《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
エピローグ~幸せな結婚生活
サミットの閉会式の後で、カレイド王国のマーゴット女王は私室でカーナと飲み直す時間を持つことができた。
「カーナ。夢見の中で見たあなたは分身だったそうだけど、随分と人間っぽかったわね」
マーゴットが夢見の世界で見た神人カーナは、隙の多い呑気な人物だった。
ほとんど人間と変わりがなかったぐらいだ。
「たくさん秘密を抱えてたみたいだけど、いくつか露呈してしまったわ。問題ない?」
例えば古の時代、実の息子と禁断の関係にあったかもしれないことや、かつてカレイド王国に危機が迫っても肝心な時に役に立たなかったことなど。
留学先のアケロニア王国では、魔力を使い果たして小蛇化してルシウス少年に振り回されたなんてこともあった。
思い返すと、わりと醜態を晒していたような……。
そもそもマーゴットは現実では、夢見の世界ほどカーナと親しく交流はしていなかった。
カーナはいつも不定期にやってきては、カレイド王国と王族の様子を見て、ちょっと会話を交わすぐらいのものだった。
(幼い頃、バルカスと一緒にカーナに一目惚れしてたのは本当だけど)
「本当のあなたはどっちなのかしら」
「あんまり永遠の国の外では素を出さないようにしてるんだ。神秘性が薄れるからって」
「それも人間に言われた?」
「さて、どうだったかな」
夢見の世界で見た秘密は内緒だよ、とカーナが人差し指を自分の唇に当てて優美に微笑んだ。
翌朝、朝食に聖者ビクトリノを招いて話をすることができた。
「聖者ビクトリノ様。このたびはカレイド王国の危機にご助力いただき、感謝申し上げます」
深く頭を下げたマーゴット女王に、聖者ビクトリノは白髪の短髪の頭を掻いていた。
「よせやい、女王様。魔は一つ解消できたが、代わりに世界は比類なき魔力使いを失った。このツケは後々響いてくるぜ」
「……メルセデス様が、そんなに?」
ビクトリノによれば、勇者でもある魔女メルセデスは、この800年で最も傑出した魔力使いと呼ばれた環創成の魔術師フリーダヤを上回る力量の持ち主だったそうだ。
実際、フリーダヤはメルセデスを弟子に迎えた直後に彼女を後継者に定めている。
本人は子供好きで世話好きなので、表舞台に立たず孤児たちを引き取って弟子にして育てることに集中していたそうだ。
目立った活動をしない代わりに、穏やかな生活を送って魔力をひたすら己の環に蓄積し続けていた。
ビクトリノも聖者に覚醒した後、力の制御方法を学ぶためごく僅かな期間だが、メルセデスのもとに身を寄せて環の使い方を習ったという。
「俺が環使いってことは内緒にしといてな。まだ俺の所属する教会と変な軋轢を生みたくねえんだ」
サミットの参加者たちも全員帰国して、守護者のカーナも神人ジューアを連れて永遠の国へ帰っていった。
聖者ビクトリノは迎えに来た教会関係者とともに自国の教会へ戻るとのこと。
バルカスとは正式に離縁した。
王族の籍からも抜いて平民となった彼は、恋人のポルテと、マーゴットが与えた多少の財産を持って、地方に去っていった。
ぶつくさと最後までカーナに文句を言っていたから、彼絡みで今後、トラブルが起こる可能性がまだある。
ダイアン前国王は元王妃を亡くした後、すっかり意気消沈してしまった。
メイ元王妃の葬儀は王家の身内と彼女の祖国の家族だけを招いてひっそりと行った。
それからは彼女の生前、ともに暮らしていた離宮で冥福を祈り続けると言って、表舞台から完全に姿を消した。
マーゴットの元に残ったのは、今月から王都の冒険者ギルドにギルドマスターとして赴任するシルヴィスだけだった。
彼はまだディアーズ伯爵家に籍がある。家や爵位は既に弟が継いでいたが、まだディアーズ伯爵令息のままだ。
そのうち頃合いを見て彼と再婚できたらとほのかな期待を抱いていたマーゴットがシルヴィスから求婚されたのは、すべての事後処理が片付いた半年後のことだった。
(もちろん葛藤はあった。シルヴィスの本音を聞けたのは夢見の中だけだったし、本当に彼が私に好意を持ってくれてるかわからなかったから。……でも)
マーゴットの考えは甘かった。
シルヴィスは、自分がカレイド王国を離れていた間、婚約者“候補”に過ぎなかったはずのバルカス王子がマーゴットと結婚したことにとても腹を立てていた。
