《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
魔女メルセデスの正体
「そんな上手い話が」
あるわけない、と言おうとしたダイアン国王の言葉の先を魔術師フリーダヤが奪った。
「そう上手くいくわけがない。プディングを元通りにするには数分前の世界を作るだけで済んだけど、カーナの場合はバルカス王子に刺されたのはもう一ヶ月前だぞ?」
「いえ、待ってください。仮想世界は夢の中に作るんですよね? 夢とは空想と同じで何でも有りな世界だと思うのですが。一ヶ月前でも二ヶ月前でも、“設定”次第でいくらでも遡った仮想世界を作れるのでは?」
シルヴィスが冷静に指摘した。
神人ジューアはにんまりと麗しの顔で笑っている。
魔術師フリーダヤは困ったように彼女を睨んでいた。
「違うでしょう? フリーダヤ。誤魔化さないで真実をちゃんと教えておやりなさい」
そう言われて、諦めたように両肩をすくめて彼は白状した。
「シルヴィス君の言う通りだ。夢の中に仮想世界として作るだけならどんな時期、場所も作れる。だけどね、この術式が実用化できなかった最大の理由は、術の発動に必要な魔力が大量過ぎることなんだ」
「それは……わかります。こんな現実を書き換える魔法、本来ならありえないもの」
そこで、もう諦めたような表情の魔術師フリーダヤが夢見の術の詳細を教えてくれた。
「元は、願望実現のための魔法だったらしい。術の発動は慣れれば難しくない。でも古い時代のハイヒューマンたちならともかく、今の魔力使いたちじゃ夢の中で『これが夢だ』『自分たちは今、夢の仮想世界の中にいる』って認識を保てないんだよ。どうしても人間じゃ能力が足りないんだ」
「夢の中にいるって自覚できないとどうなるんです?」
薄々勘付いていたが、あえてマーゴットは尋ねてみた。
「夢の仮想世界から離脱できなくなる。ずーっと一つの同じ仮想世界の人生を繰り返しことになるんだ」
神人ジューアも補足した。
「仮想世界の中で、ここが夢だと自覚を持った上で、仮想世界と現実を統合するって意図が必要なの。夢の登場人物のままではその意図が持てないのよ」
「それは随分と……」
難易度が高い。
普通の夢でも、自分がいま夢の中にいる夢の登場人物だと気づくのは大変なことだろう。
「私もカーナには随分助けられて恩があるから、手助けしてあげる。最低でも夢から戻って来れるよう、現実世界で基点の役割をするわ」
「ジューア様が夢の世界に入っては下さらないのですか」
ダイアン国王の嘆願に神人ジューアは馬鹿にするように笑った。
「カレイド王国の子供たちよ。お前たちがカーナを傷つけたのだから、その身を削って償うのは当然ではないの?」
そう言われてしまうとマーゴットたちカレイド王国勢は何も言えなくなる。
あとは、夢見の術の発動に必要な魔力をどう調達するか。
「自分の魔力を使うと枯渇しかねない。国の宝物の中に魔石や希少金属、鉱物があれば転用すると良いわ」
そして神殿にはカレイド王国の国宝が山ほど集められた。
その中には始祖のハイエルフ由縁のもの、中興の祖の女勇者にまつわる物も含まれていた。
そしてバルカス王子がカーナを斬りつけた魚切り包丁もだ。
バルカス王子はまだ牢の中に入ったままだ。反省らしい反省は見せていないと聞く。
王妃が半狂乱になって牢から出そうとしているが、さすがに国王が止めて監視を強化していた。
「ここまで来てこんなこと言うのも悪いんだけどね。夢見の術は禁術のようなものだ。術の行使も一回や二回で済むとも思えない。申し訳ないけど私は遠慮させてもらうよ」
「えっ。ここまで準備したのに!?」
いくら何でもこのタイミングで言うか!? な魔術師フリーダヤに皆が呆気に取られた。空気読まないにも程がある!
