《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

エピローグ~円環大陸の新時代へ




◇◇◇



 カレイド王国の魔が消滅してから16年後、あの親友グレイシア王太女のアケロニア王国で、新たな魔が発生した。

 まさか、と思った。あの国は王族が常に穢れを祓っていて、魔を生み出すような土壌はなかったはずだ。

 九十代後半でなお健在だったヴァシレウス大王が、後添えのセシリアとの間に儲けた末の息子を庇って死んだと聞いて、マーゴットは自分の耳を疑った。

「そ、それで、大王陛下のご子息はどうなったの!?」
「……奪われた陛下の形見を取り戻すため出奔したそうだよ」

 ヴァシレウス大王の息子は円環大陸中、逃げた魔を追い続け、5年後に西の小国カーナ王国へ向かう。

 何かあれば大王の息子への支援は惜しまないと決めていたマーゴットは、5年後にもたらされた続報に、今度こそ本当に自分の耳が壊れたかと思った。



「カーナ王国の……カーナの息子の亡骸を浄化した? ヴァシレウス様の息子が? 現地の聖女を助けて? は、何てことかしら!」

 神人カーナと、彼を守護者とするカレイド王国の悲願を一気に解決してしまった。

 報告はまだ続いていた。

 かつて、麗しく愛らしかったあのルシウス少年、いや現在では立派な大人となった聖剣の聖者リースト伯爵ルシウスが、カーナ王国入りしたそうだ。

 ルシウスは現地の聖女を弟子にして、彼らの主導でカーナ王国に神殿を誘致する活動を始めた。
 この世界で神殿は永遠の国の出先機関のようなもの。

 これまでカーナ王国には神殿がなく、歴代の聖女や聖者が強固な結界を敷いていたせいで、神獣とはいえ獣の性質を持つ神人カーナは中に入れない状態が続いていた。
 神人カーナがカーナ王国に手を出せなかった理由だ。強い力を持つ彼が無理に侵入しようとすれば国土や国内の民たちを傷つけてしまう。

 だが、国内に神殿があるなら話は別だ。
 神人カーナはついに、因縁のカーナ王国に入ることができる。

「……今、まさに歴史が動いてるのだろうね」

 ともに報告を聞いていた王配のシルヴィスが呟いた。
 マーゴットも8歳年上のシルヴィスも、互いに初めて会った幼い頃から随分と歳を取った。

 かつて、元王妃にマーゴットから見たら年上すぎて『おじさん』だろうと揶揄されていた彼だが、静謐で透明な魔力を持つだけあって五十代を越えても老いた気配はなかった。

(むしろ賢者の趣きすらあるわ。実際は弓祓い師だけどね)

「カーナ王国に神殿ができれば、カーナが中に入れる。……念願の息子さんとの対面になるのね」

 かつてのカーナの息子の魚人の魔物は、地下に埋まって化石化している。
 せめて発掘して弔いたいというのが、神人カーナの悲願だった。

 報告はまだあった。

 カーナ王国の王家が自国の繁栄のために忌まわしい呪法を用いて国内の聖女や聖者たちを使い潰していたこと。
 それが新聞社にスクープされて王家が崩壊して共和国制へ移行するなどいくつかの大事件があった。

 それらの解決にヴァシレウス大王の息子が関与していたと聞いて、マーゴットもシルヴィスも感嘆の溜め息を漏らした。

「さすが大王陛下のご子息ってことね」

 機会があれば、ぜひ会ってみたいところだ。



 それからしばらく、カーナ王国に派遣している調査員からの音沙汰はなかった。

 と思っていたら、とんでもない急報が飛び込んできた。

「か、カーナ王国にSSSランク(トリプルエス)の新ダンジョン発生! ダンジョンボスは神人カーナ様のご子息、魚人の魔物とのこと!」

 現地の調査員からの伝令が息を乱して女王の執務室に駆け込んできた。

「続きを」
「は、はい! それで、現地の聖女アイシャたちが現在、ダンジョン攻略を行なっているとのことで……」

 マーゴットは、ほぼ同時期にアケロニア王国のグレイシア女王から届いていた手紙を開いた。

 どうやら亡きヴァシレウス大王の息子も、一度は再び因縁の魔を追うためカーナ王国を離れたが、同じ急報を知って仲間を連れて戻る途中らしい。



 その後すぐ、マーゴットは王配のシルヴィスを伴って神殿へ赴き、護摩の炎を焚いて守護者カーナを召喚した。

「カーナ。事情は知ってると思うけど」
「……カーナ王国だな。これはもうオレが行くしかない」

 久々に見た神人カーナはやはり黒髪と琥珀の瞳で変わらず美しく、虹色を帯びた真珠色の魔力を神々しく放っていたが、さすがに顔色が悪かった。

「ダンジョンボスはあなたの息子さんだそうね」
「亡骸に余計なものが入って動いているだけだろう。あの子の魂はとっくに亡骸から離れている」

 すぐカーナ王国に向かおうとしたカーナに、マーゴットは肩から提げていた魚切り包丁を皮革のケースごと渡した。

「お魚さんモンスターを倒すには、やっぱりこれじゃなきゃね」

 魚人の魔物というなら、やはり魚切り包丁の出番だろう。

「無理しなくていいのよ、カーナ。あなたが退治できなければ、現地にいるルシウス君に渡してくれればいいから」
「無欠のルシウスか。そういえば久し振りに会うことになるな」

