赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
「将周さんは格式ある五百里家の一人息子よ。五百里家は古くは公家を先祖に持って、戦国時代には武士に転身して数々の功績を上げて、江戸幕府では影の実力者と言われて、明治政府からも一目置かれていたのよ!」
「存じております」
「あなたなんか、将周さんにふさわしくないわ!」
「それを決めるのは将周さんです」
 愛姫はさらにキーっと感情を高ぶらせた。
「成金のくせに! あんたなんかトージーコーナーやシャトレーナのケーキでも食べて喜んでればいいのよ!」
 愛姫の大きな声が響き、周囲の人が一斉に二人を見た。
 なかにはトージーコーナーの社長夫妻、シャトレーナの社長夫妻がいる。
 千枝華はひきつった笑顔で会釈した。
「トージーコーナーもシャトレーナもおいしくて私は好きです」
「貧乏舌ね!」
 気付いていない愛姫は勝ち誇ったように千枝華を罵る。社長たちは顔をしかめて二人を見ている。
「先に将周さんに出会っていたら、私が婚約者だったのよ!」
 愛姫は構う様子もなく叫ぶ。
 将周は少し離れた場所にいて、この騒ぎに気が付いてはいない。
「どうしたのですか、お嬢様方」
 一人の男性が割って入った。
 ダークグレーの落ち着いたスーツの男性だった。30歳ほどだろうか。柔らかな栗色の髪はふんわりとセンターでわけられていた。優し気な笑顔で二人を見る。
「私の婚約者がいかに素敵か、教えて頂いてました」
 千枝華は笑顔のまま答える。
 ほっとした。他人の目がすぐ近くにあれば愛姫も自重してくれるだろうと思った、のだが。
「よく言うわ! 図々しい!」
 愛姫は手に持ったグラスを千枝華に向ける。
 千枝華はとっさに目をつぶり、両腕で自分をかばう。
 が、予想したしぶきはいっこうに訪れず、周囲から軽い悲鳴が上がった。
「落ち着いて」
 愛姫をなだめる声がして、千枝華はそっと目をあける。
 男性の大きな背中が視界いっぱいにあった。
「大丈夫?」
 振り返った男性は微笑して千枝華を見る。
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