《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます
復活した守護者とお茶とトフィーキャンディ
夕方より早い時間に、昨日と同じようにルシウス少年がカーナを返しに来た。
無造作に首元のバンダナを外し、細い蛇体のカーナを掴んで差し出されたので、マーゴットはおっかなびっくりバンダナごと受け取った。
「あら。朝見たときより大きくなってるわね?」
「もう大丈夫だとおもいます! あとはまた、ぶどう酒を飲ませてあげてね!」
と傍らの兄カイルを見上げる。カイルは頷いて、持っていた包みをマーゴットに渡した。
ずっしり重い。ぶどう酒の瓶3本と、何か菓子の袋が入っている。
「街で買った安物で申し訳ないんですが、ぶどう酒と、トフィーキャンディです」
「キャンディ、ナッツ入りなの! おいしいよ!」
包み越しでもわかるぐらい、中身がルシウス少年のネオンブルーの魔力を帯びている。
また以前貰った物と同じように魔力を込めてくれたようだ。
「そういえば包丁を浄化してくれたお礼をまだしてなかったわね。昼間会った後、ご希望のチョコレートを手配してきたの。明日届けてくれるそうでね、ご予定は如何?」
「あしたは僕、おやすみ!」
「オレもまだ学園は休校です。明日は一日、騎士団内にいる予定です」
ならば明日、チョコレートが王宮に届き次第、騎士団の寮に兄弟を訪ねる約束をした。
特に先触れなどは不要なので、直接寮の管理人室で呼び出してくれれば良いとのこと。
「またねー!」
お兄ちゃんと手を繋いだまま、元気いっぱいにもう片方の腕をぶんぶん振って、ルシウスは騎士団寮へ戻っていった。
さて受け取ったカーナはといえば。
「カーナ、大丈夫?」
「だ、だいじょ……ぶ……」
バンダナを開いてみると、小型で細っこい黄金龍がふるふると震えている。
彼本来の虹色を帯びた真珠色の魔力に、ルシウス少年のネオンブルーの魔力が混ざっていた。
と思ったら、その場で人型に戻った。
見慣れた黒髪と琥珀の瞳の優美な青年の姿だ。
その場で立ち上がり、目眩を振り払うように頭を振って、ようやく一息ついたようだ。
「うん。もう大丈夫。しかしまあ、他人の魔力で魔力酔いなんて久し振りだよ、きつかったー」
グレイシア王女は用事があると言って夕食の時間まで席を外すそうで、夜までマーゴットたちは時間を潰すことになった。
大地震の影響で、予定していたお茶会などもいくつか潰れてしまって、ぽつぽつと空き時間がある。
気を利かせた王宮の侍女が、庭園のあずまやでのティータイムを提案してくれたので、乗ることにする。
まだ陽が落ちるまで時間があり、風もないから過ごしやすいそうだ。
今のアケロニア王家は、800年前に堕落した前王家をグレイシア王女らの先祖が打ち倒してできた新王朝だ。
元は古い時代の勇者の血を引く伯爵家だったそうだが、国民を生贄にする邪法に手を染めた前王家を倒すときに当主自身が勇者に覚醒したと伝わっている。
今の王家は質実剛健で知られていて、過度の贅沢さはなかったが、庭園の薔薇園は素晴らしかった。
唯一の王女グレイシアが赤色を好むので、真紅の薔薇を中心に華やかに庭園を彩り、芳香が漂っている。
「ハーフエルフに夢見の話を聞いてきたんだろ? どうだった?」
「そういうカーナこそどうなの?」
「最初の夢見までは思い出したよ。でも意識がないときに夢の中に放り込まれたせいか、本当の現実のことがなかなか思い出せないんだ」
それから、ルシウス少年に貰ったナッツのトフィーキャンディを摘まみながら、情報交換した。
カーナが言うには、夢見の術は彼の母方の一角獣人族の秘術だったそうだ。
