《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
バルカス王子の横領と悪辣
マーゴットのオズ公爵家は、現国王の弟であったマーゴットの父公爵が臣籍降下して立てた家だ。
国王のもっとも近しい王弟だった父を王都に留めておくためだけの家なので、領地も特に持っていない。
月々の王家からの支援金で、マーゴットと両親の三人家族と使用人たちで生活していた。
支援金は、バルカス王子が公爵邸に毎月遊びに来るときに持ってくる。
もちろん、必ず王家の財務部の役人か、国王の側近の誰かが付き添ってだ。
バルカスが成長するに従って、付き添いは彼の側近の高位貴族の令息たちに代わっていった。
父公爵は支援金の金貨の袋をいつも自分の手で受け取り、受領サインを支援金の給付書に記入する。
最初は全額正しくオズ公爵家に給付されていた支援金だが、マーゴットの両親の公爵夫妻が亡くなった後からバルカス王子に着服されるようになった。
初めは金貨数枚ずつ。
次第に枚数は増えて、最後は全額を。
そして学園に入学後は、自分の遊興費として平民の女生徒ポルテや取り巻きたちとの遊び代に流用するようになる。
このバルカス王子の着服を知って、マーゴットは支援金の受け取り書類へのサインをすべて拒否している。
受け取っていない金貨の受領サインなどできるはずもない。
しかし、しばらく経っても問題が表面化した様子がない。
ということは、マーゴットのサインを偽造して支援金の受領書類に記入していたということになる。
それでも、マーゴットはオズ公爵家の使用人たちとともに数年耐えた。
そして学園の最終学年に進級した今年、最近になってマーゴットは王太子の側近の耳元にこう囁いた。
「わたくし、公式サインの届出変更をしておりますのよ。いつからかご存じ? 王太子殿下がオズ公爵家へ金貨の袋をお渡しにならなかった翌月からですの」
支援金の受領書類へのマーゴットのサインを、バルカス王子が偽造していることは明らかである。
そしてその偽造サインは、変更前のマーゴットのサインを参考にしている。
囁かれるまで、側近はマーゴットのサインが変更されていることに気づいていなかった。
「財務省のお役人様が、当家への王家からの支援金の受領書類に不審な点があると、既に調査に動いておられるそうですわ」
「なっ!?」
事実だ。届け出されているマーゴットのサインと、受領書のサインとの違いに財務省が気づいて、オズ公爵家へ事情聴取に来たばかりだった。
マーゴットは事実を多少湾曲して回答した。
自分の婚約者、未来の王配が横領の罪で捕まりでもしようものなら、目にも当てられないではないか。
少しだけ、マーゴットの思いやりでバルカス王子は時間稼ぎができる。
「横領は王族でも犯罪でしてよ。ましてや王家からの支援金ですもの。返金はもちろん、賠償金の総額はおいくら金貨になりますかしらねえ」
マーゴットは、バルカス王子の側近でもあるこの男子生徒も、横領した支援金で贅沢したことを知っている。
さて、この側近やバルカス王子は誠意ある対応をみせるだろうか?
