秘密


 初めて心の秘密を読み取れない人がいることを知った。
 彼は非常に柔和な笑みを浮かべていて、固まった私に「どうかした?」と問いかけた。

 本当に一瞬、彼から物を借りるときに触れてしまったただの不慮な事故になるはずだった。
 講義中にピンクのラインマーカーを貸してと言ったのも私で、彼は素直に貸してくれただけだ。私は「あぁ」や「えっと」など、言葉にもならないようなことを言って相手を困らすくらいには動揺した。どうしてもそんな中学生みたいに自意識過剰になってしまった。


 彼は赤く染まっていく私の顔に、同じく緊張とほんの少しの期待を混めて内緒話をするくらい小さな声で「俺の事好きなの」と聞いた。胸を押さえながら、正直に言う。


「なんだか、今、急に意識してしまって」
「え、なんで?」

 彼は素っ頓狂な声を上げた。わかる。本当にそう。

「わかる。だから、わかんない。私もわかんない」
「えぇ…?俺の手がフェチとか?」


 彼は色々と質問してきて、私は全部はぐらかした。
 高鳴った胸は止めることができないまま、私の脳内に少しだけあった理性が理由を教えてくれた。


 他人に触れると、相手の持っている秘密を知ってしまう。
 知ることができないから興味を持ってしまったんだと。
 崖橋葵を知りたいと思ってしまったんだと脳のどこかで囁かれたのだ。
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