《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
腐れ縁の幼馴染みを平民女へ下げ渡した
「さて、次はあなたのことだけど」
ダイアン元国王が元王妃の亡骸とともに去った後で、マーゴットはバルカスに向き直った。
この男の守護者カーナへの凶行の処遇は保留のままだった。
王配のはずの彼の傍らには、恋人のポルテが寄り添っている。
「よくもまあ、私の前で二人仲良く並んでいられるわね?」
この二人には学園時代から煮え湯を飲まされ続けている。
次期女王だったマーゴットの婚約者でありながら、堂々と不貞を働いていたバルカスを見るたび、惨めな気分を味わったものだ。
それは婚姻の儀を経てマーゴットが女王に即位し、バルカスが王配になっても変わらなかった。
「まず不貞の処罰は受けてもらいましょうか」
冷たいマーゴットの声に、ポルテがバルカスにしがみつく。バルカスもポルテを庇って背後に彼女を隠した。
(どうせこれまでだって、私の目の届かないところで逢引きしてたのでしょう。引き剥がして別々に幽閉する? アケロニア王国なら王族の伴侶の不貞は去勢もあるそうだけど。さあどうしてくれようか)
残酷な気持ちがマーゴットの中を満たしきる直前、どこかの夢見の中で、青銀の髪と湖面の水色の瞳の少年に言われた言葉が蘇る。
松葉や松脂など重厚で濃厚な、深い森の中にいるかのような芳香がマーゴットの周りに漂った。
夢見の中でも体験した、ルシウス少年の放つ聖なる芳香の香りだ。
『お姉さん、自分に素直になったほうがいいよ?』
「もうご自分の心に素直になってはいかが?」
脳裏のルシウス少年の声に、若い女性の可愛らしい声が重なった。ヴァシレウス大王の伴侶セシリアだ。
それはとても無邪気な声だった。
だがその声音に反して、彼女のエメラルド色の瞳は深く澄んでいる。
(まただ。彼女、どうしてこうも私を凝視してくるのかしら?)
マーゴットの疑問にはセシリア本人がすぐに答えた。
「女王陛下。あたくし、ヴァシレウス様の妻ですが曾孫なのでアケロニア王族の血を引いておりますの。アケロニア王族の固有スキル、ご存じかしら?」
「人物鑑定……でしたね」
「ええ。特級ランクですの。この目には女王陛下にバルカス王配殿下への愛がないこと、お見通しですわ」
あら、幼馴染みなんですね。素敵ですわあ。
結婚前までは好きだったこともある。なるほどなるほど。
マーゴットから様々な情報を読み取っては口に出していくセシリアに、マーゴットは背筋が凍りそうになった。
もうやめろ、と止めようとしたところで、セシリアが手を伸ばしてバルカスとポルテを見るよう示した。
「終わった恋にしがみつくのも哀れなものですわ。女王陛下も新しい恋を探せばよろしいのよ」
「!?」
(この男以外の選択肢を、私は選んでもいいのかしら)
ふと手を掴まれる感触があった。
まだ子供のままのカーナがマーゴットの手をぎゅっと掴んでいる。
思わず顔を見ると、黒髪と琥珀の瞳の幼い子供はにこっと笑いかけてきた。
何だか憑き物が取れていくような気分だった。
「……そうね。平民女へ下げ渡してあげるわ」
吹っ切れたマーゴットは、バルカスを見た。
「今のまま王配の身分で互いに軟禁生活を送り続けるか。王族の身分を捨てて王宮を出て、ポルテと婚姻し平民として生きるか。二つに一つよ」
バルカスはポルテと顔を見合わせると、その場で後者を選んだ。
マーゴットは国内に二人が住むための家と、元王子のバルカスの財産の一部の持ち出しを保証した。
詳しい話は後日、別途書面で詳細を詰めることになるだろう。
いつかこうなる日が来るとは思っていた。随分呆気ない結末だなと思う。
「バルカス。言わなくてもわかるだろうけど、ポルテさんと子供を作って。上手くいけば子供にポルテさんの聖なる魔力が受け継がれる」
聖女に覚醒するほど強い力はないそうだが、夢見の中でその弱い力を定着させたバルカスの行動は、思えばそう悪いものでもなかった。
(なるほどね。バルカスはそういう方向に現実が変わるよう、夢見を使ったわけだ)
「あの、マーゴット様」
おずおずと、バルカスに庇われていたポルテが声をあげた。
「マーゴット様にはバルカス様と一緒になって失礼な態度をたくさん取ってしまいました。あたし、ずっとお詫びしたかったんです」
そこからはポルテ本人の自己申告だったが、学生時代、王子だったバルカスと出会って恋に落ちたのは本当だそうだ。
だがバルカスは取り巻きたちと良くない遊びに夢中の上、僅かとはいえ聖なる魔力持ちのポルテには彼の中に負の因子らしきものが見えていた。
せめてと思ってバルカスと交際し、意見に同意する振りをしながら、少しでもバルカスの中の良くない性質を抑制し改めさせる努力をしていたらしい。
「ふうん。そっちの女、本当に聖なる魔力があるじゃない。……ははあ、お前がカーナを害せた理由はそれか」
得心がいったとばかりに、それまでひとりお茶を飲みながら人間たちを眺めていた神人ジューアがバルカスを指差した。
「カレイド王族はハイエルフの坊やの子孫ね。その上、今の王族には赤毛の女勇者の血も混ざってる。あの女勇者は退治した魚人の魔物の残骸を食べたからその因子もね。……ねえ、アドローンの聖女の話って知ってる?」
