《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
神人ジューアのプリン実験
「時を戻って、カーナ様を救う手立てがあるのですか!?」
さすがにシルヴィスも落ち着いていられなかった。傍らのマーゴットも期待にネオングリーンの瞳を輝かせている。
「古い時代には、それこそ世界を作った種族がいて、時間魔法は彼らの専売特許だったらしい。でも安易に過去や未来に移動すると、歴史が滅茶苦茶になってしまう。その管理を行えるほどの力量が、今の魔力使いたちにはないんだ」
「魔術師フリーダヤ様、あなたでも、ですか?」
この男は若い青年の姿で既に800年生きていて、魔力使いの世界を旧世代と新世代に分断するほど強烈なインパクトの術式をいくつか開発している。
代表的なのは環と呼ばれる、身体をくぐって周辺に現れる帯状のフラフープのような光の円環だ。環は術者本人の魔力だけでなく、協力する他者や外界と繋がって魔力調達を可能とする。
この環に紐付けて開発されたのが、異空間に物品を時間経過なしで保存できるアイテムボックス機能であり、空間転移術だった。
魔術師フリーダヤのこれらの業績を越える魔力使いは、少なくとも彼が歴史に現れた800年間にはいない。
「無理でもなんでも……何か、カーナ様を助けるお智慧はありませんか? あなたもカーナ様の友人の一人なのですよね?」
守護者カーナほどカレイド王国との縁はなかったが、マーゴットが自分たちの婚約パーティーに招いたら来てくれる程度の義理はあるのだ。
「カーナを助けるため、私はパートナーの聖女ロータスに声をかけたんだ。彼女は強力な回復魔法を使えるからね。でも拒否されたし、カレイド王国に来ることも断られた。どういう意味なのかなあって考えてたんだよね」
聖女ロータスは円環大陸のすべての国を順に回って聖女の恩恵をもたらす、魔術師フリーダヤと並ぶ800年級の魔力使いだ。
ただし例外として、人倫道徳の乱れたタイアド王国と、邪悪な魔力で穢れたカーナ王国だけが巡業のルートから外れている。
「そんな細かい話はどうでもいい! どれ、お前の考える時間魔法の術式を話してごらん」
神人ジューアに促されて魔術師フリーダヤは術式の構造を語っていったが、頷いているのはジューアと黒いローブ姿の女弟子だけで、マーゴットたちにはまったく意味がわからない。
だが、あらかた聴き終わったところで神人ジューアは皆を手招きして、祭壇前、カーナの棺の前に集まるよう言った。
「おいで、カレイド王国の子供たち。上手くいけばカーナは助かるかもしれない」
重大な話の前に、マーゴットはシルヴィスと相談してダイアン国王と宰相も神殿のこの場に呼んでもらうことにした。
二人の到着を待って、神人ジューアに話の続きをしてもらった。
「結論から言えば、時を戻す魔法はない。もう廃れて失われてしまったそうよ」
ただし、過去をやり直して修正するに等しい現象を起こす魔法はあるそうだ。
「夢見術の応用なのだそう。夢の中に仮想現実を作って、望みが実現した結果を作れたら、その時点で仮想現実を現実に統合する。すると現実が変わっていく」
と言われても、皆すぐには理解ができなかった。
「つまりだね、現実ではカーナが死にかけている。それとは別に夢の世界に『カーナが安全に生きている』現象を確立させてから現実と統合……」
「おやめ。お前の説明はどうもわかりづらい。簡単に説明するとね……」
魔術師フリーダヤの説明を遮って、神人ジューアは祭壇の供物の中から、女勇者ゆかりの蒸しプディングを手に取った。
卵多めでしっかり蒸された固めのプリンだ。蓋付きの陶器に入っていて砂糖多めで日持ちがするため、よく神殿に庶民が奉納しに来る。翌日にお下がりを貰いに来る小さな子供のいる家庭は多い。
皆の前で神人ジューアはプディングを添えられた木の匙で一気に食べた。
甘っ、とその麗しの美貌をちょっとだけ渋く歪めてから、空になった陶器の中を見せた。
底にはカラメルの残骸がちょっとだけ残っている。
「今ここにある現実は『プディングは食べられてしまった』だ。だけど諸君らはプディングを取り戻したいとする。元に戻したいのだ。そこで夢見の術を使う」
神人ジューアは魔術師フリーダヤを見た。
仕方ないなあって顔をしながら、フリーダヤは自分の額の周りに光るリング状の術式を出現させた。彼が開発した環なる術式だ。
その環の表面に指先でちょんと触れた次の瞬間、一気にマーゴットたちの意識が落ちた。
◇◇◇
「わかる? ここは夢の世界なの。夢の中に『ジューアがプディングを食べてしまう数分前』の仮想世界を作ったの」
神人ジューアは祭壇から小さな陶器の器を手に取った。
蓋を開けるとプディングはまだ入っている。
「さあ、このままだと私はまたプディングを食べてしまうわよ? 阻止してごらんなさい」
マーゴットたちが困惑していると、一緒に夢の中に入っていた魔術師フリーダヤの黒いローブ姿の女弟子が神人ジューアの白くたおやかな手からプディングを取り上げた。
「そう。それでいい。では、この『プディングを無事に取り戻した』夢の世界を現実に重ね合わせましょう」
『二つの世界をひとつにまとめた』
◇◇◇
ハッとなってマーゴットたちが意識を取り戻すと、神人ジューアが陶器の器を持って微笑んでいる。
皆の前で蓋を開けると、そこには食べ終えてカラメルが少し底に残っているだけのはずなのに、一口分も欠けずにプディングがそのまま詰まっていた。
