《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
おうち……おうちが!
あーん……あーん……
子供の高い泣き声が聞こえる。これはルシウス少年の声だ。
ぱち、とマーゴットは目が覚めた。
ハッとなって身体を起こすと、そこはリースト伯爵家のあずまやの中で、マーゴットはそこに寝かされていた。
少しクラクラする頭を押さえてあずまやを出ると、そこにあったものに思わず呆気に取られてしまった。
リースト伯爵家の本邸の邸が半壊している。
幸いエントランス部分は無事だ。使用人たちが建物の中から貴重品など家財の類を外まで運び出している。
「お。目を覚ましたか、マーゴット」
「グレイシア。これはいったい……」
崩れた屋敷から離れた場所に立っていたグレイシア王女が豊かな黒髪を棚引かせて駆け寄ってくる。
「ご覧の通りだ。地震で崩れた」
それよりも、とグレイシア王女は小さな手提げの付いたバスケットをマーゴットに差し出してきた。
中を覗き込んでマーゴットは悲鳴を上げた。
「か、かかか、カーナぁっ!?」
バスケットの中には柔らかな白いタオルが敷かれていて、その上に小さな蛇、もとい龍のカーナがぐったり横たわっていた。
「カーナ殿が龍のご神気で地震を抑えてくれたようでな……。だが力を使い過ぎたのか、この有様だ」
「こんなにちっちゃくなったとこ、初めて見たわ……。『後を頼むよ』って、自分がこうなるから頼むってことだったの!?」
指先で黄金の鱗の龍の頭をちょん、と突っついたがカーナが起きる様子はない。
神人に進化したハイヒューマンは本人にその気がなければ死を迎えることはないと言われている。
時間経過で魔力が回復すればまた人の姿に戻るのだろうが、何とも心臓に悪かった。
「でも地震を抑えたって言っても……」
マーゴットはグレイシア王女と伯爵家の屋敷を見た。
エントランスを中心に左右に広がった長方形の建物の、右側のほとんどと、左側の一部が崩れている。
外部からは近隣の貴族家から様子見の人々が来ていて、使用人たちは応対に追われている。
「まあ。リーストさんちは幸運値低いですものねえ~」
事情を聞いた他家の奥様たちが気の毒そうに言って帰っていった。
現時点では手助けするも何もないので、執事が丁重にお帰り願ったようだ。
「おうちー! おうちこわれたああああ!」
ルシウス少年がギャン泣きしている。
宥める兄のカイルもちょっと涙目だった。
「ルシウス……ルシウス、大丈夫。大丈夫だからね……」
それを見たマーゴットも泣きたくなった。
「こ、これって、私が良くないものを持ち込んでしまったから……っ」
魔を祓った後の鎮魂をすっかり忘れていた。
祓って完全に消滅させる前の魔の影響が地盤を刺激してしまったに違いないのだ。
「いや……最近、王都近郊は地震が多かった。お前のせいとは言い切れない」
「ええ、その通りです。それにカーナ殿がいなかったら、屋敷も半壊で済んでいたかどうか」
グレイシア王女とメガエリス伯爵が慰めてくれたが、とてもとても、マーゴットは頷くことはできなかった。
それ絶対、社交辞令ですよね!?
その後はひとまず、グレイシア王女と二人でカーナを連れて王宮に戻ることにした。
リースト伯爵メガエリスは屋敷の被害状況を明日、朝一で王宮に報告に来るとのこと。
「……ぐすっ。マーゴットさま、これ。カーナさまとおふたりでどうぞ」
兄カイルの服の裾を掴んでいたルシウス少年が、まだ涙の滲む大きな目元を擦って、大きめのバスケットに入った2本のぶどう酒と、丸い飴の入った大瓶を差し出してきた。
「どっちもぼくの魔力をこめたの。ぶどう酒はカーナさまに飲ませてあげて。ポーションより回復がはやくなるよ」
ぶどう酒も飴も、ルシウス少年のネオンブルー、蛍光色の青色の魔力を帯びている。
「飴はマーゴットさまに。もう変なものがくっつかないようにって、お祈りをこめたよ」
「……ありがとう、ルシウス君。今回のお詫びと、包丁の輝きを取り戻してくれたご恩は決して忘れないわ」
まだ幼い子供の柔らかな身体をぎゅっと抱き締めた。
ルシウス少年からは子供特有の甘い匂いに混じって、ふんわりと鼻腔をくすぐる、深い森のような匂いがする。松葉や松脂のようなウッディーな香りだ。
「遠い未来で。あなたやあなたの大切な人が助けを求めたとき、カレイド王国の女王マーゴットは必ず手を差し伸べるわ」
「ええー? マーゴットさま、頼りないからなあ~」
「ふふ、そう?」
「だいぶがんばらないとダメだよ!」
