです。邪魔をするようであれば、いくら闇の王の寵愛を受けているとはいえ、容赦はしませんよ」
「ちょうあいぃぃぃぃ?」

 破れば心臓を握りつぶされる契約を交わした上に見張りを二匹つけられている、これのどこが寵愛なのかしら?
 たしかに最近は心配してくれたり、寂しがって会いに来てくれたりするけどさ、そもそも彼との間に恋愛感情はないのよ?

 唖然としていると彼はふいっと顔をそむけてしまった。

「まったく、どうして闇の王はこんなマヌケに現を抜かすのやら……」

 なによう、好き放題言ってくれるじゃないの。

 むっとして言い返そうとするも、ダルシアクさんは私と話す気なんてさらさらないようで、あっという間に立ち去ってしまった。

「なんなのよ、あの人。感じ悪いわね」

 愚痴をこぼすと、ジルがチラッと視線を寄越してくる。

「あいつの言う通りだ。こんなポンコツに情けをかけるだなんて、ご主人様らしくない」
「失礼ね。謗《そし》るならいないところでやってちょうだい」

 腹が立つけど、口げんかしている暇はない。
 いまは一刻も早く、ノエルとアロイスを見つけたい。

 さらに森の奥に進んでいくと、巨木の前で二人が立ち話しているのが見えた。
 アロイスの表情は曇っていて、思わずゲームのワンシーンを思い出してしまい、心臓が早鐘を打ち始めた。
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