弟子を連れて神殿を出て行こうとする彼を、当の弟子本人が引き留めた。
「師よ、私はここに残ります」
「後でロータスに怒られるのは君だよ?」
「覚悟の上です」
それ以上は弟子を引き止めず、そのまま魔術師フリーダヤは帰って行った。
「ええと、あなたは……?」
ずっと黒いローブをまとって、フードを深く被って顔を隠していた人物だ。
体型や声から女性であることはわかっていた。
魔術師フリーダヤが一番弟子だと言って連れてきていたから、身元だけは保証されている。
だがカーナが害された日から今日まで約一ヶ月、彼女は一度も素顔を見せていなかった。
「まだ自己紹介もしてませんでした。魔術師フリーダヤの一番弟子で後継者の魔女メルセデスです」
「後継者……」
あの魔術師のファミリーはトップメンバーが800年級魔力使いのためか、これまで後継者と目される人物はいないはずだった。
だがそんなことよりも皆を驚かせたのは、フードを取った彼女がマーゴットやダイアン国王と同じ、燃える炎のように鮮やかな赤毛だったことだ。
豊かな髪をアップにまとめた、色の白い三十代始めくらいの女性だ。首筋にかかる後れ毛が色っぽい。
瞳は鮮やかなエメラルド色だ。マーゴットの瞳のネオングリーンのような蛍光色ではなかったが、とても印象的な色をしている。
しかし、何よりカレイド王国勢を驚かせたことは。
「メルセデスって……」
「まさか、中興の祖のプディング女伯爵メルセデス!?」
よくよく見てみれば、王宮にある女勇者の肖像画と瓜二つだ。
「まさか、この時代まで生きておられたとは……」
ダイアン国王が呆然と呟き、後を継ぐようにシルヴィスが続けた。
「しかし、なぜこのタイミングで姿を現したのですか? 子孫の我々を救いに来て下さったのですか?」
だが魔女メルセデスは少しだけ困ったような顔で笑った。
「そうですね、協力はしましょう。でもカーナ様が無事に助かったら家宝の包丁を返してもらえませんか?」
聖剣の魚切り包丁は、かつて平民の主婦だった彼女の家に代々伝えられてきた台所用品だった。
けれど彼女が勇者に覚醒して聖剣と判明した後。
王家に預けていただけの包丁は、彼女が再婚した当時の国王から捨てられ追放されたときも奪われたまま、返されることがなかったという。
あるわけない、と言おうとしたダイアン国王の言葉の先を魔術師フリーダヤが奪った。
「そう上手くいくわけがない。プディングを元通りにするには数分前の世界を作るだけで済んだけど、カーナの場合はバルカス王子に刺されたのはもう一ヶ月前だぞ?」
「いえ、待ってください。仮想世界は夢の中に作るんですよね? 夢とは空想と同じで何でも有りな世界だと思うのですが。一ヶ月前でも二ヶ月前でも、“設定”次第でいくらでも遡った仮想世界を作れるのでは?」
シルヴィスが冷静に指摘した。
神人ジューアはにんまりと麗しの顔で笑っている。
魔術師フリーダヤは困ったように彼女を睨んでいた。
「違うでしょう? フリーダヤ。誤魔化さないで真実をちゃんと教えておやりなさい」
そう言われて、諦めたように両肩をすくめて彼は白状した。
「シルヴィス君の言う通りだ。夢の中に仮想世界として作るだけならどんな時期、場所も作れる。だけどね、この術式が実用化できなかった最大の理由は、術の発動に必要な魔力が大量過ぎることなんだ」
「それは……わかります。こんな現実を書き換える魔法、本来ならありえないもの」
そこで、もう諦めたような表情の魔術師フリーダヤが夢見の術の詳細を教えてくれた。
「元は、願望実現のための魔法だったらしい。術の発動は慣れれば難しくない。でも古い時代のハイヒューマンたちならともかく、今の魔力使いたちじゃ夢の中で『これが夢だ』『自分たちは今、夢の仮想世界の中にいる』って認識を保てないんだよ。どうしても人間じゃ能力が足りないんだ」
「夢の中にいるって自覚できないとどうなるんです?」
薄々勘付いていたが、あえてマーゴットは尋ねてみた。
「夢の仮想世界から離脱できなくなる。ずーっと一つの同じ仮想世界の人生を繰り返しことになるんだ」
