魔女に呪われた少女と、美しい支配人と
ロゼッタたちが『ギャラリー・バルバート』から出てくると、集まっていた人だかりから歓声が上がった。
ダンテは黒霧の魔女が封じ込められた絵画を掲げ、ぐるりと観衆たちを見回す。
従業員に騎士たち、そしてバルバート家の使用人に、馴染みの蒐集家や、工房の職人たちや魔導士の姿もある。
みんなダンテを見守っており、彼の言葉を待っている。
注目されている中、ダンテはしなやかな所作で礼をとった。
「みなさん、お力を貸していただき、本当にありがとうございました。おかげで黒霧の魔女から大切な娘を守ることができました」
続いて絵画をリベリオに託すと、従業員や王国騎士団、そしてロランディ家の騎士たち1人1人にお礼の言葉をかけた。ロゼッタを伴って、次から次へと話しかけていく。
すると蒐集家や工房の職人たちも集まってダンテを取り囲み、労いの言葉をかけてくれる。ロゼッタの知っている人も知らない人もみな、微笑んでダンテと言葉を交わした。
ロゼッタはダンテと彼らの表情を交互に見た。ダンテの無事を喜んでいるのが、言葉からも表情からも伝わってくるのだ。
(みんなダンテのこと、好きなんだわ)
いつも自信に満ちた表情で人を魅了し、人に囲まれ、頼りにされているダンテ。
改めてその姿が眩しく思えた。
「わたくしも支配人になれたら、いいな」
ぽそりと口にした言葉をダンテは聞き逃さなかった。ひょいと抱き上げて目線を合わせる。
「ロゼッタ? もう一回言ってみろ」
「ダンテみたいな支配人になれたら、いいなと思いましたの」
「なんで?」
「……カッコいいから、ですわ」
まごまごと言うロゼッタを、ダンテはポカンと口を開けたまま凝視した。聞き間違えではなかったか、と呟くと彼は唇の端を持ち上げた。
「ほほう、嬉しいことを言ってくれる」
他の誰でもない、ロゼッタにそう言ってもらえたのが嬉しかった。自分が父親の姿に憧れたように、ロゼッタもまた自分の背を見てくれているのだと、そうわかるとこの上なく弾んだ声になる。いつものように揚げ足をとるのも忘れて、ロゼッタの額に自分の額をコツンとぶつけた。
「一人前の支配人にしてやる。このダンテ様が直々に教えてやるんだ。ロゼッタは世界一の支配人になるさ」
上機嫌のダンテが頬にいくつものキスを落としてくるものだから、ロゼッタはくすぐったくなって笑い声を上げた。
「ロゼッタ、家に帰ろう」
「ええ。みんな待っていますわ」
帰る家がある。
一緒に帰る家族がいる。
待ってくれている人々がいる。
そして少しずつだが、この街の人々との間にも繋がりが生まれてきている。
もう自分はひとちぼっちのみなしごなんかじゃない。老舗オークションハウスの支配人ダンテ・バルバートのただ一人の娘として、居場所を与えられたのだ。
その一つ一つが嬉しくて、ロゼッタはダンテに微笑みかけた。
どうにかして彼に、この喜びを伝えたかったから。
◇
主人とその娘が帰ってきたバルバート家の邸宅は、歓喜の声で包まれた。
またもや大勢の人間に囲まれて彼らに労いの声をかけることとなり、さすがにロゼッタは疲れ切ってしまった。
ダンテの服をギュッと握って眠気に耐えていたが、いつの間にか意識が薄れてゆき、夢の世界へと誘われていった。
そのままダンテはロゼッタを寝室に連れて行った。彼はベッドの縁に腰を下ろすと月明かりに照らされる少女をただじっと見つめる。
寝息を立てている少女の輪郭を眼差しでなぞり、顔を顰めた。
穏やかな沈黙が包む室内で、誰に向かって言うともなく、呟く。
「ローゼを失った悲しみを埋めたくてお前を家族に迎えた罪は、これからも償い続ける」
依然としてロゼッタの中にローゼの片鱗を見つけてしまうことに苛まれていた。きっとこれから、成長していくロゼッタは、はますます彼女に似るのだろう。そんな予感がしてやまないのだ。
ただ今は、どんなに姿が似ようと、ロゼッタをロゼッタとして愛することができる自信がある。
今日に至るまで彼女と送ってきた日々が、その気持ちを育ててくれた。
それに彼女の善き父親でありたいという、夢が支えてくれるだろうから。
ダンテはロゼッタの髪を自分の指に絡ませる。薔薇のような色の美しい髪を額に当てて、請うように呟いた。
「ロゼッタ、俺は、お前の父親でいたい」
そっと指から髪を解き、ロゼッタの頬に顔を近づけていると、扉がバンっと音を立てて勢いよく開いた。外で見張っていたブルーノがいつまで経ってもダンテが出てこないのに痺れを切らして開けたのだ。
廊下の明かりがベッドまで一直線に届いてダンテを照らす。
光の先から現れたブルーノはいつもと変わらない無表情だが、どことなく機嫌が悪いのが伝わってくる。
「旦那様、長居しすぎです」
「おいっ! ブルーノてめぇ扉は静かに開けろ! ロゼッタが起きるだろ!」
ダンテは小声で諫めたがブルーノはどこ吹く風といった調子で取り合おうとしない。そのままダンテの背を押して、部屋から追い出した。
リリッツィア海の上に浮かぶ宝石のように美しい島、王都。
