【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 デュラハンを倒した後は怒涛のように忙しくって、なにがあったのかはあまりよく覚えていない。

 呆然とするサラを連れてみんなのところに戻り、怒るグーディメル先生に事情を説明して、気づけば宮廷魔術師団の師団長が来てサラの力を鑑定していた。

 その結果、サラは晴れて、光使いと認定された。

 数日前は元気よく学校内を走り回っていた平民の少女が、今や救国の光使いとして崇められている。

 ゲームでも急な展開だと思っていたけれど、現実でこの事態と向き合うことになってもやはり急なことで、この変化に戸惑ってしまう。
 私ですらそうなんだから、サラはもっと戸惑っていて、いつの間にか笑顔が消えてしまっていた。

 無理もない、学校が終われば彼女はひとり、師団長による講義を受けることになっていて、いつもはイザベルと一緒に勉強したりお喋りしていたのに、その時間を奪われてしまったんだもの。
 それに、同級生たちは急に王族級の待遇を受けることになったサラとの距離が掴めていないようで、一歩引いて見ているのもあって、サラは疎外感に苦しんでいるようで。

「リュフィエの様子はどうだった?」

 サラを心配したノエルが、たびたび様子を聞いてくる。
 魔法応用学の授業で顔を合わせる度に憔悴《しょうすい》しているように見えて、何度か声をかけているけれど、無理に笑うだけでなにも教えてくれないらしい。

「元気がないわ。ずっと不安そうな顔をしているの」
「いきなり大きな使命を背負うことになったんだ、気持ちが追いついていないんだろうね」

 サラのことを話しながら二人で回廊を歩いていると、眼下に広がる庭園の隅のベンチにサラが座っているのを見つけた。

 ひとりでぽつんと座っていて、今にも泣きだしそうな顔をしている。

「リュフィエさんに声をかけてくるわ」
「僕も行くよ」

 庭園まで降りて呼びかけるとサラは顔を上げて、しょげきった目で見つめてきた。

 前までなら目が合うなり、舌足らずな喋り方でずっと話していたというのに、すっかり別人のように静かになってしまっている。

「リュフィエさん、なんでもいいから、悲しいことや不安なことがあったら、聞かせて欲しいの」
「寂しい、です。急に救国の光使いって言われて、訳が分からないまま師団長の授業を受けることになって、気づいたらみんな私から離れているような気がして、すごく、すごく寂しいです。前までは、みんなで一緒に笑っていたのに、今はなにをしていてもひとりでいるような気がして、苦しくて……」

 小さく肩を震わしている姿は痛々しくて、ぎゅっと抱きしめると、サラはわっと泣き出した。

「もうこんな力いらないよ! 誰かにあげたい!」
「リュフィエさん……」

 ゲームでサラが心の中で言っていたことと同じだ。
 
 サラはいま不安で、寂しくて、期待に押しつぶされそうな状態で、本当はいますぐにでも光使いとしての役目を投げ出したいと思っている。

 以前の生活に戻りたい。

 そんな切な願いがひしひしと伝わってきて、できることなら代わってあげたいけど、モブの私ではその願いは叶わなくて。
 改めて己の無力を思い知らされていると、ノエルがしゃがんでサラに話しかけた。

「リュフィエ、もう少し頑張ってみよう」
「嫌です。もう限界」
「少しずつで、大丈夫だから」

 それでもサラはぶんぶんと首を横に振る。

 二人のやりとりを見ていると、ゲームの中でノエルがサラに話しかけていたシーンを思い出した。
 光使いになって今のように戸惑っているサラに、ノエルがこの庭園で話しかけるシーンがある。

 ゲームのノエルは「無理に役目を果たさなくていい」と言っていたけど、今のノエルは、真逆のことを言っている。

「その力を使えるのは君しかいないんだ。力を授かった者の使命を全うして欲しい。大丈夫、リュフィエひとりに無理をさせるわけじゃない。先生も、みんなも、一緒に支えていくから。……そうだよね?」

 ノエルがそう言って後ろを振り返り、つられて彼の視線の先を追うと、アロイスやフレデリクにディディエ、そしてイザベルがいた。

「サラ、寂しい思いをさせてごめんなさい。私たちも、急にサラが救国の光使いになったから、戸惑っていたのですわ。でも、あなたを支えるために一緒にいたいって、思いましたの」
「リュフィエさん、僕も力になりますから。魔力をコントロールするのは、下手ですけど」
「自分もできることはやるから、一人で悩むなよ」

「ふぇ~ん! みんなだいすき~!」

 いつもの調子に戻ったサラがイザベルに抱きつくと、アロイスが呆れたように溜息をついた。

「ジラルデの言う通りだよ。いつもはおしゃべりなくせに、どうしていきなりなにも言わずにひとりで悩むんだ?」

 サラはイザベルに抱きついたまま、ジト目でアロイスを睨んだ。

「アロイス殿下には言われたくないよ。アロイス殿下がなにも言わずにひとりで抱え込んでいるせいで、イザベルがすっごく心配していたんだからね! なやんでるなら言ってくんなきゃ、わかんないじゃない!」
「君には言われたくないね」

 売り言葉に買い言葉で口げんかが勃発しそうな空気になったところ、ノエルがクスクスと笑い始めて、様子を見守っていたイザベルとディディエとフレデリクも笑い始めた。

「リュフィエ、言うのが遅くなってしまったけど、助けてくれてありがとう。君のおかげで助かったし、無茶ばっかりするベルクール先生が怪我ひとつなく無事だったから、本当に感謝しているよ」
「密かに悪口言ってるわよね?!」

 ノエルったら、まるで私が手のつけようもないやんちゃ者のように言ってくれるじゃないの。
 もう一言二言、ノエルに文句を言ってやりたいところだけど、生徒の前だからまあ、我慢する。

「僕の大切な人を守ってくれてありがとう」

 ノエルの感謝の言葉を聞いたサラは、ふにゃりと笑った。

「へへ、どーいたしまして! ファビウスせんせーとメガネせんせーがラブラブしてるの見るとホッとした!」

 いや、ちっともラブラブしてないし、むしろディスられたところなんですけど。

「ちょ、ちょっとあなたたち! どうしてそんな目で見てくるのよ?!」

 それなのになぜかイザベルたちまで生暖かい目で見てくるものだから、いたたまれなくなって、準備室に逃げた。
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