ただし、マーゴットたちが使った「望みを現実に反映させる」手法は、千里眼の持ち主が術者でないと正確な結果を出せない。
「うん。それはエルフィン学園長も言ってたわ」
「もう並行世界のすべての可能性まで見通せる千里眼持ちは円環大陸に存在しない。オレの生まれた時代でもいなかった」
となると、数万、数十万年単位で既に失われているわけだ。
「オレ自身、伴侶や子供の喪失を取り戻そうとして夢見の術を用いた過去があるけど使いこなせなかった」
「……そうなの」
多少は現実が改善するが、例えば死者を復活させるほどの効果は出せなかったという。
「ただ、夢見には効果的な利用方法があったんだ」
カーナはマーゴットがハーフエルフの学園長から教えてもらった内容の、更に詳細を語った。
夢の世界は人間の無意識の世界で、数多の並行世界とリンクする扉になっている。
夢見を行うと、人間が日頃、無意識に押し込めて抑圧していた様々な問題に自覚をもたらし、整理が可能となる。
結果、心の問題を癒やし、現実の自分が本来あるべき天命を全うする大きな手助けになることを知った。
後にエルフ族にこの話を伝えたところ、彼らは夢見を心の病の治癒術として確立させている。
「カーナは何を抑圧してたの、って訊いてもいい?」
躊躇いがちに確認すると、この優美な青年は苦笑して両肩をすくめた。
「オレは古い時代に伴侶や子供、国や故郷まで失ったことをなかなか受け入れられなかった。あまりにも辛かったから、向き合えるときが来るまで無意識の中に押し込めてたんだ」
500年前、カレイド王国にカーナ王国から死んだはずの息子の魚人の、その魔力の一部が襲来したとき、突然のことでその封印が解けかけてしまった。
守護者でありながら対処できず醜態を晒していたら、当時の女勇者メルセデスにビンタを食らってしまった。
「ビンタって」
「あれは情けなかったな……さすがに当時の王家に、記録に残さないよう頼んじゃった」
無造作に首元のバンダナを外し、細い蛇体のカーナを掴んで差し出されたので、マーゴットはおっかなびっくりバンダナごと受け取った。
「あら。朝見たときより大きくなってるわね?」
「もう大丈夫だとおもいます! あとはまた、ぶどう酒を飲ませてあげてね!」
と傍らの兄カイルを見上げる。カイルは頷いて、持っていた包みをマーゴットに渡した。
ずっしり重い。ぶどう酒の瓶3本と、何か菓子の袋が入っている。
「街で買った安物で申し訳ないんですが、ぶどう酒と、トフィーキャンディです」
「キャンディ、ナッツ入りなの! おいしいよ!」
包み越しでもわかるぐらい、中身がルシウス少年のネオンブルーの魔力を帯びている。
また以前貰った物と同じように魔力を込めてくれたようだ。
「そういえば包丁を浄化してくれたお礼をまだしてなかったわね。昼間会った後、ご希望のチョコレートを手配してきたの。明日届けてくれるそうでね、ご予定は如何?」
「あしたは僕、おやすみ!」
「オレもまだ学園は休校です。明日は一日、騎士団内にいる予定です」
ならば明日、チョコレートが王宮に届き次第、騎士団の寮に兄弟を訪ねる約束をした。
特に先触れなどは不要なので、直接寮の管理人室で呼び出してくれれば良いとのこと。
「またねー!」
お兄ちゃんと手を繋いだまま、元気いっぱいにもう片方の腕をぶんぶん振って、ルシウスは騎士団寮へ戻っていった。
さて受け取ったカーナはといえば。
「カーナ、大丈夫?」
「だ、だいじょ……ぶ……」
バンダナを開いてみると、小型で細っこい黄金龍がふるふると震えている。
彼本来の虹色を帯びた真珠色の魔力に、ルシウス少年のネオンブルーの魔力が混ざっていた。