夜も眠らぬその街の喧騒に負けず劣らず賑やかになったバルバート家の邸宅には、今日も明るい光が灯っている。
ダンテは黒霧の魔女が封じ込められた絵画を掲げ、ぐるりと観衆たちを見回す。
従業員に騎士たち、そしてバルバート家の使用人に、馴染みの蒐集家や、工房の職人たちや魔導士の姿もある。
みんなダンテを見守っており、彼の言葉を待っている。
注目されている中、ダンテはしなやかな所作で礼をとった。
「みなさん、お力を貸していただき、本当にありがとうございました。おかげで黒霧の魔女から大切な娘を守ることができました」
続いて絵画をリベリオに託すと、従業員や王国騎士団、そしてロランディ家の騎士たち1人1人にお礼の言葉をかけた。ロゼッタを伴って、次から次へと話しかけていく。
すると蒐集家や工房の職人たちも集まってダンテを取り囲み、労いの言葉をかけてくれる。ロゼッタの知っている人も知らない人もみな、微笑んでダンテと言葉を交わした。
ロゼッタはダンテと彼らの表情を交互に見た。ダンテの無事を喜んでいるのが、言葉からも表情からも伝わってくるのだ。
(みんなダンテのこと、好きなんだわ)
いつも自信に満ちた表情で人を魅了し、人に囲まれ、頼りにされているダンテ。
改めてその姿が眩しく思えた。
「わたくしも支配人になれたら、いいな」
ぽそりと口にした言葉をダンテは聞き逃さなかった。ひょいと抱き上げて目線を合わせる。
「ロゼッタ? もう一回言ってみろ」
「ダンテみたいな支配人になれたら、いいなと思いましたの」
「なんで?」
「……カッコいいから、ですわ」
まごまごと言うロゼッタを、ダンテはポカンと口を開けたまま凝視した。聞き間違えではなかったか、と呟くと彼は唇の端を持ち上げた。
「ほほう、嬉しいことを言ってくれる」
他の誰でもない、ロゼッタにそう言ってもらえたのが嬉しかった。自分が父親の姿に憧れたように、ロゼッタもまた自分の背を見てくれているのだと、そうわかるとこの上なく弾んだ声になる。いつものように揚げ足をとるのも忘れて、ロゼッタの額に自分の額をコツンとぶつけた。
「一人前の支配人にしてやる。このダンテ様が直々に教えてやるんだ。ロゼッタは世界一の支配人になるさ」
上機嫌のダンテが頬にいくつものキスを落としてくるものだから、ロゼッタはくすぐったくなって笑い声を上げた。
「ロゼッタ、家に帰ろう」
「ええ。みんな待っていますわ」
帰る家がある。
一緒に帰る家族がいる。
待ってくれている人々がいる。
そして少しずつだが、この街の人々との間にも繋がりが生まれてきている。
もう自分はひとちぼっちのみなしごなんかじゃない。老舗オークションハウスの支配人ダンテ・バルバートのただ一人の娘として、居場所を与えられたのだ。
その一つ一つが嬉しくて、ロゼッタはダンテに微笑みかけた。
どうにかして彼に、この喜びを伝えたかったから。
◇
主人とその娘が帰ってきたバルバート家の邸宅は、歓喜の声で包まれた。
またもや大勢の人間に囲まれて彼らに労いの声をかけることとなり、さすがにロゼッタは疲れ切ってしまった。
ダンテの服をギュッと握って眠気に耐えていたが、いつの間にか意識が薄れてゆき、夢の世界へと誘われていった。
そのままダンテはロゼッタを寝室に連れて行った。彼はベッドの縁に腰を下ろすと月明かりに照らされる少女をただじっと見つめる。
寝息を立てている少女の輪郭を眼差しでなぞり、顔を顰めた。
穏やかな沈黙が包む室内で、誰に向かって言うともなく、呟く。
「ローゼを失った悲しみを埋めたくてお前を家族に迎えた罪は、これからも償い続ける」
依然としてロゼッタの中にローゼの片鱗を見つけてしまうことに苛まれていた。きっとこれから、成長していくロゼッタは、はますます彼女に似るのだろう。そんな予感がしてやまないのだ。
ただ今は、どんなに姿が似ようと、ロゼッタをロゼッタとして愛することができる自信がある。
今日に至るまで彼女と送ってきた日々が、その気持ちを育ててくれた。
それに彼女の善き父親でありたいという、夢が支えてくれるだろうから。
ダンテはロゼッタの髪を自分の指に絡ませる。薔薇のような色の美しい髪を額に当てて、請うように呟いた。
「ロゼッタ、俺は、お前の父親でいたい」
そっと指から髪を解き、ロゼッタの頬に顔を近づけていると、扉がバンっと音を立てて勢いよく開いた。外で見張っていたブルーノがいつまで経ってもダンテが出てこないのに痺れを切らして開けたのだ。
廊下の明かりがベッドまで一直線に届いてダンテを照らす。
光の先から現れたブルーノはいつもと変わらない無表情だが、どことなく機嫌が悪いのが伝わってくる。
「旦那様、長居しすぎです」
「おいっ! ブルーノてめぇ扉は静かに開けろ! ロゼッタが起きるだろ!」
ダンテは小声で諫めたがブルーノはどこ吹く風といった調子で取り合おうとしない。そのままダンテの背を押して、部屋から追い出した。
リリッツィア海の上に浮かぶ宝石のように美しい島、王都。
夜も眠らぬその街の喧騒に負けず劣らず賑やかになったバルバート家の邸宅には、今日も明るい光が灯っている。