神人ジューアも補足した。
「仮想世界の中で、ここが夢だと自覚を持った上で、仮想世界と現実を統合するって意図が必要なの。夢の登場人物のままではその意図が持てないのよ」
「それは随分と……」
難易度が高い。
普通の夢でも、自分がいま夢の中にいる夢の登場人物だと気づくのは大変なことだろう。
「私もカーナには随分助けられて恩があるから、手助けしてあげる。最低でも夢から戻って来れるよう、現実世界で基点の役割をするわ」
「ジューア様が夢の世界に入っては下さらないのですか」
ダイアン国王の嘆願に神人ジューアは馬鹿にするように笑った。
「カレイド王国の子供たちよ。お前たちがカーナを傷つけたのだから、その身を削って償うのは当然ではないの?」
そう言われてしまうとマーゴットたちカレイド王国勢は何も言えなくなる。
あとは、夢見の術の発動に必要な魔力をどう調達するか。
「自分の魔力を使うと枯渇しかねない。国の宝物の中に魔石や希少金属、鉱物があれば転用すると良いわ」
そして神殿にはカレイド王国の国宝が山ほど集められた。
その中には始祖のハイエルフ由縁のもの、中興の祖の女勇者にまつわる物も含まれていた。
そしてバルカス王子がカーナを斬りつけた魚切り包丁もだ。
バルカス王子はまだ牢の中に入ったままだ。反省らしい反省は見せていないと聞く。
王妃が半狂乱になって牢から出そうとしているが、さすがに国王が止めて監視を強化していた。
「ここまで来てこんなこと言うのも悪いんだけどね。夢見の術は禁術のようなものだ。術の行使も一回や二回で済むとも思えない。申し訳ないけど私は遠慮させてもらうよ」
「えっ。ここまで準備したのに!?」
いくら何でもこのタイミングで言うか!? な魔術師フリーダヤに皆が呆気に取られた。空気読まないにも程がある!
弟子を連れて神殿を出て行こうとする彼を、当の弟子本人が引き留めた。
「師よ、私はここに残ります」
「後でロータスに怒られるのは君だよ?」
「覚悟の上です」
それ以上は弟子を引き止めず、そのまま魔術師フリーダヤは帰って行った。
「ええと、あなたは……?」
ずっと黒いローブをまとって、フードを深く被って顔を隠していた人物だ。
体型や声から女性であることはわかっていた。
魔術師フリーダヤが一番弟子だと言って連れてきていたから、身元だけは保証されている。
だがカーナが害された日から今日まで約一ヶ月、彼女は一度も素顔を見せていなかった。
「まだ自己紹介もしてませんでした。魔術師フリーダヤの一番弟子で後継者の魔女メルセデスです」
「後継者……」
あの魔術師のファミリーはトップメンバーが800年級魔力使いのためか、これまで後継者と目される人物はいないはずだった。
だがそんなことよりも皆を驚かせたのは、フードを取った彼女がマーゴットやダイアン国王と同じ、燃える炎のように鮮やかな赤毛だったことだ。
豊かな髪をアップにまとめた、色の白い三十代始めくらいの女性だ。首筋にかかる後れ毛が色っぽい。
瞳は鮮やかなエメラルド色だ。マーゴットの瞳のネオングリーンのような蛍光色ではなかったが、とても印象的な色をしている。
しかし、何よりカレイド王国勢を驚かせたことは。
「メルセデスって……」
「まさか、中興の祖のプディング女伯爵メルセデス!?」
よくよく見てみれば、王宮にある女勇者の肖像画と瓜二つだ。
「まさか、この時代まで生きておられたとは……」
ダイアン国王が呆然と呟き、後を継ぐようにシルヴィスが続けた。
「しかし、なぜこのタイミングで姿を現したのですか? 子孫の我々を救いに来て下さったのですか?」
だが魔女メルセデスは少しだけ困ったような顔で笑った。
「そうですね、協力はしましょう。でもカーナ様が無事に助かったら家宝の包丁を返してもらえませんか?」
聖剣の魚切り包丁は、かつて平民の主婦だった彼女の家に代々伝えられてきた台所用品だった。
けれど彼女が勇者に覚醒して聖剣と判明した後。
王家に預けていただけの包丁は、彼女が再婚した当時の国王から捨てられ追放されたときも奪われたまま、返されることがなかったという。