【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
いつの間にか寝てしまっていた。
ノエルと話していたのは覚えているんだけど、その後の記憶がない。
体を起こしてみると、ありえない光景を目にした。
「うそ、でしょ?」
今は何時かわからないが、さっき起きていた時でさえ暗かったんだからとっくに真夜中だと思う。それなのにノエルがまだいるのだ。しかも、布団の上に顔を突っ伏して眠っている。
「うっ」
眠っているノエルは辛そうで、うんうんとうなされているところを見ると不安になる。
額に触れてみると、長い睫毛に縁取られた目蓋が開いた。
紫水晶の目が私を捕らえる。
「レティシ、ア?」
「はい、私がレティシアですよ」
ぎょっとして見られるとなんだか居心地が悪い。まあ確かに、寝顔を見られるのは嫌よね。それなのに額に触れられるのはもっと嫌よね。
「勝手に触れてごめんなさい」
「……こちらこそ、婚約者になるとはいえあなたが寝ているベッドに伏せていただなんて」
ノエルは立ち上がると魔法でカンテラに光を灯し、それを手に持つ。揺れる炎の光りが顎の輪郭を照らしていて、顔の輪郭まで綺麗に整ってるのがよくわかる。
「僕は職員寮に行くけど、使い魔のミカを残していくよ」
「ジルがいるのに?」
「夜はなにがいるかわからないから」
頑なだ。そんなにも私を見張らないと気が済まないんだろうか。そう思うと呆れてしまう。
「ミカ」
彼が見張りのために召喚してくれた使い魔のミカは黒くて大きな犬。艶やかな毛は美しくて、よく手入れされている。
「レティシアを頼む」
「御意。レティシア様、どうぞ安心して就寝してください」
「わかったわ」
ノエルは部屋を出る前に、ドアの前で立ち止まった。
「ちゃんと寝てくださいね。でなきゃ治るものも治りませんよ」
背中に向かって声をかけると、意外にも柔らかい微笑みを向けてくれて。
「ありがとう。良い夢を」
「あなたもね」
どうしてかその笑顔を見るとホッとする自分がいた。
彼は私を見張っている黒幕だというのに。
◇
それから数日後の夕暮れ時、回廊でまたノエルを見かけた。
「体調は?」
「おかげさまですっかり良くなったわ」
「よかった」
彼は柱に体を預けたまま、じっと私を見つめる。
なんだか砕けた口調になっているんだけど、もしかして彼の中で何か変化があったのかしら。
そんなことを考えていると、彼は一枚の書類を差し出してきた。私たちが署名した婚約誓約書だ。
「婚約の承認が下りた」
「あら、想像よりも早くて嬉しいわ」
「そうだね」
淡々と答える彼からは微塵も嬉しさは伝わってこないが。それなら私も一緒か。
彼はさらに書類を出してくる。それには下の方に彼の署名があった。
「この件についての契約書だ。破れば呪いがかかるようになっている」
「しっかりしてるわね」
契約書にざっと目を通すと、彼の秘密を口外しないことや、ロアエク先生の解呪ができるまで協力することなどが盛り込まれている。
破れば私、心臓を潰されるらしい。
さらりと恐ろしい条件を書いてくるだなんて、やっぱりノエルは黒幕だわ。
そんな悪魔のような契約だが、署名する以外に選択肢がない私は、指先を動かして魔法で名前を書いた。
私、今世でも長生きできそうにないわね。
後悔のないようにアロイスの顔を拝み倒そうかしら。
「契約成立だね。婚約者さん、例の素材の件、頼んだよ」
「もちろんです」
ロマンチックな雰囲気なんて皆無だけど、まあ、取引条件あっての婚約だものね。
甘い言葉なんてそもそも期待していない。
ただ、彼には知っておいて欲しいことがある。
「あなたのこと、大切にしますから、よろしくお願いします」
私はあなたの邪魔をするけれど、敵になるつもりはないと分かっていて欲しい。
あなたが真に黒幕になってしまわないように、誰も幸せになれないエンドを呼ばないように、軌道修正してみせますので。
「こ、ちら、こそ」
なんだかたどたどしい返事が返ってきたんだけど。それでも彼の表情はいたって通常運転で。
「こちらこそ、よろしく」
改めてそう言ってもらって、私は黒幕さんの婚約者になった。