「どう? わかった? これが夢見の術よ。上手くいけばプディングが元通りになったようにカーナが元通りになるわ」
さすがにシルヴィスも落ち着いていられなかった。傍らのマーゴットも期待にネオングリーンの瞳を輝かせている。
「古い時代には、それこそ世界を作った種族がいて、時間魔法は彼らの専売特許だったらしい。でも安易に過去や未来に移動すると、歴史が滅茶苦茶になってしまう。その管理を行えるほどの力量が、今の魔力使いたちにはないんだ」
「魔術師フリーダヤ様、あなたでも、ですか?」
この男は若い青年の姿で既に800年生きていて、魔力使いの世界を旧世代と新世代に分断するほど強烈なインパクトの術式をいくつか開発している。
代表的なのは環と呼ばれる、身体をくぐって周辺に現れる帯状のフラフープのような光の円環だ。環は術者本人の魔力だけでなく、協力する他者や外界と繋がって魔力調達を可能とする。
この環に紐付けて開発されたのが、異空間に物品を時間経過なしで保存できるアイテムボックス機能であり、空間転移術だった。
魔術師フリーダヤのこれらの業績を越える魔力使いは、少なくとも彼が歴史に現れた800年間にはいない。
「無理でもなんでも……何か、カーナ様を助けるお智慧はありませんか? あなたもカーナ様の友人の一人なのですよね?」
守護者カーナほどカレイド王国との縁はなかったが、マーゴットが自分たちの婚約パーティーに招いたら来てくれる程度の義理はあるのだ。
「カーナを助けるため、私はパートナーの聖女ロータスに声をかけたんだ。彼女は強力な回復魔法を使えるからね。でも拒否されたし、カレイド王国に来ることも断られた。どういう意味なのかなあって考えてたんだよね」
聖女ロータスは円環大陸のすべての国を順に回って聖女の恩恵をもたらす、魔術師フリーダヤと並ぶ800年級の魔力使いだ。
ただし例外として、人倫道徳の乱れたタイアド王国と、邪悪な魔力で穢れたカーナ王国だけが巡業のルートから外れている。
「そんな細かい話はどうでもいい! どれ、お前の考える時間魔法の術式を話してごらん」
神人ジューアに促されて魔術師フリーダヤは術式の構造を語っていったが、頷いているのはジューアと黒いローブ姿の女弟子だけで、マーゴットたちにはまったく意味がわからない。
だが、あらかた聴き終わったところで神人ジューアは皆を手招きして、祭壇前、カーナの棺の前に集まるよう言った。
「おいで、カレイド王国の子供たち。上手くいけばカーナは助かるかもしれない」
重大な話の前に、マーゴットはシルヴィスと相談してダイアン国王と宰相も神殿のこの場に呼んでもらうことにした。
二人の到着を待って、神人ジューアに話の続きをしてもらった。
「結論から言えば、時を戻す魔法はない。もう廃れて失われてしまったそうよ」
ただし、過去をやり直して修正するに等しい現象を起こす魔法はあるそうだ。
「夢見術の応用なのだそう。夢の中に仮想現実を作って、望みが実現した結果を作れたら、その時点で仮想現実を現実に統合する。すると現実が変わっていく」
と言われても、皆すぐには理解ができなかった。
「つまりだね、現実ではカーナが死にかけている。それとは別に夢の世界に『カーナが安全に生きている』現象を確立させてから現実と統合……」
「おやめ。お前の説明はどうもわかりづらい。簡単に説明するとね……」
魔術師フリーダヤの説明を遮って、神人ジューアは祭壇の供物の中から、女勇者ゆかりの蒸しプディングを手に取った。
卵多めでしっかり蒸された固めのプリンだ。蓋付きの陶器に入っていて砂糖多めで日持ちがするため、よく神殿に庶民が奉納しに来る。翌日にお下がりを貰いに来る小さな子供のいる家庭は多い。
皆の前で神人ジューアはプディングを添えられた木の匙で一気に食べた。
甘っ、とその麗しの美貌をちょっとだけ渋く歪めてから、空になった陶器の中を見せた。
底にはカラメルの残骸がちょっとだけ残っている。
「今ここにある現実は『プディングは食べられてしまった』だ。だけど諸君らはプディングを取り戻したいとする。元に戻したいのだ。そこで夢見の術を使う」
神人ジューアは魔術師フリーダヤを見た。
仕方ないなあって顔をしながら、フリーダヤは自分の額の周りに光るリング状の術式を出現させた。彼が開発した環なる術式だ。
その環の表面に指先でちょんと触れた次の瞬間、一気にマーゴットたちの意識が落ちた。
◇◇◇
「わかる? ここは夢の世界なの。夢の中に『ジューアがプディングを食べてしまう数分前』の仮想世界を作ったの」
神人ジューアは祭壇から小さな陶器の器を手に取った。
蓋を開けるとプディングはまだ入っている。
「さあ、このままだと私はまたプディングを食べてしまうわよ? 阻止してごらんなさい」
マーゴットたちが困惑していると、一緒に夢の中に入っていた魔術師フリーダヤの黒いローブ姿の女弟子が神人ジューアの白くたおやかな手からプディングを取り上げた。
「そう。それでいい。では、この『プディングを無事に取り戻した』夢の世界を現実に重ね合わせましょう」
『二つの世界をひとつにまとめた』
◇◇◇
ハッとなってマーゴットたちが意識を取り戻すと、神人ジューアが陶器の器を持って微笑んでいる。
皆の前で蓋を開けると、そこには食べ終えてカラメルが少し底に残っているだけのはずなのに、一口分も欠けずにプディングがそのまま詰まっていた。
「どう? わかった? これが夢見の術よ。上手くいけばプディングが元通りになったようにカーナが元通りになるわ」