そのバルカスがマーゴット本人によって離縁され、王族籍から籍を抜かれ、王都からも追放されたとなれば、もう遠慮はしなかった。
(プロポーズまでは半年かかったけど、ほとんど毎日王宮で顔を合わせて、贈り物攻勢に求愛の言葉や態度……負けたわ)
『私はあなたの一番近くであなたを支えたいのです。こんなおじさんがお嫌でなければ、どうか私をあなたの伴侶にしてくださいませんか』
『……シルヴィスならおじさんでも何でも良いのよ。喜んで、求婚をお受けするわ』
マーゴット側が再婚だったから、派手な婚姻の儀は行わなかった。
それでも神殿で行った婚姻の儀には大勢の国民の祝福を得たし、親友のアケロニア王国のグレイシア王太女も伴侶とまだ幼い彼女にそっくりな息子を連れて参列してくれた。
「おめでとう。君たちは幸せになるよ」
神殿の大神官の代わりに婚姻の儀を執り行ってくれた守護者カーナからも祝福を賜った。
もう何も憂いはない。
ここまで本当に長かった。
シルヴィスとの誓いの口づけで、涙をこぼさないようマーゴットは必死で耐えた。
「泣いてもいいよ。私が隠してあげる」
「泣かないわ。泣くより笑っていたいもの」
ようやく収まるところに収まった。
◇◇◇
シルヴィスと再婚して、マーゴット女王は新たな王配となった彼との間に二人の王女を儲けた。
長女はシルヴィス似の落ち着いた性格で、次女はマーゴット似の少しやんちゃな性格。
血筋順位はどちらも二十位以内。一位のマーゴットと七位のシルヴィスの娘だが、多少始祖たちの因子の数が減少していた。
シルヴィスは冒険者ギルドのギルドマスターを王配となった後も数年だけ勤めてから、独立組織の公平性を保つためとの理由で引退し、マーゴット女王の補佐に集中することになる。
それからはカレイド王国は平穏だった。
新たな魔が発生することもなく、マーゴットは愛する男の助けを得て、まあまあ平均点の国王として国を治めた。
たまに守護者カーナが訪れて、王女たちと遊んでは帰っていく。マーゴットたちが子供の頃と同じように。
二人の王女は、黒髪と琥珀の瞳の優美な“カーナさま”に夢中だ。
競うようにお洒落とお化粧をして、王族としての教養を高めるため日々頑張っている。
「夢みたいに幸せな日々だわ。まさかまだ夢の中にいるなんてこと、ないわよね?」
娘たちが庭園で遊ぶ姿を眺めながら、マーゴットは伴侶のシルヴィスとあずまやでお茶を楽しんでいた。
「もう夢見の術は試してないんだろう?」
「夢見を使うと弓祓いが使えないし、弓祓いの鍛錬をすると夢見の術が発動しない。さて、私はどちらを取るべきかしら?」
現状、夢見の術は始祖のハイエルフの瞳を持つマーゴットにしか使えなかった。
弓祓いによる国の邪気の浄化は、毎朝と毎夕に国王か、国王に委任された術者が行う。
マーゴットは弓祓いを習得しなかったので、現在では王配のシルヴィスが術師たちを率いて行っている。
王女たちは、二人とも髪はマーゴットの燃える炎の赤毛を受け継いだ。
長女はエメラルドの瞳、次女は父親シルヴィスの銀に近い灰色の瞳で、マーゴットのネオングリーンの輝きは受け継がなかった。
どちらも、夢見の術を発動するための魔力が足りないようだ。
夢見の術は、秘伝書を元にマーゴットが術式を新たに書き下ろした冊子を作成して、永遠の国に原本ごとまとめて奉納した。
悪用できる類の術ではなかったが、影響力の強く広い術だ。禁術としてハイヒューマンたちに管理してもらうに越したことはない。
王配が優秀なので、女王とはいえマーゴットは毎日こうしてお茶を飲む自由時間を持てている。
それまで余裕がなさすぎて無視していた国内の社交にも力を入れ始めた。
公式行事には、女性王族が伝統的に身につける女勇者のプディング女伯爵にして王妃メルセデス由来の濃いクリーム地とカラメル風の茶のフリルやラインを入れた“プディング風”ドレスばかり着ていた。
最近ではもっと自分の白い肌や燃える炎の赤毛、ネオングリーンの瞳に合わせた衣装も作るようになった。
というより夫のシルヴィス王配が季節ごとに何着も装飾品や靴と一緒に送ってくる。
外交で他国に出向くことも増えた。
神人カーナを守護者に持ち、親しく交流しているカレイド王国は他国から頻繁に相談を受けている。
カレイド王国で対応できるものはマーゴット女王やシルヴィス王配が行い、難しければ守護者カーナを通して永遠の国の他のハイヒューマンたちに助言を請う。