 魚切り包丁を受け取ったカーナは、神殿から出てすぐ巨大な黄金龍に姿を変えて、大空を飛んで西へと消えていった。

 虹色を帯びた真珠色の魔力の軌跡を空に眺めて、マーゴットは何だか切ないような悲しいような気分になった。



 その漠然とした予感は的中した。

 カーナは戻ってこなかった。
 カレイド王国にも、永遠の国にもだ。

 カーナ王国で、ルシウスや現地の聖女らの助けを得て、悲願だった息子の魚人の亡骸と対面したカーナ。
 彼はそのまま息子と、息子の中にあったかつての伴侶や一族の魂とともにカーナ王国で眠りにつくことを選んだ。

 発生したダンジョンの最深部で自らを封印し、姿を消したという。



◇◇◇



「それで、カーナがいなくなった後はどうなったのですか? ジューア様」

 カーナ王国で起きた事件の報告を受けた少し後で、久し振りに神人ジューアがマーゴット女王を訪ねて来た。
 カレイド王国は神人カーナが守護者を務めていたから、カーナの友人である彼女がことの顛末を報告に来たのだ。

「どうもこうもないわ。何万年とハイヒューマンたちの長老だったカーナが消えて、永遠の国も大パニックよ」
「次の長老はやはりジューア様ですか?」
「まさか! 私はそんな面倒はごめんよ」

 ジューアが言うには、永遠の国はその時点で最強のハイヒューマンが長老として代表者を務める仕組みになっているそうだ。

「カーナがいない今、最強は私の弟」
「そうなのですか」

 と言われても、マーゴットたちは神人ジューアの弟なる人物を知らない。

 報告を終えたとばかりにジューアは飛竜に乗って永遠の国へ帰っていった。

「私の弟、ルシウスっていうの。人間の国で貴族をやってたけどカーナ王国に帰化するらしいから、興味があれば連絡を取ってみるといいわ」

 去り際にそんな一言を残して。



「え。ルシウスって、まさかあのルシウス君!?」
「? マーゴット、ルシウス君を個人的に知ってるのかい?」

 シルヴィスに首を傾げながら聞かれて、マーゴットは思わず彼の穏やかな顔を見つめ返してしまった。
 確かにルシウスはここ最近カーナ王国絡みで話題の人物だったのだが。

「え、ええ。学生時代、アケロニア王国に短期留学したとき世話になったの。魚切り包丁の浄化をしてくれて」

 そのときの出来事を語ってみせた。
 魔力で生み出した光り輝く聖剣で、ネオンブルーの高出力で高圧力な魔力でもって、元からあった木の柄を“じゅわっ”と蒸発させるほどの火力を出した少年のことを。

 もっとも、当時8歳だった彼も現在は三十代後半のはずだ。

「そうか……そういえば君に話してなかったけど」

 しみじみ感慨深そうに呟いた後で、シルヴィスが教えてくれた。
 彼は冒険者時代、他国の冒険者ギルドでほんの数ヶ月だけ少年時代のルシウスと戦っていた時期があるのだそうだ。

 どこで誰が繋がっているのか、案外わからないものだ。



 また少し経って、親友のアケロニア王国のグレイシア女王から私的な手紙が来た。

 カーナ王国に移住、帰化してしまった例のルシウスの愚痴が延々と書き綴られている。


『あの子は幼い頃から家族、特に兄や、自分の興味のあること以外への関心が薄く、わたくしも父も祖父も必死で正しい方向へ導いていたのだ。

 何せ純正ハイヒューマンで聖剣持ち、力だけは有り余っている。
 邪悪な欲望でも持たれたら我が国は一貫の終わりだ。

 努力の甲斐あって本人は聖者に覚醒したし、大人になってからはわたくしの側近として便利に使っていたのに、よりによってカーナ王国のような弱小国家に取られるとは! 口惜しや!』


「便利に使うって、グレイシアったら。何をやってるのよ」

 だが、カレイド王国も守護者カーナやジューアのような、癖のある神人と長年付き合っているから彼女の苦労はよくわかる。



 その後、王配のシルヴィスの希望で彼がルシウスに会いに行ったところ、思わぬ再会に歓迎されて話が盛り上がったそうだ。

「現地のダンジョン管理をしながら、弟子たちを育てて楽しく暮らしてるみたいだよ。ハイヒューマンで市井で生活してるのは珍しいね」

 王都をルシウスの案内で回ったところ、どの地区でも彼を慕う人々に声をかけられたという。
 ハイヒューマンであることや、聖剣の聖者なことも周知された上で現地に馴染んでいるそうだ。

 あの神人ジューアの実の弟とは思えないほど情に厚く、多方面に有能で情熱ある人物に成長していたとのこと。
 幼い頃の麗しくも愛らしい、お兄ちゃん大好きっ子な印象の強かったマーゴットはビックリしてしまった。

 人から頼られれば喜んで助けになり、助言し、酒を飲んで人々と語り合う親しみやすさ。
 それでいて人の道に反したことを徹底的に嫌う。
 ある意味、理想的なハイヒューマンかもしれなかった。

 ただ、ちょっとだけ話が長く、説教くさいのだけが欠点だという。

「カーナやジューア様は言うなれば遠縁のお偉いさん。ルシウス君は近所のおじ……お兄さんかあ」

 この違いは人類にとって、案外大きい。



 それはともかく、女王のマーゴットにはやるべきことがある。

「さて、カレイド王国は守護者を失い、建国期からの大目的をひとつ消化してしまった。この後の方針をどう定めたものかしら」

 可能性を模索するため、久し振りに夢見の術を試してみるのも良いかもしれない。





終わり
< 113 / 114 >

この作品をシェア

pagetop