別れの前の最後の一言は、聖なる魔力持ちのルシウス少年による“助言”だったかもしれない。
子供の高い泣き声が聞こえる。これはルシウス少年の声だ。
ぱち、とマーゴットは目が覚めた。
ハッとなって身体を起こすと、そこはリースト伯爵家のあずまやの中で、マーゴットはそこに寝かされていた。
少しクラクラする頭を押さえてあずまやを出ると、そこにあったものに思わず呆気に取られてしまった。
リースト伯爵家の本邸の邸が半壊している。
幸いエントランス部分は無事だ。使用人たちが建物の中から貴重品など家財の類を外まで運び出している。
「お。目を覚ましたか、マーゴット」
「グレイシア。これはいったい……」
崩れた屋敷から離れた場所に立っていたグレイシア王女が豊かな黒髪を棚引かせて駆け寄ってくる。
「ご覧の通りだ。地震で崩れた」
それよりも、とグレイシア王女は小さな手提げの付いたバスケットをマーゴットに差し出してきた。
中を覗き込んでマーゴットは悲鳴を上げた。
「か、かかか、カーナぁっ!?」
バスケットの中には柔らかな白いタオルが敷かれていて、その上に小さな蛇、もとい龍のカーナがぐったり横たわっていた。
「カーナ殿が龍のご神気で地震を抑えてくれたようでな……。だが力を使い過ぎたのか、この有様だ」
「こんなにちっちゃくなったとこ、初めて見たわ……。『後を頼むよ』って、自分がこうなるから頼むってことだったの!?」
指先で黄金の鱗の龍の頭をちょん、と突っついたがカーナが起きる様子はない。
神人に進化したハイヒューマンは本人にその気がなければ死を迎えることはないと言われている。
時間経過で魔力が回復すればまた人の姿に戻るのだろうが、何とも心臓に悪かった。
「でも地震を抑えたって言っても……」
マーゴットはグレイシア王女と伯爵家の屋敷を見た。
エントランスを中心に左右に広がった長方形の建物の、右側のほとんどと、左側の一部が崩れている。
外部からは近隣の貴族家から様子見の人々が来ていて、使用人たちは応対に追われている。
「まあ。リーストさんちは幸運値低いですものねえ~」
事情を聞いた他家の奥様たちが気の毒そうに言って帰っていった。
現時点では手助けするも何もないので、執事が丁重にお帰り願ったようだ。
「おうちー! おうちこわれたああああ!」
ルシウス少年がギャン泣きしている。
宥める兄のカイルもちょっと涙目だった。
「ルシウス……ルシウス、大丈夫。大丈夫だからね……」
それを見たマーゴットも泣きたくなった。
「こ、これって、私が良くないものを持ち込んでしまったから……っ」
魔を祓った後の鎮魂をすっかり忘れていた。
祓って完全に消滅させる前の魔の影響が地盤を刺激してしまったに違いないのだ。
「いや……最近、王都近郊は地震が多かった。お前のせいとは言い切れない」
「ええ、その通りです。それにカーナ殿がいなかったら、屋敷も半壊で済んでいたかどうか」
グレイシア王女とメガエリス伯爵が慰めてくれたが、とてもとても、マーゴットは頷くことはできなかった。
それ絶対、社交辞令ですよね!?
その後はひとまず、グレイシア王女と二人でカーナを連れて王宮に戻ることにした。
リースト伯爵メガエリスは屋敷の被害状況を明日、朝一で王宮に報告に来るとのこと。
「……ぐすっ。マーゴットさま、これ。カーナさまとおふたりでどうぞ」
兄カイルの服の裾を掴んでいたルシウス少年が、まだ涙の滲む大きな目元を擦って、大きめのバスケットに入った2本のぶどう酒と、丸い飴の入った大瓶を差し出してきた。
「どっちもぼくの魔力をこめたの。ぶどう酒はカーナさまに飲ませてあげて。ポーションより回復がはやくなるよ」
ぶどう酒も飴も、ルシウス少年のネオンブルー、蛍光色の青色の魔力を帯びている。
「飴はマーゴットさまに。もう変なものがくっつかないようにって、お祈りをこめたよ」
「……ありがとう、ルシウス君。今回のお詫びと、包丁の輝きを取り戻してくれたご恩は決して忘れないわ」
まだ幼い子供の柔らかな身体をぎゅっと抱き締めた。
ルシウス少年からは子供特有の甘い匂いに混じって、ふんわりと鼻腔をくすぐる、深い森のような匂いがする。松葉や松脂のようなウッディーな香りだ。
「遠い未来で。あなたやあなたの大切な人が助けを求めたとき、カレイド王国の女王マーゴットは必ず手を差し伸べるわ」
「ええー? マーゴットさま、頼りないからなあ~」
「ふふ、そう?」
「だいぶがんばらないとダメだよ!」
別れの前の最後の一言は、聖なる魔力持ちのルシウス少年による“助言”だったかもしれない。