赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
「はい……」
 千枝華の目は男性のスーツにくぎ付けになった。
 彼のスーツは愛姫がかけたワインで濡れそぼっていた。
「わ、私……こんなつもりは……」
 愛姫がうろたえている。
「こちらへ」
「え?」
「早く、このまま注目を浴びていたくなければ」
 気が付けば周りの人たちは三人をじっと見つめていた。
 男性は千枝華の肩を抱き、さっと会場の外へ連れ出した。
 廊下は人気がなく閑散としていた。
「大丈夫?」
 男性が優しく声をかけてくれる。
「大丈夫です。すみません、私のせいで。失礼します」
 千枝華はパーティーバッグからハンカチをだして男性のスーツを拭いた。
 この程度では意味はないのかもしれないが、そのままにはできなかった。
「優しいね。さっきも、からまれていたのにご令嬢をかばった」
 彼はそっと千枝華の手を取る。
「かばったわけではありません」
 千枝華は彼の手をほどこうとする。が、彼は手を離してくれない。
「意外に気が強いんだね」
 彼はくすくすと笑った。
「優木千枝華さん。ユウキテクノロジーズ株式会社のお嬢さんでしょう?」
「そうですけど……」
「ご父君は素晴らしい方だ。一代で大企業に育て上げた」
「ありがとうございます。……手を離していただけませんか」
「嫌だ、と言ったら?」
 いたずらっぽく言う彼に、千枝華は微笑を返す。
「人を呼びます」
「それは困るなあ」
 彼は苦笑して手を離した。
「君とはもっと仲良くなりたいな」
「私と仲良くなってもメリットはありませんよ」
 急成長した会社の社長の娘だということで近付いてくる人は男女問わずいた。
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