赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
「ありがとう」
 習い事を減らしたいとは思っている。だがその決心はつかない。続けることで少しでも将周にふさわしくなれるのではないか、と期待してしまっている。
「ピアノはいまだに子供に交じってやってるの。恥ずかしいわ」
「でも弾けたほうが将来子供ができたときにいいんじゃない?」
 千枝華はどきっとした。
 二人はまだそういう関係になっていない。
 一度そうなりかけたことがあったが千枝華が怖がってしまい、それ以来将周はキス以上をしなくなった。部屋に招かれないのもそれが原因だと千枝華は思っている。
「あくまで将来のことだから!」
 慌てて将周が付け足す。
 千枝華は赤くなってうつむき、つないだ手にぎゅっと力をこめた。

***

 読んだよ、と図書室で再会した将周は言った。
「いかがでした?」
「おもしろかったよ! 感想を言いたいけどネタバレになるから我慢してる」
 図書室はあいかわらず人がいなかった。
 御曹司やお嬢様が通うこの学校では欲しい本はすぐに買う人たちばかりで、図書室など見向きもされない。
 返却手続きをして、続けて自分が借りるために貸し出し手続きをする。
「どれくらいで読み終わる?」
「習い事もあるから……三日くらいです」
「感想を聞かせて。今度いつ図書室に来る?」
「月曜日に来ます」
 本当は毎日のように図書室に来ているのだが、ついそう言っていた。
「じゃ、また月曜日に」
 彼はそう言って去っていった。
 どきどきしながら返却された本をめくる。
 と、中にメモが入っていた。
 思わず本を閉じた。
 心臓が先ほどよりも大きく高鳴っていた。
 そうっとまた本をめくると、やっぱりメモはあって、彼の名前と電話番号とともに「早く感想が聞きたいな」と書き添えられていた。
 千枝華はメモを胸に抱きしめた。
 窓からはやわらかい光が差し込んでいた。
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