《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
シルヴィスの弓祓い
シルヴィスと別れて、一角獣になって空を飛んでカーナは神殿まで戻った。
「おっと、入口を飛び越えると怒られるかな」
直接、借りている客間の窓から戻るのが楽だったが、きちんと門から入ったほうが良いだろう。
門番に挨拶して敬礼を受けながら建物への階段を登っていると、軽い目眩を感じた。
「お?」
目眩じゃない。階段、いや地面が揺れている。
「カーナ様、お帰りなさいませ」
「ただいま。地震があったようだけど」
「はい……。最近、多いようです」
世話役の神官によれば、ここ数ヶ月ほど、軽い地震が続いているらしい。
「地鎮祭はやってる?」
「もちろんです。毎月必ず月末に。大規模なものは年末に」
と話していたことが、翌日とんでもないことになるのである。
翌日、夜明け少し前に、予告通りにシルヴィスが弓を持って神殿にやって来た。
この後に任務に赴くと聞いていた通り冒険者の格好をしている。
「朝早くにごめんね」
「そんな。こちらこそ面倒かけて申し訳ないわ」
出迎えたのは神殿にいたカーナ、そして王宮からマーゴットと親友のグレイシア王女。
そしてなぜか、テオドロス国王が護衛を伴って来ていた。
「父上まで来なくても良かったではありませんか」
娘のグレイシア王女は呆れていたが、当の本人は素知らぬ振りだ。
「カレイド王国の弓祓いは有名なのだぞ? お前もしっかり見ておきなさい、グレイシア」
「はーい」
本当なら先王ヴァシレウス大王も呼びたかったそうなのだが、生憎と数年前に大病を患って以来弱っていて離宮から出て来れないそうだ。
初対面同士が軽く挨拶し合って、いざ。
「弓祓いは対象より先に空間を祓います。ここは神殿だからやりやすくていいですね」
シルヴィスが指定したのは神殿の祭殿の間だ。
広い四角形の空間で、中央に祭壇があって神殿に納められた供物や生花などが供えられている。
マーゴットたちは邪魔にならないよう祭壇から離れて立っていた。
シルヴィスはまず中央の祭壇前に立って、祭壇に祀られているアケロニア王国の始祖やかつてこの国にもいた守護者へ礼拝した。
その後、少し離れて弓を持って立った。
それだけなのに、所作の無駄のない美しさに目を奪われる。
しばらく目を閉じて精神集中した後で、天井に向けて弓の弦を鳴らした。
「響きはまず天空へ」
ビイイィン……と祭殿の間に広がった弦の鳴る音が消える前に、今度は自分が立つ足元に向けて弦を鳴らす。
「天と地は必ずひとつ」
その響きの余韻が残る間に、祭殿の間の四方、北から始めて東、南、西へと同じように外向きに弦を鳴らしていった。
「では皆さん、祭殿の周りに外向きに立ってもらえますか」
とマーゴットたち全員、見守っていた神官たちやテオドロス国王の護衛もすべて祭殿を囲むように立たせた。
シルヴィス本人は祭殿の間の壁際へ歩いて行き、四方から祭壇のある中央に向けて一回ずつ弓を鳴らしていく。
弦を鳴らす音は楽器と違って低く、その分だけ身体に響く。
最後にまた天と地に向けて鳴らして終了だ。
時間は5分とかかっていない。
「マーゴット。どうだい?」
「え、ええ。随分気が楽に……っ、ゴホッ」
調子を訊かれたマーゴットが強く咳き込む。
その瞬間、マーゴットの背中から黒い影が浮き上がり、剥がれた。
「!」
一同が身構える前で黒い影はふたたびマーゴットに取り憑こうとしたのだが。
「弓祓いの前に姿を見せたら、もう終わりだよ」
シルヴィスの鳴弦を向けられて、黒い影は弦の響きが消えるのと同時に空間から消失した。
「これで終わり?」
「一通りは。でもやはり、魔の悪影響が相手だと“祓い”では弱い。破魔や退魔属性の術者や弓が欲しいところです」
カーナの問いかけに、シルヴィスは目を伏せて答えた。
「破魔……」
その光景を見ていたテオドロス国王が何やら考え込んでいる。
だが意見を言うのは後でも良いだろうと、口出しは差し控えた。
「マーゴット、聖剣は?」
「持ってきたわ。これ」
とマーゴットは抱えていた木箱を、神官たちが用意してくれた台の上に置いた。
中にはカレイド王国の中興の祖、女勇者由来の聖剣属性の魚切り包丁が入っている。
「本来なら国外持ち出し禁止の秘宝……まさかこの目で見られようとは」
テオドロス国王がワクワクしている。声がまったく抑えられていない。
「開けますね」
木箱の中には何重もの布についた包まれた聖剣が入っているはずだった。
布を一枚一枚剥がしていき、そして現れたものは。
「……ヒッ!?」
マーゴットは思わずそれを木箱ごと取り落としそうになった。
そこをすかさずシルヴィスに支えられる。
