【電子書籍化】このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
◇
【私】はオリア魔法学園の廊下を歩いている。
外はすっかり暗くなっていて、満月が顔を出している。
「あ~あ、進路、どうしようかなぁ……うげっ」
【私】は銀縁メガネをかけた男子生徒を見つけると、すぐに近くの柱の陰に隠れたが、運命は味方になってくれなかったようで、手の中にあった本が一冊、音を立てて落ちてしまう。
銀縁メガネをかけた男子生徒――セザールが上品に微笑みながら柱の影から顔を覗かせた。
その手には、落としてしまった本が握られている。
「おやおや、赤点続きのリュフィエがこんなところで遊んでいていいんですか?」
「う、うるさい! さっきまで師団長の授業を受けていたの! 返してよ!」
「偉そうですね。誰のおかげで魔法薬学は赤点を免れたと思ってるんですか? 私にお願いするなら、言うべきことがありますよね?」
「くっ……ご主人様、本を返してください」
「よろしい」
セザールは不敵に微笑んで本を差し出してくる。
【私】は「くそう」と悪態をついて素早く本を奪い返した。
「セザールこそ、なにしてたの?」
「図書館で勉強してきた帰りですよ」
嘘ではないようだ。
それにいくつか本を借りたらしく、反対側の手には本の束を持っている。
「それ、何の本?」
「魔術について書いてる本です」
「ふーん? 自主勉強しててえらいね。将来は魔術師団に入るの?」
「……」
セザールは返事をしなくて、【私】はそっと彼の様子を窺った。
彼は息苦しそうな表情で、窓の外をじっと見つめている。
「魔術を勉強するのが好きなんだ。兄様が、よく教えてくれたから」
「へー、セザールって、お兄さんがいるんだ? いいなぁ。私はひとりっ子だから憧れるー!」
「お兄様と呼ぶなら兄になってあげてもいいですよ。赤点をとる妹には、まずおしおきしないといけませんね」
「だれがっ! 呼んでやるものか!!!!」
【私】は素早く後ずさってセザールから離れた。
「そうですね、私もお兄様だなんて、呼びたくもないです」
「セザール?」
異変に気づいて【私】は彼に手を伸ばすけど、すっとよけられてしまった。
セザールはなにも言わずに、そのまま立ち去る。
「も~、なんなの! 話しかけてきたのはセザールの方なのに!」
行き場をなくした手を宙で握りしめる。
「だけど、なんだか元気なくて、心配だなぁ……」
セザールが消えた廊下を見つめていたら、辺りの景色が白い光に包まれて、消えていった。
◇
昨晩、ゲームの内容が夢になって出てきた。
あのシーンはセザールのイベントで、ちょうどこの時期に起こってしまうのよね。
いまはそんな予兆はまったくなくて、もしかすると、心配はいらないかもしれないなんて楽観視していたんだけど、夢で見るとなんだか、正夢になってしまいそうで不安だ。
「ベルクール先生、進路希望調査書の結果はどうでしたか?」
「あ、えっと、いま確認してます」
グーディメル先生にギロリと睨まれてしまい、現実に引き戻された。
いまにも氷漬けにされそうな視線から逃れるために、手元にある進路希望調査書に目を走らせる。
早いことにもう、進路面談をする時期だ。
生徒から回収した進路希望調査書をもとに面談をして、卒業後の進路について話し合うんだけど、生徒と話す前に職員会議で報告することになっている。
この世界の進路は色々あって、前世ではお目にかかることがない職業もあるから見るのは面白い。
騎士、魔術師、猛獣つかいに、冒険者。
いろいろあるけど、中でも特に感激したのは、アロイスが書いた”国王”だ。
しっかりとした筆致で書かれたその文字から彼の決意が感じ取れて、涙が出そうになったのは内緒だ。
学外研修以来、アロイスは以前よりも積極的に人と関わろうとするようになったし、サラたちと気安く話しているのをよく見かける。
どうか卒業した後も、今のようにみんな仲良くしていて欲しい。
