厄介払いされた聖獣王女ですが、冷徹なはずの皇帝陛下に甘やかされています
 若く神々しい皇帝が、豪奢なマントをひらめかせ、凛々しく優雅な、ブレのない足取りで回廊の中心を進んでいく。艶やかな花たちには、一瞥もくれずに。

 フランは視線を下げたまま、ブーツが床を踏みしめる規則的な音を聞いていた。

 皇太后がいつから花離宮を設営したかは知らないが、今の今まであの氷のような皇帝陛下は、この選りすぐられた最高級の女性たちを無視し続けてきたのだ。それなら今日も、鋼の姿勢に変わりはないだろう。

 思ったとおり、迷いのない足音が進んでくる。
 カーネリアたちの前を素通りしたとき、微かなため息が漏れたような気配がした。

 そしてきっと表情ひとつ動かさぬまま、突き当りの扉の近くで人の陰に隠れるようにして立つフランの前も、無言で通り過ぎていくはずだったが――。

 正面に差しかかったあたりで、ふいに足音が止んだ。

(どう、したのかしら……)

 そっと視線を上げると、その先に立つ皇帝は、顔だけをこちらに向けていた。見つめるものすべてに畏怖の情を抱かせる、深い濃紫の瞳と目が合ってしまう。

「シャムール王国の王女、フラン……だったな。聞きたいことがある。ついてこい」

 文字どおり凍りついて返事もできない。けれどここで逆らうことなど許されるはずがない。
 絶対零度の空気に負けて、従うしかなかった。
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