と思ったら、その場で人型に戻った。
見慣れた黒髪と琥珀の瞳の優美な青年の姿だ。
その場で立ち上がり、目眩を振り払うように頭を振って、ようやく一息ついたようだ。
「うん。もう大丈夫。しかしまあ、他人の魔力で魔力酔いなんて久し振りだよ、きつかったー」
グレイシア王女は用事があると言って夕食の時間まで席を外すそうで、夜までマーゴットたちは時間を潰すことになった。
大地震の影響で、予定していたお茶会などもいくつか潰れてしまって、ぽつぽつと空き時間がある。
気を利かせた王宮の侍女が、庭園のあずまやでのティータイムを提案してくれたので、乗ることにする。
まだ陽が落ちるまで時間があり、風もないから過ごしやすいそうだ。
今のアケロニア王家は、800年前に堕落した前王家をグレイシア王女らの先祖が打ち倒してできた新王朝だ。
元は古い時代の勇者の血を引く伯爵家だったそうだが、国民を生贄にする邪法に手を染めた前王家を倒すときに当主自身が勇者に覚醒したと伝わっている。
今の王家は質実剛健で知られていて、過度の贅沢さはなかったが、庭園の薔薇園は素晴らしかった。
唯一の王女グレイシアが赤色を好むので、真紅の薔薇を中心に華やかに庭園を彩り、芳香が漂っている。
「ハーフエルフに夢見の話を聞いてきたんだろ? どうだった?」
「そういうカーナこそどうなの?」
「最初の夢見までは思い出したよ。でも意識がないときに夢の中に放り込まれたせいか、本当の現実のことがなかなか思い出せないんだ」
それから、ルシウス少年に貰ったナッツのトフィーキャンディを摘まみながら、情報交換した。
カーナが言うには、夢見の術は彼の母方の一角獣人族の秘術だったそうだ。
ただし、マーゴットたちが使った「望みを現実に反映させる」手法は、千里眼の持ち主が術者でないと正確な結果を出せない。
「うん。それはエルフィン学園長も言ってたわ」
「もう並行世界のすべての可能性まで見通せる千里眼持ちは円環大陸に存在しない。オレの生まれた時代でもいなかった」
となると、数万、数十万年単位で既に失われているわけだ。
「オレ自身、伴侶や子供の喪失を取り戻そうとして夢見の術を用いた過去があるけど使いこなせなかった」
「……そうなの」
多少は現実が改善するが、例えば死者を復活させるほどの効果は出せなかったという。
「ただ、夢見には効果的な利用方法があったんだ」
カーナはマーゴットがハーフエルフの学園長から教えてもらった内容の、更に詳細を語った。
夢の世界は人間の無意識の世界で、数多の並行世界とリンクする扉になっている。
夢見を行うと、人間が日頃、無意識に押し込めて抑圧していた様々な問題に自覚をもたらし、整理が可能となる。
結果、心の問題を癒やし、現実の自分が本来あるべき天命を全うする大きな手助けになることを知った。
後にエルフ族にこの話を伝えたところ、彼らは夢見を心の病の治癒術として確立させている。
「カーナは何を抑圧してたの、って訊いてもいい?」
躊躇いがちに確認すると、この優美な青年は苦笑して両肩をすくめた。
「オレは古い時代に伴侶や子供、国や故郷まで失ったことをなかなか受け入れられなかった。あまりにも辛かったから、向き合えるときが来るまで無意識の中に押し込めてたんだ」
500年前、カレイド王国にカーナ王国から死んだはずの息子の魚人の、その魔力の一部が襲来したとき、突然のことでその封印が解けかけてしまった。
守護者でありながら対処できず醜態を晒していたら、当時の女勇者メルセデスにビンタを食らってしまった。
「ビンタって」
「あれは情けなかったな……さすがに当時の王家に、記録に残さないよう頼んじゃった」