《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

ハイヒューマン・チャイルド、ルシウス君

 三人が王宮に戻ってくると、まだ夕方には少し早い時刻だった。

「ん? ルシウスが来ているのか? ちょうどいい」

 馬車から降りたところで侍女から報告を受けて、グレイシア王女がマーゴットとカーナを振り返った。

「例のハイヒューマンの子供が来ているようだ。紹介しよう。悪いが車内に戻ってくれ」

 菓子店で買い求めたショコラや、土産の数々だけ侍女たちに渡して部屋に持っていってもらうことにして、再び馬車に搭乗して向かったのは王宮に隣接する騎士団の本部だ。



 例の子供は練兵場で騎士たちに遊んでもらいながら、魔道騎士団の団長の父の退勤時間を待っているという。

 練兵場に着くと、なるほど、シャツと半ズボン姿の小さな子供が、訓練着姿の騎士たちと追いかけっこをして元気いっぱいに遊んでいた。

「ルシウスー! ちょっとこっち来ーい!」
「はーい!」

 よいこのお返事で、子供が駆け寄ってくる。

「……まあ!」

 やって来た子供を見て、マーゴットは驚いた。

「まあ! まあまあまあまあ、何て可愛らしい男の子でしょう!」

 思わず興奮して叫んでしまった。
 だって無理もない。
 走り回って上気した白いふっくらした頬は健康的な薔薇色。
 青みがかった銀髪は男の子らしく切り揃えられたショートカット。
 ちょっとだけ緑がかった水色の瞳は大きくて、髪と同じ青銀色の長いまつ毛が彩っている。

 何というか、大変に麗しい容貌の男の子だった。
 年齢は見たところ5歳ほどだろうか。

「ルシウス、こちらはカレイド王国の次期女王となられるオズ公爵令嬢マーゴット様だ。さあ、良い子でご挨拶を」
「リースト伯爵家の次男、ルシウスです! 8歳です!」
「えっ、8歳!?」

 元気なご挨拶に相好を崩す。
 見た目と年齢のギャップに驚いたが、すぐに理由に思い至った。

「あなた、魔力が大きいのね」
「うん! 他の子たちより身体の成長が遅いんだって!」

 初対面でもニコニコと機嫌の良いお子さんだった。

「そしてこちらが、ハイヒューマンの神人カーナ殿」
「カーナだよ。よろしくね」
「はいひゅーまん……え、ほんとうに?」

 大きな薄い水色の目をぱちぱちと瞬かせて、ルシウス少年は屈んで自分と目線を合わせてくれた少女カーナの琥珀の瞳を見つめた。

「わああ……」

 そうして一通り挨拶が終わったところで、マーゴットは騎士たちに囲まれてそれぞれから挨拶を受け、談笑することに。

 ルシウスが、物珍しいのか自分と同じハイヒューマンのカーナの腰に抱きついて離れなくなったので、カーナとグレイシア王女、そしてルシウス少年は少し離れたところでそんなマーゴットたちを眺めていた。



「ねえ、グレイシアさま。あのお姉さん、僕ちょっとイヤな感じがするよ」
「ん? どういうことだ?」

 カーナに抱っこしてもらったまま、ルシウス少年が言った。

「なんかね、変な影が二重になってるみたいに見えるの」
「影?」

 というのでマーゴットのほうを見るが、カーナにもグレイシア王女にも、それらしきものは見えない。

「あれえ? じゃあ、僕にしかみえてないやつ?」
「ルシウスにしか見えてないというなら……不味いやつだな」
「???」

 カーナには、二人の話している内容がよくわからない。

「カーナ殿、この件は後で詳しく話すとしよう。まずは王宮へ戻ろうか。……マーゴット、そろそろ良いかー?」

 少し声を張り上げて呼ぶと、マーゴットはすぐに騎士たちとの話を切り上げて三人のもとにゆっくりと戻ってきた。



 ところで、マーゴットが戻ってくる前、グレイシア王女がルシウス少年にこんな交渉をしていた。

「なあ、ルシウス~ちょっとお願いがあるのだが」
「お願いには代価が必要です!」

 ぷいっとそっぽを向く子供の機嫌を、何とか宥めながら取っていた。

「ガスター菓子店のショコラの小箱でどうだ?」
「そんなの一口でおわっちゃいますもん」
「……仕方ない。じゃあ中箱(小)だ。12個入りだぞーう」
「ひきうけた!」

 何かの交渉が成立したところでマーゴットが戻って来た。

「何の話をしていたの?」
「ふふ。この子には面白いスキルがあるのだ。なあ〜ルシウス! このマーゴットの婚約者がすごい浮気者なんだが、こやつは婚約破棄したくないそうなんだ。より良いやり方、何かないかな?」
「!?」
「ええ、なにそれ?」

 唐突にプライバシーをバラされたマーゴットは、ネオングリーンの瞳を瞬かせた。

 問われたルシウス少年はといえば、しばし考えて、マーゴットの顔を見つめて困ったように笑った。

「お姉さん、自分に素直になったほうがいいよ?」

 それだけ言うと、ちょうど迎えに来ていた少年とよく似た髭の初老の白い騎士服の男性のもとへ駆けていってしまった。

「グレイシアさま、ショコラは中箱だからね! わすれちゃヤだからね!」

 とだけ言い残して。



「……本当に何の話だったの?」

 どうにもよくわからない。

「あのルシウスという子供は、“絶対直観”というスキル持ちなんだ」
「え、それって」

 カーナが驚いて琥珀の目をまん丸にした。

「ということは、彼は聖なる魔力持ちか!」
「その通り」
「なあに? 絶対直観って」

 馬車で王宮に戻りながら、マーゴットの疑問にはカーナが答えてくれた。

「託宣や忠告とも言われる助言スキルのひとつさ。レアスキルで、ランクが高くなるとまさに預言級の答えを出す」
「ということは、さっきのあれって」
「そうだ。ルシウスの絶対直観スキルにお前の現状打開の策を訊ねた」


『お姉さん、自分に素直になったほうがいいよ?』


 ルシウス少年の回答だった。

「まあ、まだランクが低いようで、絶対というわりに絶対でもないのだが。でも、下手なおみくじよりはるかに当たる」
「そうだったの」

 さすがはアケロニア王国。魔法魔術大国と言われるだけあって、特殊スキルも易々と使いこなしている。

「素直に、かあ……」

 馬車の窓から外を眺めた。
 王都の城下町は活気があって、人々の表情も明るい。国王(うえ)が良いことの証明だ。

(私が女王になったらカレイド王国も、民たちはこのような姿を見せてくれるかしら)

 そう考えて、マーゴットはあることに気づく。

 両親が亡くなった数年前から、自分がまったく祖国の王都を見ていないことを。
 自宅と学園を乗り合い馬車を使って往復するだけの日々で精一杯だった。

 あの辛く苦しい日々はマーゴットから心の余裕を奪い取ってしまって、まだ回復しきっていなかった。

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