【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 ゲームに出てきた魔物というのは、首なしの騎士デュラハンだ。
 人型の魔物はタチが悪く、悪知恵を働かせてくるものだから、獣や虫の魔物と違って、次の動きを読めない。

 しかも騎士のデュラハンは剣に長けており、魔法と剣の攻撃を隙なく繰り出してアロイスを窮地に追いやっていた。

 どうか魔物がいませんように。
 そして、もしいたとしても、シーアが召喚したデュラハンではありませんように。

 そう願ってノエルの姿を探していたけれど、だんだんと近づいてくる方向はただならぬ緊張感を孕んでいて、悪い予感ばかりが勝ってくる。

「あなたたちはここで待っていて欲しいの」

 最悪の事態を想定して、サラたちには待っていてもらうことにした。

「できません」

 いつもは優等生なアロイスが、すぐに話を遮った。

「私は、シーアがノックスの王族を狙って魔物を放っているのを知っていました。今回の魔物もきっと、私を狙っているんです。だから私は、自分自身で対処したいんです。民を守るべき王族が守ってもらうばかりじゃ、示しがつきません」

 誰も巻き込みたくないという彼の気持ちはゲームで聞いたから知っているけれど、だからといって危険に晒すわけにもいかない。
 どう言葉をかけようか悩んでいると、アロイスはなにも言わずに森の奥へと走り出してしまった。

「あ、ちょっと、待ちなさい!」

 待てと言っても待ってくれはしなくて、全速力で追いかけるんだけど、日ごろの運動不足のせいでどれだけ必死で足を動かしても追いつけない。

「メガネ、俺が先に行って追いかけます」

 フレデリクは軽々と追い越してくる。

「ダメよ。そうしたらあなたが危ないわ」
「メガネは過保護なんですよ。自分たちはそれなりに自分を守る力があるので、信じて欲しいです」

 信じて欲しい。

 そう言われて、アロイスの言葉を聞いていた時の自分が、彼の力を信じられていなかったのに気づいて、ドキリとした。
 
 守らないといけないと、そればかりが先行してしまったけど、そんな接し方がアロイスを「あなたは弱いんだ」と暗に責めてしまっていたかもしれない。

 結局は私も、彼の心の声を聞けていなかったんだ。

 後悔が押し寄せてくる中、立ち止まらないように足を動かしていくうちに、アロイスとフレデリクの後姿が見えてきた。

 姿が見えてホッとしたのも束の間で、彼らの視線の先に、真っ黒な鎧を着た、首のない騎士が、同じく首がない馬に跨って彼らの前に立ちはだかっているのが見えた。

 彼らの間にはノエルがいて、アロイスとフレデリクを庇うように立っている。

 魔物はすぐに私たちに気がついて、手に持っている首の赤い目が、ギョロリと動いた。
 ノエルはその視線の先を辿るようにして、私たちを見つける。

「レティシア、どうして来たんだ?!」
「ノエルをひとりにしたくないからよ。ひとりで戦うなんて、寂しいでしょう?」

 ノエルは魔物に攻撃魔法を放って注意を引こうとするけど、魔物は見向きもしないで、アロイスに狙いを定めて、奇声を発した。

 やっぱりゲームに出てきたとおりの魔物のようだ。

 地面を蹴って勢いよく突進してくる魔物を、ノエルが黒い炎を放って封じ込めようとする。炎が取り囲んでも、デュラハンはダメージを受けた様子も見せず、突き進んでしまう。

守れ(エスキュード)!」

 振り上げた剣の先にいるノエルを守りたくて、手を伸ばす。

「レティシア!」
「「ベルクール先生!」」
「メガネ!」

 アロイスたちの声が混ざり合って聞こえてくる中で、ひときわ大きく、サラの声が響いた。

「メガネ先生、危ない!!!!」

 ひどくゆっくり時間が過ぎたように思えた。
 大きな影が頭の上に落ちて、見上げればデュラハンが振り上げた剣が見える。

 もうダメだ。

 最後にノエルたちは、守りたい。
 そう思った刹那、眩い光が放たれて、瞬く間にデュラハンをのみ込んでゆく。
 デュラハンは咆哮をあげて藻掻きながら、跡形もなく消してしまった。

 光の発生源を目で追うと、呆然と立ち尽くすサラがいる。

「なに、これ……?」

 両手を見つめて呟く彼女はまだ、仄かに金色の光りを帯びたベールに包まれていて、その姿は、冬星の祝祭日の由来を描いた絵画に出てくる光使いの姿と似ていた。

 ゲームで何回も見たことがあるこのシーンを、忘れるはずがない。


 サラが、光使いとして覚醒したんだ。
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