建国期からカレイド王国は、人間と永遠の国との仲介役だ。
王女たちの世代になっても変わらないことだろう。
「カーナ。夢見の中で見たあなたは分身だったそうだけど、随分と人間っぽかったわね」
マーゴットが夢見の世界で見た神人カーナは、隙の多い呑気な人物だった。
ほとんど人間と変わりがなかったぐらいだ。
「たくさん秘密を抱えてたみたいだけど、いくつか露呈してしまったわ。問題ない?」
例えば古の時代、実の息子と禁断の関係にあったかもしれないことや、かつてカレイド王国に危機が迫っても肝心な時に役に立たなかったことなど。
留学先のアケロニア王国では、魔力を使い果たして小蛇化してルシウス少年に振り回されたなんてこともあった。
思い返すと、わりと醜態を晒していたような……。
そもそもマーゴットは現実では、夢見の世界ほどカーナと親しく交流はしていなかった。
カーナはいつも不定期にやってきては、カレイド王国と王族の様子を見て、ちょっと会話を交わすぐらいのものだった。
(幼い頃、バルカスと一緒にカーナに一目惚れしてたのは本当だけど)
「本当のあなたはどっちなのかしら」
「あんまり永遠の国の外では素を出さないようにしてるんだ。神秘性が薄れるからって」
「それも人間に言われた?」
「さて、どうだったかな」
夢見の世界で見た秘密は内緒だよ、とカーナが人差し指を自分の唇に当てて優美に微笑んだ。
翌朝、朝食に聖者ビクトリノを招いて話をすることができた。
「聖者ビクトリノ様。このたびはカレイド王国の危機にご助力いただき、感謝申し上げます」
深く頭を下げたマーゴット女王に、聖者ビクトリノは白髪の短髪の頭を掻いていた。
「よせやい、女王様。魔は一つ解消できたが、代わりに世界は比類なき魔力使いを失った。このツケは後々響いてくるぜ」
「……メルセデス様が、そんなに?」
ビクトリノによれば、勇者でもある魔女メルセデスは、この800年で最も傑出した魔力使いと呼ばれた環創成の魔術師フリーダヤを上回る力量の持ち主だったそうだ。
実際、フリーダヤはメルセデスを弟子に迎えた直後に彼女を後継者に定めている。
本人は子供好きで世話好きなので、表舞台に立たず孤児たちを引き取って弟子にして育てることに集中していたそうだ。
目立った活動をしない代わりに、穏やかな生活を送って魔力をひたすら己の環に蓄積し続けていた。
ビクトリノも聖者に覚醒した後、力の制御方法を学ぶためごく僅かな期間だが、メルセデスのもとに身を寄せて環の使い方を習ったという。
「俺が環使いってことは内緒にしといてな。まだ俺の所属する教会と変な軋轢を生みたくねえんだ」
サミットの参加者たちも全員帰国して、守護者のカーナも神人ジューアを連れて永遠の国へ帰っていった。
聖者ビクトリノは迎えに来た教会関係者とともに自国の教会へ戻るとのこと。
バルカスとは正式に離縁した。
王族の籍からも抜いて平民となった彼は、恋人のポルテと、マーゴットが与えた多少の財産を持って、地方に去っていった。
ぶつくさと最後までカーナに文句を言っていたから、彼絡みで今後、トラブルが起こる可能性がまだある。
ダイアン前国王は元王妃を亡くした後、すっかり意気消沈してしまった。
メイ元王妃の葬儀は王家の身内と彼女の祖国の家族だけを招いてひっそりと行った。
それからは彼女の生前、ともに暮らしていた離宮で冥福を祈り続けると言って、表舞台から完全に姿を消した。
マーゴットの元に残ったのは、今月から王都の冒険者ギルドにギルドマスターとして赴任するシルヴィスだけだった。
彼はまだディアーズ伯爵家に籍がある。家や爵位は既に弟が継いでいたが、まだディアーズ伯爵令息のままだ。
そのうち頃合いを見て彼と再婚できたらとほのかな期待を抱いていたマーゴットがシルヴィスから求婚されたのは、すべての事後処理が片付いた半年後のことだった。
(もちろん葛藤はあった。シルヴィスの本音を聞けたのは夢見の中だけだったし、本当に彼が私に好意を持ってくれてるかわからなかったから。……でも)
マーゴットの考えは甘かった。
シルヴィスは、自分がカレイド王国を離れていた間、婚約者“候補”に過ぎなかったはずのバルカス王子がマーゴットと結婚したことにとても腹を立てていた。
そのバルカスがマーゴット本人によって離縁され、王族籍から籍を抜かれ、王都からも追放されたとなれば、もう遠慮はしなかった。