◇◇◇
「マーゴット、あいつこそ娼館に売り飛ばしてやればいいんだろうな。腐っても公爵令嬢だ、高く売れるだろう」
今回の人生でも、やはりバルカス王子は同じ悪辣な発言を繰り出して、取り巻きたちと笑っていた。
「………………」
マーゴットが中庭のあずまやの中で、同盟国からの留学生のグレイシア王女とランチを取っていたのも同じ。
「うむ、良い考えだ」
「バルカス王太子殿下、本当に娼館にマーゴット様を売り飛ばすんですか? 何かあたし、怖いな……」
バルカス王子の恋人、女生徒ポルテが震えて自分の身を抱き締めている。
「町のごろつきどもに誘拐させて娼館に売り飛ばす。程々のところで回収して純潔を失った頃に、それを理由にした婚約破棄でもいいな。娼館に売り飛ばした金と、不貞の慰謝料の二重取りができる。だろう?」
そう言ってバルカス王子は笑っていた。
「マーゴット……。お前の婚約者はとんでもないことを話しているな」
同盟国からの留学生、グレイシア王女がサンドイッチを食べながら、バルカス王子たちのほうを呆れた顔で見ていた。
「マーゴット嬢を誘拐? 娼館? 馬鹿な! そんなこと絶対にさせやしません!」
一緒にランチを食べていた騎士団長令息が憤慨している。
今回の人生では、学園内だけでもと騎士団に依頼して護衛を付けて貰っている。
ちょうど騎士団長の三男である彼が同学年同クラスだったので、側にいるのだ。
今では親しい友人の一人となっている。
「バルカス王子、年々アホになってますねえ。周りも見えてないし」
こちらはピクルスを摘んでいる、やはり同じクラスの伯爵令嬢だ。
卒業後は王宮で女官となり、将来的に女王に即位するマーゴットの側近になる女生徒の一人である。
「ふむ。悪辣なことを言って喜んでいるのは、バルカス王子と取り巻きたちだけなのだな。周りの生徒たちが非難する目で見てることにも気づいてない」
「将来、王配としてマーゴット様を支える立場なのに、周囲の空気に鈍感なのはいただけませんねえ。帰ったら父と兄に報告しておきます」
伯爵令嬢の家は、カレイド王国の諜報部に関わっている。
彼らが本気を出せば、バルカス王子は文字通り“終わり”だ。
「ですが誘拐や娼館云々とは危険なことです。まずは学園長に報告へ参りましょう」
あずまやから離れた場所にいたバルカス王子たちは食事を終えて中庭を出て行った。
マーゴットたちは止まっていたランチの続きを堪能し、教室には戻らず学長室へ向かうことにした。
騎士団長の三男と諜報部の伯爵家令嬢、それに有力な同盟国のグレイシア王女。
三人から報告を受けた壮年の学園長は倒れそうになっている。
「な、何と……確かにバルカス王子の素行不良は報告に上がってたが、そこまで愚かだったとは」
今の学園長は王家の遠縁で、カレイド王国の血筋順位は200番台。
もちろん、世間では王太子と呼ばれているバルカスがただの王子であることや、王太女がマーゴットであることは知っている。
「学園長殿。このままマーゴットを登校させていては身の危険に晒される。しばらく、自宅学習させてはどうか」
「グレイシア王女殿下……そうですな、それが良いでしょう。もちろん許可を出します」
グレイシア王女の口添えで、マーゴットは学園の最終学年の就学期間中の不登校許可を得た。
「バルカス王子に権力はないが、取り巻きたちの性質が悪い。自宅に悪漢が押し寄せて来ないとも限りません……俺はこの後、すぐ騎士団長の父の元へ向かいます。マーゴット嬢の自宅を騎士団が警備するよう計らいますので」
そう言って騎士団長の三男は早退していった。
さて残されたマーゴットたちはといえば。
もう教室に戻って授業を受ける気分ではなくなってしまったので、グレイシア王女と伯爵令嬢の三人で食堂のカフェスペースでお茶を飲んで気晴らしすることにした。