永遠に色褪せることも錆びることもないはずのカレイド王国の国宝の包丁は、刃が真っ黒に変色していた。
「おっと、入口を飛び越えると怒られるかな」
直接、借りている客間の窓から戻るのが楽だったが、きちんと門から入ったほうが良いだろう。
門番に挨拶して敬礼を受けながら建物への階段を登っていると、軽い目眩を感じた。
「お?」
目眩じゃない。階段、いや地面が揺れている。
「カーナ様、お帰りなさいませ」
「ただいま。地震があったようだけど」
「はい……。最近、多いようです」
世話役の神官によれば、ここ数ヶ月ほど、軽い地震が続いているらしい。
「地鎮祭はやってる?」
「もちろんです。毎月必ず月末に。大規模なものは年末に」
と話していたことが、翌日とんでもないことになるのである。
翌日、夜明け少し前に、予告通りにシルヴィスが弓を持って神殿にやって来た。
この後に任務に赴くと聞いていた通り冒険者の格好をしている。
「朝早くにごめんね」
「そんな。こちらこそ面倒かけて申し訳ないわ」
出迎えたのは神殿にいたカーナ、そして王宮からマーゴットと親友のグレイシア王女。
そしてなぜか、テオドロス国王が護衛を伴って来ていた。
「父上まで来なくても良かったではありませんか」
娘のグレイシア王女は呆れていたが、当の本人は素知らぬ振りだ。
「カレイド王国の弓祓いは有名なのだぞ? お前もしっかり見ておきなさい、グレイシア」
「はーい」
本当なら先王ヴァシレウス大王も呼びたかったそうなのだが、生憎と数年前に大病を患って以来弱っていて離宮から出て来れないそうだ。
初対面同士が軽く挨拶し合って、いざ。
「弓祓いは対象より先に空間を祓います。ここは神殿だからやりやすくていいですね」
シルヴィスが指定したのは神殿の祭殿の間だ。
広い四角形の空間で、中央に祭壇があって神殿に納められた供物や生花などが供えられている。
マーゴットたちは邪魔にならないよう祭壇から離れて立っていた。
シルヴィスはまず中央の祭壇前に立って、祭壇に祀られているアケロニア王国の始祖やかつてこの国にもいた守護者へ礼拝した。
その後、少し離れて弓を持って立った。
それだけなのに、所作の無駄のない美しさに目を奪われる。
しばらく目を閉じて精神集中した後で、天井に向けて弓の弦を鳴らした。
「響きはまず天空へ」
ビイイィン……と祭殿の間に広がった弦の鳴る音が消える前に、今度は自分が立つ足元に向けて弦を鳴らす。
「天と地は必ずひとつ」
その響きの余韻が残る間に、祭殿の間の四方、北から始めて東、南、西へと同じように外向きに弦を鳴らしていった。
「では皆さん、祭殿の周りに外向きに立ってもらえますか」
とマーゴットたち全員、見守っていた神官たちやテオドロス国王の護衛もすべて祭殿を囲むように立たせた。
シルヴィス本人は祭殿の間の壁際へ歩いて行き、四方から祭壇のある中央に向けて一回ずつ弓を鳴らしていく。
弦を鳴らす音は楽器と違って低く、その分だけ身体に響く。
最後にまた天と地に向けて鳴らして終了だ。
時間は5分とかかっていない。
「マーゴット。どうだい?」
「え、ええ。随分気が楽に……っ、ゴホッ」
調子を訊かれたマーゴットが強く咳き込む。
その瞬間、マーゴットの背中から黒い影が浮き上がり、剥がれた。
「!」
一同が身構える前で黒い影はふたたびマーゴットに取り憑こうとしたのだが。
「弓祓いの前に姿を見せたら、もう終わりだよ」
シルヴィスの鳴弦を向けられて、黒い影は弦の響きが消えるのと同時に空間から消失した。
「これで終わり?」
「一通りは。でもやはり、魔の悪影響が相手だと“祓い”では弱い。破魔や退魔属性の術者や弓が欲しいところです」
カーナの問いかけに、シルヴィスは目を伏せて答えた。
「破魔……」
その光景を見ていたテオドロス国王が何やら考え込んでいる。
だが意見を言うのは後でも良いだろうと、口出しは差し控えた。
「マーゴット、聖剣は?」
「持ってきたわ。これ」
とマーゴットは抱えていた木箱を、神官たちが用意してくれた台の上に置いた。
中にはカレイド王国の中興の祖、女勇者由来の聖剣属性の魚切り包丁が入っている。
「本来なら国外持ち出し禁止の秘宝……まさかこの目で見られようとは」
テオドロス国王がワクワクしている。声がまったく抑えられていない。
「開けますね」
木箱の中には何重もの布についた包まれた聖剣が入っているはずだった。
布を一枚一枚剥がしていき、そして現れたものは。
「……ヒッ!?」
マーゴットは思わずそれを木箱ごと取り落としそうになった。
そこをすかさずシルヴィスに支えられる。
永遠に色褪せることも錆びることもないはずのカレイド王国の国宝の包丁は、刃が真っ黒に変色していた。