《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

絶望と暴力の一回目ループ、終わる




◇◇◇



 コントロールできない力によってループを繰り返しているとはいえ、マーゴットとて手をこまねいていたわけではない。

 既に両親のいないマーゴットが頼れる相手は数少なかった。

 特に、時間を巻き戻したループ現象となると、友人たちに話しても理解が得られるとは思えない。

 そこでマーゴットが何回目かのループを経て頼ったのは、王都にある神殿だった。
 この世界で、日常的な苦悩の相談は教会だが、神殿は世界の摂理を探究する機関だ。
 神官たちの中にはマーゴットと同じ始祖や中興の祖の女勇者の末裔も多い。

「神官様にご相談がありまして」

 事情を説明すると、担当してくれた神官は信じるとも信じないとも言わずに、

「オズ公爵令嬢。守護者の託宣をお待ちください」

 と短く言って、白い石造りの神殿内の祭壇で護摩の炎を燃やして祈祷を始めた。
 護摩壇は組み木の上に段々になった逆ピラミッド型の炉が据えられている。大きさは、幅は大人の男が両手を広げたぐらい、高さは胸元の下辺り。

 護摩壇に神官が木片や樟脳など様々なものを焚べていく。
 そして最後に樹脂香という香木から採れる樹脂の香料の塊を焚べたとき、一際大きな炎が宙に踊り出した。

「龍……」

 神官に促されてマーゴットは護摩壇の前に立った。
 護摩壇を中心に、大きな炎の帯が龍の蛇体のように浮かび上がっている。



『カレイド王国の正統なる後継者よ。我を呼んだか』

 厳かな声がマーゴットの脳内に直接語りかけてくる。

「はい。守護者様。マーゴット・オズでございます」

 制服のスカートを摘まんでカーテシーをした。

『話はこの祭壇を通して聞いていた。人生をループしているとは誠か?』

「……はい。もう何度繰り返したか覚えてないほどです」

 改めてマーゴットは炎の龍の形を取った国の守護者に、これまでの経緯を説明していった。

『あのバルカスが、そんなことを』

 気づくと目の前には、人型になった炎が立っている。
 よく見ると、炎の中に黒髪の優美な面立ちの青年の姿が見える。

 カレイド王国の守護者カーナ。
 この世界で神人とも呼ばれる数少ないハイヒューマンの一人だ。
 本来別の地域を守護する者だが、この国の建国期に始祖のハイエルフに協力した縁で、カレイド王国でも守護者として崇められている。

 幼い頃は、こうして神殿の炎など通さず直接生身でカレイド王国までやって来て、マーゴットやバルカスと遊んでくれたものだった。



 儀式に則った格式張ったやりとりはここまでだ。
 あとはもう、旧知の友と語り合うだけ。

『マーゴット。血筋順位一位の君を、始祖の瞳が失いたくなかったのだろう。ループの原因は恐らくその双眼だ』
「……私もそう思うわ」

 ただネオングリーンに光っているだけではない。
 マーゴットの鮮やかな緑色の瞳は、始祖のハイエルフが持っていたものと同じと言われていた。
 そしてこの瞳は、カレイド王国では一世代に一人にしか現れない。
 だから特別なのだ。血筋順位一位というだけでなく、マーゴットが次期女王に定められた最も大きな理由である。

『もしまたループするようなことがあれば、目を守るように』



 守護者カーナの助言を得て、更にそれから数回、マーゴットはループを繰り返した。

 そして、それ以降は毎回、神殿に詣でて神官に協力を要請し、守護者カーナの助言を求めた。
 残念なことにいつも眼球はバルカス王子によって抉られ、守り通すことができなかったからだ。

 最終的に守護者カーナは、マーゴットの瞳に加護を授けると言ってくれた。そして。

『片目だけでも守りきれば、ループから抜け出す端緒が開けるだろう』

 そう言って、彼は両眼に加護を授けてくれた。

 この加護が効いたのだろう。
 そのループ人生でマーゴットはバルカス王子から抉られた眼球は右目だけで済んだ。

 もっとも、その後殴られ殺害されてしまったことは、これまでのループと同じだったけれども。



 卒業式の会場で、冤罪で婚約破棄を突きつけられ、激昂したバルカスに片目を抉られ殴られた後。

 死の直前でマーゴットは守護者カーナの声を聞いた。


『マーゴット。君はとても思いやり深い女性だ。だが、バルカスに対してはもっと毅然と立ち向かうべきだった』


 ふわ、と残された片目のあたりから柔らかく涼しい清冽な魔力がマーゴットの額を覆うのがわかった。


『情に振り回されないよう、冷徹さの祝福を与えよう。次の人生では冷静に立ち回ることができるように』



 それが、同じ人生の出来事を繰り返す一回目のループ展開の終わりだった。

 マーゴットは何十回と繰り返していた最初のループから、ようやく抜け出すことができたのだ。

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