「マーゴット。お前は両親も亡くなられているし、現状が良くない。しばらく私の国に避難しないか」
グレイシア王女は、円環大陸の北西部で魔法魔術大国と呼ばれるアケロニア王国の出身だ。
カレイド王国は北部にあるから、馬車で数日もあれば到着できる。
「それはいざというときにお願いしたいわ」
「……マーゴット。遠慮なんて要らないんだぞ? 私とお前の仲じゃないか」
仲、即ちどちらも自国の次期女王という共通した立場仲間ということ。
マーゴットは困ったように笑った。
「とんだクズ男だって、思うでしょ? でも好きなの。見捨てられない。笑ってもいいわよ?」
それはとても自虐的な微笑みだった。
「マーゴット。お前が自分でわかっているなら、私はもう何も言わない。だが一人で抱え込むな。何かあればすぐ連絡を寄越してほしい」
それからマーゴットは学園に登校することがなくなり、親友のグレイシア王女も間もなく後ろ髪を引かれる気分で留学期間を終え、帰国していった。
国王のもっとも近しい王弟だった父を王都に留めておくためだけの家なので、領地も特に持っていない。
月々の王家からの支援金で、マーゴットと両親の三人家族と使用人たちで生活していた。
支援金は、バルカス王子が公爵邸に毎月遊びに来るときに持ってくる。
もちろん、必ず王家の財務部の役人か、国王の側近の誰かが付き添ってだ。
バルカスが成長するに従って、付き添いは彼の側近の高位貴族の令息たちに代わっていった。
父公爵は支援金の金貨の袋をいつも自分の手で受け取り、受領サインを支援金の給付書に記入する。
最初は全額正しくオズ公爵家に給付されていた支援金だが、マーゴットの両親の公爵夫妻が亡くなった後からバルカス王子に着服されるようになった。
初めは金貨数枚ずつ。
次第に枚数は増えて、最後は全額を。
そして学園に入学後は、自分の遊興費として平民の女生徒ポルテや取り巻きたちとの遊び代に流用するようになる。
このバルカス王子の着服を知って、マーゴットは支援金の受け取り書類へのサインをすべて拒否している。
受け取っていない金貨の受領サインなどできるはずもない。
しかし、しばらく経っても問題が表面化した様子がない。
ということは、マーゴットのサインを偽造して支援金の受領書類に記入していたということになる。
それでも、マーゴットはオズ公爵家の使用人たちとともに数年耐えた。
そして学園の最終学年に進級した今年、最近になってマーゴットは王太子の側近の耳元にこう囁いた。
「わたくし、公式サインの届出変更をしておりますのよ。いつからかご存じ? 王太子殿下がオズ公爵家へ金貨の袋をお渡しにならなかった翌月からですの」
支援金の受領書類へのマーゴットのサインを、バルカス王子が偽造していることは明らかである。
そしてその偽造サインは、変更前のマーゴットのサインを参考にしている。
囁かれるまで、側近はマーゴットのサインが変更されていることに気づいていなかった。
「財務省のお役人様が、当家への王家からの支援金の受領書類に不審な点があると、既に調査に動いておられるそうですわ」
「なっ!?」
事実だ。届け出されているマーゴットのサインと、受領書のサインとの違いに財務省が気づいて、オズ公爵家へ事情聴取に来たばかりだった。
マーゴットは事実を多少湾曲して回答した。
自分の婚約者、未来の王配が横領の罪で捕まりでもしようものなら、目にも当てられないではないか。
少しだけ、マーゴットの思いやりでバルカス王子は時間稼ぎができる。
「横領は王族でも犯罪でしてよ。ましてや王家からの支援金ですもの。返金はもちろん、賠償金の総額はおいくら金貨になりますかしらねえ」
マーゴットは、バルカス王子の側近でもあるこの男子生徒も、横領した支援金で贅沢したことを知っている。
さて、この側近やバルカス王子は誠意ある対応をみせるだろうか?