(プロポーズまでは半年かかったけど、ほとんど毎日王宮で顔を合わせて、贈り物攻勢に求愛の言葉や態度……負けたわ)
『私はあなたの一番近くであなたを支えたいのです。こんなおじさんがお嫌でなければ、どうか私をあなたの伴侶にしてくださいませんか』
『……シルヴィスならおじさんでも何でも良いのよ。喜んで、求婚をお受けするわ』
マーゴット側が再婚だったから、派手な婚姻の儀は行わなかった。
それでも神殿で行った婚姻の儀には大勢の国民の祝福を得たし、親友のアケロニア王国のグレイシア王太女も伴侶とまだ幼い彼女にそっくりな息子を連れて参列してくれた。
「おめでとう。君たちは幸せになるよ」
神殿の大神官の代わりに婚姻の儀を執り行ってくれた守護者カーナからも祝福を賜った。
もう何も憂いはない。
ここまで本当に長かった。
シルヴィスとの誓いの口づけで、涙をこぼさないようマーゴットは必死で耐えた。
「泣いてもいいよ。私が隠してあげる」
「泣かないわ。泣くより笑っていたいもの」
ようやく収まるところに収まった。
◇◇◇
シルヴィスと再婚して、マーゴット女王は新たな王配となった彼との間に二人の王女を儲けた。
長女はシルヴィス似の落ち着いた性格で、次女はマーゴット似の少しやんちゃな性格。
血筋順位はどちらも二十位以内。一位のマーゴットと七位のシルヴィスの娘だが、多少始祖たちの因子の数が減少していた。
シルヴィスは冒険者ギルドのギルドマスターを王配となった後も数年だけ勤めてから、独立組織の公平性を保つためとの理由で引退し、マーゴット女王の補佐に集中することになる。
それからはカレイド王国は平穏だった。
新たな魔が発生することもなく、マーゴットは愛する男の助けを得て、まあまあ平均点の国王として国を治めた。
たまに守護者カーナが訪れて、王女たちと遊んでは帰っていく。マーゴットたちが子供の頃と同じように。
二人の王女は、黒髪と琥珀の瞳の優美な“カーナさま”に夢中だ。
競うようにお洒落とお化粧をして、王族としての教養を高めるため日々頑張っている。
「夢みたいに幸せな日々だわ。まさかまだ夢の中にいるなんてこと、ないわよね?」
娘たちが庭園で遊ぶ姿を眺めながら、マーゴットは伴侶のシルヴィスとあずまやでお茶を楽しんでいた。
「もう夢見の術は試してないんだろう?」
「夢見を使うと弓祓いが使えないし、弓祓いの鍛錬をすると夢見の術が発動しない。さて、私はどちらを取るべきかしら?」
現状、夢見の術は始祖のハイエルフの瞳を持つマーゴットにしか使えなかった。
弓祓いによる国の邪気の浄化は、毎朝と毎夕に国王か、国王に委任された術者が行う。
マーゴットは弓祓いを習得しなかったので、現在では王配のシルヴィスが術師たちを率いて行っている。
王女たちは、二人とも髪はマーゴットの燃える炎の赤毛を受け継いだ。
長女はエメラルドの瞳、次女は父親シルヴィスの銀に近い灰色の瞳で、マーゴットのネオングリーンの輝きは受け継がなかった。
どちらも、夢見の術を発動するための魔力が足りないようだ。
夢見の術は、秘伝書を元にマーゴットが術式を新たに書き下ろした冊子を作成して、永遠の国に原本ごとまとめて奉納した。
悪用できる類の術ではなかったが、影響力の強く広い術だ。禁術としてハイヒューマンたちに管理してもらうに越したことはない。
王配が優秀なので、女王とはいえマーゴットは毎日こうしてお茶を飲む自由時間を持てている。
それまで余裕がなさすぎて無視していた国内の社交にも力を入れ始めた。
公式行事には、女性王族が伝統的に身につける女勇者のプディング女伯爵にして王妃メルセデス由来の濃いクリーム地とカラメル風の茶のフリルやラインを入れた“プディング風”ドレスばかり着ていた。
最近ではもっと自分の白い肌や燃える炎の赤毛、ネオングリーンの瞳に合わせた衣装も作るようになった。
というより夫のシルヴィス王配が季節ごとに何着も装飾品や靴と一緒に送ってくる。
外交で他国に出向くことも増えた。
神人カーナを守護者に持ち、親しく交流しているカレイド王国は他国から頻繁に相談を受けている。
カレイド王国で対応できるものはマーゴット女王やシルヴィス王配が行い、難しければ守護者カーナを通して永遠の国の他のハイヒューマンたちに助言を請う。
建国期からカレイド王国は、人間と永遠の国との仲介役だ。
王女たちの世代になっても変わらないことだろう。