身分の壁が立ちはだかるかもしれないけれど、お互いを助け合う存在であり続けてくれていたら、きっとなにがあってもみんなで乗り越えていけるから。
なんて、感慨深く思いながら進路希望調査書を捲ると、ドナの進路希望調査書が出て来た。
商家の令息である彼の進路は――。
「第一希望は、魔王、だとぉぉぉぉ?!」
「出たっ! 毎年ひとりは魔王になりたい奴が現れるんですよねぇ」
ブドゥー先生が手を叩いて笑った。
「今年はバルテだったかぁ」
「いやはや、バルテのがめつさは魔王にうってつけですな」
他の先生たちもつられて笑うけど、グーディメル先生がガンを飛ばせばみんなそれぞれが持つ進路希望調査書に視線を戻す。
クラスメイトたちと冗談を飛ばしながらこれを記入しているドナの姿が目に浮かぶ。
お呼び出し決定案件だ。
ふざけた回答をしたドナには説教しておこう。
溜息をついて次の進路希望調査書を見ると、なにも書かれていなかった。
「どうしたのかしら?」
この世界は親の職業を継ぐからすでに進路が決まっている生徒が多いんだけど、中には決めかねている生徒もいる。
そのたいていは貴族の次男や三男であったり、平民であったりするのよね。
誰の進路希望調査書か名前を確認すると、意外な人物だった。
「あら、クララックさんが白紙で提出するなんて珍しい」
「例のお兄様のことがあるから迷っているんじゃない?」
ブドゥー先生がこそっと耳打ちする。
「お兄様、ねぇ」
セザールには兄がいる。
だけど周りからはいないのも同然に扱われていて、次の侯爵の地位はセザールが受け継ぐものだと誰もが思っているのよね。
というのも、彼の兄はクララック侯爵の反対を押し切って家を飛び出し、宰相補佐を辞退して宮廷魔術師団に入団してしまい、いまは勘当されて、セザールには長らく会っていない、はず。
ゲームの中で彼から聞いた話だから、実際のところ、どうなっているかわからないけど。
「面談の前に少し、話した方が良さそうね」
明日の放課後にでもセザールとドナを呼び出すことにしよう。
【私】はオリア魔法学園の廊下を歩いている。
外はすっかり暗くなっていて、満月が顔を出している。
「あ~あ、進路、どうしようかなぁ……うげっ」
【私】は銀縁メガネをかけた男子生徒を見つけると、すぐに近くの柱の陰に隠れたが、運命は味方になってくれなかったようで、手の中にあった本が一冊、音を立てて落ちてしまう。
銀縁メガネをかけた男子生徒――セザールが上品に微笑みながら柱の影から顔を覗かせた。
その手には、落としてしまった本が握られている。
「おやおや、赤点続きのリュフィエがこんなところで遊んでいていいんですか?」
「う、うるさい! さっきまで師団長の授業を受けていたの! 返してよ!」
「偉そうですね。誰のおかげで魔法薬学は赤点を免れたと思ってるんですか? 私にお願いするなら、言うべきことがありますよね?」
「くっ……ご主人様、本を返してください」
「よろしい」
セザールは不敵に微笑んで本を差し出してくる。
【私】は「くそう」と悪態をついて素早く本を奪い返した。
「セザールこそ、なにしてたの?」
「図書館で勉強してきた帰りですよ」
嘘ではないようだ。
それにいくつか本を借りたらしく、反対側の手には本の束を持っている。
「それ、何の本?」
「魔術について書いてる本です」
「ふーん? 自主勉強しててえらいね。将来は魔術師団に入るの?」
「……」
セザールは返事をしなくて、【私】はそっと彼の様子を窺った。
彼は息苦しそうな表情で、窓の外をじっと見つめている。
「魔術を勉強するのが好きなんだ。兄様が、よく教えてくれたから」
「へー、セザールって、お兄さんがいるんだ? いいなぁ。私はひとりっ子だから憧れるー!」
「お兄様と呼ぶなら兄になってあげてもいいですよ。赤点をとる妹には、まずおしおきしないといけませんね」
「だれがっ! 呼んでやるものか!!!!」
【私】は素早く後ずさってセザールから離れた。