室内の者たちは顔を見合わせた。
ダイアン元国王が元王妃の亡骸とともに去った後で、マーゴットはバルカスに向き直った。
この男の守護者カーナへの凶行の処遇は保留のままだった。
王配のはずの彼の傍らには、恋人のポルテが寄り添っている。
「よくもまあ、私の前で二人仲良く並んでいられるわね?」
この二人には学園時代から煮え湯を飲まされ続けている。
次期女王だったマーゴットの婚約者でありながら、堂々と不貞を働いていたバルカスを見るたび、惨めな気分を味わったものだ。
それは婚姻の儀を経てマーゴットが女王に即位し、バルカスが王配になっても変わらなかった。
「まず不貞の処罰は受けてもらいましょうか」
冷たいマーゴットの声に、ポルテがバルカスにしがみつく。バルカスもポルテを庇って背後に彼女を隠した。
(どうせこれまでだって、私の目の届かないところで逢引きしてたのでしょう。引き剥がして別々に幽閉する? アケロニア王国なら王族の伴侶の不貞は去勢もあるそうだけど。さあどうしてくれようか)
残酷な気持ちがマーゴットの中を満たしきる直前、どこかの夢見の中で、青銀の髪と湖面の水色の瞳の少年に言われた言葉が蘇る。
松葉や松脂など重厚で濃厚な、深い森の中にいるかのような芳香がマーゴットの周りに漂った。
夢見の中でも体験した、ルシウス少年の放つ聖なる芳香の香りだ。
『お姉さん、自分に素直になったほうがいいよ?』
「もうご自分の心に素直になってはいかが?」
脳裏のルシウス少年の声に、若い女性の可愛らしい声が重なった。ヴァシレウス大王の伴侶セシリアだ。
それはとても無邪気な声だった。
だがその声音に反して、彼女のエメラルド色の瞳は深く澄んでいる。
(まただ。彼女、どうしてこうも私を凝視してくるのかしら?)
マーゴットの疑問にはセシリア本人がすぐに答えた。
「女王陛下。あたくし、ヴァシレウス様の妻ですが曾孫なのでアケロニア王族の血を引いておりますの。アケロニア王族の固有スキル、ご存じかしら?」
「人物鑑定……でしたね」
「ええ。特級ランクですの。この目には女王陛下にバルカス王配殿下への愛がないこと、お見通しですわ」
あら、幼馴染みなんですね。素敵ですわあ。
結婚前までは好きだったこともある。なるほどなるほど。
マーゴットから様々な情報を読み取っては口に出していくセシリアに、マーゴットは背筋が凍りそうになった。
もうやめろ、と止めようとしたところで、セシリアが手を伸ばしてバルカスとポルテを見るよう示した。
「終わった恋にしがみつくのも哀れなものですわ。女王陛下も新しい恋を探せばよろしいのよ」
「!?」
(この男以外の選択肢を、私は選んでもいいのかしら)
ふと手を掴まれる感触があった。
まだ子供のままのカーナがマーゴットの手をぎゅっと掴んでいる。
思わず顔を見ると、黒髪と琥珀の瞳の幼い子供はにこっと笑いかけてきた。
何だか憑き物が取れていくような気分だった。
「……そうね。平民女へ下げ渡してあげるわ」
吹っ切れたマーゴットは、バルカスを見た。
「今のまま王配の身分で互いに軟禁生活を送り続けるか。王族の身分を捨てて王宮を出て、ポルテと婚姻し平民として生きるか。二つに一つよ」
バルカスはポルテと顔を見合わせると、その場で後者を選んだ。
マーゴットは国内に二人が住むための家と、元王子のバルカスの財産の一部の持ち出しを保証した。
詳しい話は後日、別途書面で詳細を詰めることになるだろう。
いつかこうなる日が来るとは思っていた。随分呆気ない結末だなと思う。
「バルカス。言わなくてもわかるだろうけど、ポルテさんと子供を作って。上手くいけば子供にポルテさんの聖なる魔力が受け継がれる」
聖女に覚醒するほど強い力はないそうだが、夢見の中でその弱い力を定着させたバルカスの行動は、思えばそう悪いものでもなかった。
(なるほどね。バルカスはそういう方向に現実が変わるよう、夢見を使ったわけだ)
「あの、マーゴット様」
おずおずと、バルカスに庇われていたポルテが声をあげた。
「マーゴット様にはバルカス様と一緒になって失礼な態度をたくさん取ってしまいました。あたし、ずっとお詫びしたかったんです」
そこからはポルテ本人の自己申告だったが、学生時代、王子だったバルカスと出会って恋に落ちたのは本当だそうだ。
だがバルカスは取り巻きたちと良くない遊びに夢中の上、僅かとはいえ聖なる魔力持ちのポルテには彼の中に負の因子らしきものが見えていた。
せめてと思ってバルカスと交際し、意見に同意する振りをしながら、少しでもバルカスの中の良くない性質を抑制し改めさせる努力をしていたらしい。
「ふうん。そっちの女、本当に聖なる魔力があるじゃない。……ははあ、お前がカーナを害せた理由はそれか」
得心がいったとばかりに、それまでひとりお茶を飲みながら人間たちを眺めていた神人ジューアがバルカスを指差した。
「カレイド王族はハイエルフの坊やの子孫ね。その上、今の王族には赤毛の女勇者の血も混ざってる。あの女勇者は退治した魚人の魔物の残骸を食べたからその因子もね。……ねえ、アドローンの聖女の話って知ってる?」
室内の者たちは顔を見合わせた。