闇落ちする暇もないくらいに振り回して差し上げますから、覚悟してくださいませ、婚約者様。
ノエルと話していたのは覚えているんだけど、その後の記憶がない。
体を起こしてみると、ありえない光景を目にした。
「うそ、でしょ?」
今は何時かわからないが、さっき起きていた時でさえ暗かったんだからとっくに真夜中だと思う。それなのにノエルがまだいるのだ。しかも、布団の上に顔を突っ伏して眠っている。
「うっ」
眠っているノエルは辛そうで、うんうんとうなされているところを見ると不安になる。
額に触れてみると、長い睫毛に縁取られた目蓋が開いた。
紫水晶の目が私を捕らえる。
「レティシ、ア?」
「はい、私がレティシアですよ」
ぎょっとして見られるとなんだか居心地が悪い。まあ確かに、寝顔を見られるのは嫌よね。それなのに額に触れられるのはもっと嫌よね。
「勝手に触れてごめんなさい」
「……こちらこそ、婚約者になるとはいえあなたが寝ているベッドに伏せていただなんて」
ノエルは立ち上がると魔法でカンテラに光を灯し、それを手に持つ。揺れる炎の光りが顎の輪郭を照らしていて、顔の輪郭まで綺麗に整ってるのがよくわかる。
「僕は職員寮に行くけど、使い魔のミカを残していくよ」
「ジルがいるのに?」
「夜はなにがいるかわからないから」
頑なだ。そんなにも私を見張らないと気が済まないんだろうか。そう思うと呆れてしまう。
「ミカ」
彼が見張りのために召喚してくれた使い魔のミカは黒くて大きな犬。艶やかな毛は美しくて、よく手入れされている。
「レティシアを頼む」
「御意。レティシア様、どうぞ安心して就寝してください」
「わかったわ」
ノエルは部屋を出る前に、ドアの前で立ち止まった。
「ちゃんと寝てくださいね。でなきゃ治るものも治りませんよ」
背中に向かって声をかけると、意外にも柔らかい微笑みを向けてくれて。
「ありがとう。良い夢を」
「あなたもね」
どうしてかその笑顔を見るとホッとする自分がいた。
彼は私を見張っている黒幕だというのに。
◇
それから数日後の夕暮れ時、回廊でまたノエルを見かけた。
「体調は?」
「おかげさまですっかり良くなったわ」
「よかった」
彼は柱に体を預けたまま、じっと私を見つめる。
なんだか砕けた口調になっているんだけど、もしかして彼の中で何か変化があったのかしら。
そんなことを考えていると、彼は一枚の書類を差し出してきた。私たちが署名した婚約誓約書だ。
「婚約の承認が下りた」
「あら、想像よりも早くて嬉しいわ」
「そうだね」
淡々と答える彼からは微塵も嬉しさは伝わってこないが。それなら私も一緒か。
彼はさらに書類を出してくる。それには下の方に彼の署名があった。
「この件についての契約書だ。破れば呪いがかかるようになっている」
「しっかりしてるわね」
契約書にざっと目を通すと、彼の秘密を口外しないことや、ロアエク先生の解呪ができるまで協力することなどが盛り込まれている。
破れば私、心臓を潰されるらしい。
さらりと恐ろしい条件を書いてくるだなんて、やっぱりノエルは黒幕だわ。
そんな悪魔のような契約だが、署名する以外に選択肢がない私は、指先を動かして魔法で名前を書いた。
私、今世でも長生きできそうにないわね。
後悔のないようにアロイスの顔を拝み倒そうかしら。
「契約成立だね。婚約者さん、例の素材の件、頼んだよ」
「もちろんです」
ロマンチックな雰囲気なんて皆無だけど、まあ、取引条件あっての婚約だものね。
甘い言葉なんてそもそも期待していない。
ただ、彼には知っておいて欲しいことがある。
「あなたのこと、大切にしますから、よろしくお願いします」
私はあなたの邪魔をするけれど、敵になるつもりはないと分かっていて欲しい。
あなたが真に黒幕になってしまわないように、誰も幸せになれないエンドを呼ばないように、軌道修正してみせますので。
「こ、ちら、こそ」
なんだかたどたどしい返事が返ってきたんだけど。それでも彼の表情はいたって通常運転で。
「こちらこそ、よろしく」
改めてそう言ってもらって、私は黒幕さんの婚約者になった。
闇落ちする暇もないくらいに振り回して差し上げますから、覚悟してくださいませ、婚約者様。