「そうですね、私もお兄様だなんて、呼びたくもないです」
「セザール?」
異変に気づいて【私】は彼に手を伸ばすけど、すっとよけられてしまった。
セザールはなにも言わずに、そのまま立ち去る。
「も~、なんなの! 話しかけてきたのはセザールの方なのに!」
行き場をなくした手を宙で握りしめる。
「だけど、なんだか元気なくて、心配だなぁ……」
セザールが消えた廊下を見つめていたら、辺りの景色が白い光に包まれて、消えていった。
◇
昨晩、ゲームの内容が夢になって出てきた。
あのシーンはセザールのイベントで、ちょうどこの時期に起こってしまうのよね。
いまはそんな予兆はまったくなくて、もしかすると、心配はいらないかもしれないなんて楽観視していたんだけど、夢で見るとなんだか、正夢になってしまいそうで不安だ。
「ベルクール先生、進路希望調査書の結果はどうでしたか?」
「あ、えっと、いま確認してます」
グーディメル先生にギロリと睨まれてしまい、現実に引き戻された。
いまにも氷漬けにされそうな視線から逃れるために、手元にある進路希望調査書に目を走らせる。
早いことにもう、進路面談をする時期だ。
生徒から回収した進路希望調査書をもとに面談をして、卒業後の進路について話し合うんだけど、生徒と話す前に職員会議で報告することになっている。
この世界の進路は色々あって、前世ではお目にかかることがない職業もあるから見るのは面白い。
騎士、魔術師、猛獣つかいに、冒険者。
いろいろあるけど、中でも特に感激したのは、アロイスが書いた”国王”だ。
しっかりとした筆致で書かれたその文字から彼の決意が感じ取れて、涙が出そうになったのは内緒だ。
学外研修以来、アロイスは以前よりも積極的に人と関わろうとするようになったし、サラたちと気安く話しているのをよく見かける。
どうか卒業した後も、今のようにみんな仲良くしていて欲しい。
身分の壁が立ちはだかるかもしれないけれど、お互いを助け合う存在であり続けてくれていたら、きっとなにがあってもみんなで乗り越えていけるから。
なんて、感慨深く思いながら進路希望調査書を捲ると、ドナの進路希望調査書が出て来た。
商家の令息である彼の進路は――。
「第一希望は、魔王、だとぉぉぉぉ?!」
「出たっ! 毎年ひとりは魔王になりたい奴が現れるんですよねぇ」
ブドゥー先生が手を叩いて笑った。
「今年はバルテだったかぁ」
「いやはや、バルテのがめつさは魔王にうってつけですな」
他の先生たちもつられて笑うけど、グーディメル先生がガンを飛ばせばみんなそれぞれが持つ進路希望調査書に視線を戻す。
クラスメイトたちと冗談を飛ばしながらこれを記入しているドナの姿が目に浮かぶ。
お呼び出し決定案件だ。
ふざけた回答をしたドナには説教しておこう。
溜息をついて次の進路希望調査書を見ると、なにも書かれていなかった。
「どうしたのかしら?」
この世界は親の職業を継ぐからすでに進路が決まっている生徒が多いんだけど、中には決めかねている生徒もいる。
そのたいていは貴族の次男や三男であったり、平民であったりするのよね。
誰の進路希望調査書か名前を確認すると、意外な人物だった。
「あら、クララックさんが白紙で提出するなんて珍しい」
「例のお兄様のことがあるから迷っているんじゃない?」
ブドゥー先生がこそっと耳打ちする。
「お兄様、ねぇ」
セザールには兄がいる。
だけど周りからはいないのも同然に扱われていて、次の侯爵の地位はセザールが受け継ぐものだと誰もが思っているのよね。
というのも、彼の兄はクララック侯爵の反対を押し切って家を飛び出し、宰相補佐を辞退して宮廷魔術師団に入団してしまい、いまは勘当されて、セザールには長らく会っていない、はず。
ゲームの中で彼から聞いた話だから、実際のところ、どうなっているかわからないけど。
「面談の前に少し、話した方が良さそうね」
明日の放課後にでもセザールとドナを呼び出すことにしよう。