厄介払いされた聖獣王女ですが、冷徹なはずの皇帝陛下に甘やかされています

ざわめく帝国と乙女心(2)

「サリー。あの杯の中身って……お酒かしら?」
「はい。地元の銘柄で原材料にもこだわった、おいしいお酒らしいですよ」

 酒蔵の説明だとか、神殿に奉納して三日間清めたものだとか、あとに続く仔細は耳に入らなくなった。漂ってくる酒のまろやかな匂いに、不穏なものが混じっているように感じられたからだ。

 盆を運ぶ侍女は視線を伏せ、粛々と任務をこなそうとしている。杯の中身については気にしていないようだ。
 それもそのはず、風に乗った匂いの成分なんて、獣人であるフランの鼻だからこそ嗅ぎ取れたようなもの。しかも感覚的な、勘みたいなものだ。

 自信はなかった。まったく別のなにかが香りに干渉した可能性もあるが、嫌な予感は収まらない。
 だが今は重要な国の儀式の最中だ。大勢の観客も見ている。勘違いで式典をぶち壊しにしてしまったら、ただでは済まないだろう。
 迷っているうちに、杯を乗せた盆はライズの前へと到達してしまった。
 首のうしろが、チリチリする。

(どうしよう……)
 ライズが、杯の取っ手に手を伸ばす。
 もう黙ってはいられず、床を蹴るように立ち上がり、駆けだした。
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