赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
 将周が千枝華の手を握る。
 千枝華は将周に寄りかかった。
 実際のところ、愛姫の「彼にふさわしくない」という言葉に千枝華の心はえぐられていた。
 父のことは誇っている。成金などと言われても平気だ。
 だが、仕事のできる父と違って自分はまったく普通の人間だ。優秀な跡取りである将周の隣に立っていても良いのか、常に不安がつきまとう。
「早く本社に戻りたいな」
 将周が高校を卒業するころにはもう二人は婚約していた。
 将周が一人前になるまでは、と彼の親に言われて結婚は先延ばしになっている。だから結婚は少なくとも本社に戻ってからということになる。
 彼は今、都内の会社近くに部屋を借りて一人暮らしをしている。千枝華はまだそこに招かれたことは一度もなかった。
「まだ無理そうなの?」
「親父の気分次第だ。ご機嫌とろうと思って仕事の企画を出したら「自分でやってみろ」って言われてしまったよ。やらざるを得ないからこれまで以上に忙しくなる。ごめん」
「無理しないでね」
「千枝華は優しいな」
 将周は微笑んで千枝華を見た。
「内緒にしてたけど、実家で綾瀬から習って免許を取ったんだ。また一緒に紅葉を見に行こう。今度は寒い思いをさせないから」
 千枝華は首を傾げた。車の免許はアメリカ留学中に取ったと言っていた。日本の免許に切り替えていたはずだが、知らないうちに失効していたのだろうか。彼の家の敷地は広大だから、運転手の綾瀬と車の練習をするくらい造作もないだろうが。
「予定を確認しておくわ」
 千枝華が答えると、将周は微笑した。
「将周さんは明日は仕事なの?」
「家の——五百里のほうのつきあいでゴルフ。千枝華は?」
「水曜日にピアノの先生の都合でお休みだったから、振りかえなの」
 成金だからと言われないようにするためなのか、父は千枝華が高校生のときからたくさんの習い事をさせている。今は仕事が終わってから通っている。月曜着は華道、火曜日は茶道、水曜日はピアノ、木曜日は英会話、金曜日は料理教室だ。土日には基本的にはないが復習やピアノの練習などでつぶれることもある。
「お嬢様は大変だな。無理しないでね」
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