◇◇◇
「マーゴット、あいつこそ娼館に売り飛ばしてやればいいんだろうな。腐っても公爵令嬢だ、高く売れるだろう」
今回の人生でも、やはりバルカス王子は同じ悪辣な発言を繰り出して、取り巻きたちと笑っていた。
「………………」
マーゴットが中庭のあずまやの中で、同盟国からの留学生のグレイシア王女とランチを取っていたのも同じ。
「うむ、良い考えだ」
「バルカス王太子殿下、本当に娼館にマーゴット様を売り飛ばすんですか? 何かあたし、怖いな……」
バルカス王子の恋人、女生徒ポルテが震えて自分の身を抱き締めている。
「町のごろつきどもに誘拐させて娼館に売り飛ばす。程々のところで回収して純潔を失った頃に、それを理由にした婚約破棄でもいいな。娼館に売り飛ばした金と、不貞の慰謝料の二重取りができる。だろう?」
そう言ってバルカス王子は笑っていた。
「マーゴット……。お前の婚約者はとんでもないことを話しているな」
同盟国からの留学生、グレイシア王女がサンドイッチを食べながら、バルカス王子たちのほうを呆れた顔で見ていた。
「マーゴット嬢を誘拐? 娼館? 馬鹿な! そんなこと絶対にさせやしません!」
一緒にランチを食べていた騎士団長令息が憤慨している。
今回の人生では、学園内だけでもと騎士団に依頼して護衛を付けて貰っている。
ちょうど騎士団長の三男である彼が同学年同クラスだったので、側にいるのだ。
今では親しい友人の一人となっている。
「バルカス王子、年々アホになってますねえ。周りも見えてないし」
こちらはピクルスを摘んでいる、やはり同じクラスの伯爵令嬢だ。
卒業後は王宮で女官となり、将来的に女王に即位するマーゴットの側近になる女生徒の一人である。
「ふむ。悪辣なことを言って喜んでいるのは、バルカス王子と取り巻きたちだけなのだな。周りの生徒たちが非難する目で見てることにも気づいてない」
「将来、王配としてマーゴット様を支える立場なのに、周囲の空気に鈍感なのはいただけませんねえ。帰ったら父と兄に報告しておきます」
伯爵令嬢の家は、カレイド王国の諜報部に関わっている。
彼らが本気を出せば、バルカス王子は文字通り“終わり”だ。
「ですが誘拐や娼館云々とは危険なことです。まずは学園長に報告へ参りましょう」
あずまやから離れた場所にいたバルカス王子たちは食事を終えて中庭を出て行った。
マーゴットたちは止まっていたランチの続きを堪能し、教室には戻らず学長室へ向かうことにした。
騎士団長の三男と諜報部の伯爵家令嬢、それに有力な同盟国のグレイシア王女。
三人から報告を受けた壮年の学園長は倒れそうになっている。
「な、何と……確かにバルカス王子の素行不良は報告に上がってたが、そこまで愚かだったとは」
今の学園長は王家の遠縁で、カレイド王国の血筋順位は200番台。
もちろん、世間では王太子と呼ばれているバルカスがただの王子であることや、王太女がマーゴットであることは知っている。
「学園長殿。このままマーゴットを登校させていては身の危険に晒される。しばらく、自宅学習させてはどうか」
「グレイシア王女殿下……そうですな、それが良いでしょう。もちろん許可を出します」
グレイシア王女の口添えで、マーゴットは学園の最終学年の就学期間中の不登校許可を得た。
「バルカス王子に権力はないが、取り巻きたちの性質が悪い。自宅に悪漢が押し寄せて来ないとも限りません……俺はこの後、すぐ騎士団長の父の元へ向かいます。マーゴット嬢の自宅を騎士団が警備するよう計らいますので」
そう言って騎士団長の三男は早退していった。
さて残されたマーゴットたちはといえば。
もう教室に戻って授業を受ける気分ではなくなってしまったので、グレイシア王女と伯爵令嬢の三人で食堂のカフェスペースでお茶を飲んで気晴らしすることにした。
「マーゴット。お前は両親も亡くなられているし、現状が良くない。しばらく私の国に避難しないか」
グレイシア王女は、円環大陸の北西部で魔法魔術大国と呼ばれるアケロニア王国の出身だ。
カレイド王国は北部にあるから、馬車で数日もあれば到着できる。
「それはいざというときにお願いしたいわ」
「……マーゴット。遠慮なんて要らないんだぞ? 私とお前の仲じゃないか」
仲、即ちどちらも自国の次期女王という共通した立場仲間ということ。
マーゴットは困ったように笑った。
「とんだクズ男だって、思うでしょ? でも好きなの。見捨てられない。笑ってもいいわよ?」
それはとても自虐的な微笑みだった。
「マーゴット。お前が自分でわかっているなら、私はもう何も言わない。だが一人で抱え込むな。何かあればすぐ連絡を寄越してほしい」
それからマーゴットは学園に登校することがなくなり、親友のグレイシア王女も間もなく後ろ髪を引かれる気分で留学期間を終え、帰国していった。