【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
「うう、なにも集中できないわ」

 準備室に戻ったら明日の授業の準備をしようと思っていたのに、先ほどのイザベルたちの表情を思い出すと、どうしても手が止まってしまう。

 なによなによ!
 ノエルもみんなもグルになってからかってくるなんて、いじめと同じよ。

 ぶすくれていると、扉が開いてノエルが入ってきた。

「レティシア、怒ってる?」
「あら、なにか心当たりがあるのかしら?」
「そんなに頬を膨らませて睨んできたら誰だってそう思うよ」

 そうですかい、あくまでさっきの悪口のことは謝るつもりはないのね。

「どうせ私は手のつけようのないやんちゃ者ですよ」
「本当に、心配する身にもなって欲しいよ」
「よく言うわね。あなただって私を心配させてばかりなのに」
「そうだね。レティシアはずっと僕のことを心配してくれているのに、僕は隠してばかりだ」

 意外にもすぐに認めてくるものだから、張り合えなくて、これ以上は文句を言えなかった。
 
 黙っているとノエルは慣れた手つきでお湯を沸かして、薬棚から薬草を取り出してポットの中に入れていく。
 すっかりこの部屋の使い勝手を覚えた彼はちゃっかりと自分の持ち物も置くようになっていて、戸棚の中から以前持ってきた缶を取り出して、中のクッキーをお皿に並べた。

「リュフィエたちの話を聞いて、考えさせられたんだ。隠し続ければよけいに不安にさせてしまうし、第一、あなたは隠されるのを望んでいない」

 そう言いながら、湯気がのぼるティーカップを手渡してくれる。
 ロアエク先生から教えてもらった配合で淹れてくれたことがあるこの紅茶は、爽やかだけど仄かに甘い香りがする。

 この香りが好きと言うと、ノエルはよく淹れてくれるようになった。

「だからレティシアには話しておこうと思う。僕は、魔術省の仕事の関係でシーアの人間と接触しているんだ。そのせいで、レティシアが巻き込まれるかもしれない。そうならないように、全力で守るけど」
「ま、待って。仕事のことは話せないんじゃなかったの?」

 そりゃあ、隠し事がないのに越したことはないけどさ、魔術省の大切な仕事のことだし、それにシーアとの関係は、簡単に人に話せることじゃ、ないよね?

 だって、この国に復讐しようとして手を組んでいたんだもの。

「レティシアはきっと秘密にしてくれるだろうし、それに、」

 ノエルが指をひと振りすると、目の前に見覚えのある紙が現れて、ひらりと宙を浮かんでいる。

 ノエルと交わした契約書だ。

「秘密は洩らさない約束だよね?」
「……そうだったわ」

 約束を破った時は心臓を潰すから覚えておけよと、暗に彼が言おうとしていることが分かってしまい、頭を抱えそうになった。

 ここにきてまたあの契約書の存在を思い出すことになるとは思わなかった。
 改めて、とんでもないものにサインしてしまったなと思う。

 久しぶりにノエルの黒幕然とした姿を見てしまった気がする。

「危険な目に遭わせてしまうかもしれないとわかっていても、そばにいて欲しいんだ。我儘なのはわかっているんだけど、僕から離れないでほしい」

 いかにも黒幕らしいことを言ってくるのに、それでも寂しがり屋の一面が顔を覗かせると、ちっともノエルを恐ろしく思うことはなくて、もしかしたら【なつき度】がそれなりに上がってくれたのかな、なんて期待してしまう。

「そうだったのね。よしよし、お母さんはそばにいるから、ノエルはひとりで悩まなくていいんだからね」

 背伸びして頭を撫でると、ノエルは不満げな表情になるけど、大人しく撫でられてくれた。

「……真面目に聞いてる?」
「失礼ね。いつだって真面目よ」

 するとクスクスと笑う声があちこちから聞こえてきて、声がする方を見てみると、妖精たちがずらりと並んで私たちを観察している。

『レティシアふざけてる~』
『ノエルは真剣なのに~』

 ノエルがいるというのに出てくるなんて珍しい。
 いつもなら私以外の人間がいると隠れてしまうのに、今はノエルの近くでふよふよと飛んでいる。

 どうやらノエルが無害な存在だと認定されたようだ。

『ノエルは昔からここに来るね~』
「この部屋が好きだからね」
『小さい頃のノエルが落としていった羽ペンあるよ~』
「小さい頃と言っても、学生時代だろう? もう大人じゃないか?」
『僕たちからしたらまだまだ子どもなの~』

 妖精たちは次々とノエルに話しかけていて、構ってもらおうとする。
 休みなく話そうとするものだから見かねたジルが間に割って入るんだけど、妖精たちに揉みくちゃにされるだけで、ちっとも止められなかった。
 
 準備室がいっそう賑やかになって、彼らの楽しそうな話し声を聞きながらもう一口紅茶を飲むと、じんわりと体中が温まっていった。

「みんなにお願いがあるんだ。僕がいない間はレティシアのことを見ていてくれないか?」
『いいよ~』
『一時間ごとに報告してあげる~』

 穏やかな空気は一転して、妖精たちと不穏な会話をし始めた。

「なんで見張りを増やすのよ?!」
「なんでだと思う?」
 
 わからないから聞いているというのに、この油断ならない黒幕(予備軍)は、微笑むだけでちっとも教えてくれやしなかった。
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