紅色に染まる頃
第一章 最悪な出会い
「あ、ちょっと!何するのよ、泥棒!」

聞こえてきた大きな声に、美紅(みく)は思わず足を止めて振り返る。

小さな公園の真ん中にある砂場で、2歳くらいの男の子と砂遊びをしていたママらしき女性が、立ち上がって叫んでいた。

「返しなさいよ!誰か、その男捕まえて!」

どうやら砂場の横のベビーカーに掛けてあったバッグから、財布を盗まれたようだ。

グレーのパーカーを着たひょろりとした男が、ピンク色の財布を片手に、美紅が通り過ぎたばかりの公園の入り口に向かって走ってくる。

「おばあ様、これを」

美紅は男に視線を向けたまま、持っていた風呂敷包みを隣に立つ祖母に預けた。

「まあ、美紅。あなたその格好で?」

呆れたような祖母の声を背後に聞きながら、美紅は入り口に近づき男を待ち構えた。

(巴投したいところだけど、さすがに振り袖姿では無理ね)

美紅は腰の位置にある柵を両手で掴んで重心をかけると、タイミングを計って右足を出し、すぐ横を駆け抜けようとした男の足を払った。

「うわっ!」

足を引っ掛けられた男は、勢い余って地面にザーッと派手に転ぶ。

美紅は近くに落ちた財布を拾い上げ、付いた砂を手で払い落とした。

「すみません、大丈夫でしたか?」

男の子を抱いて駆け寄って来た女性に、にっこり微笑んで財布を手渡す。

たが、男が顔をしかめながらヨロヨロと立ち上がると、美紅はすぐさま顔つきを変えた。

「危ないので、離れて」

左手を横に伸ばして親子をかばうと、男に向き合って間合いを取る。

(もう!だから巴投で仕留めたかったのに…)

男は美紅を睨みつけながら、ジリジリと迫って来た。

「この女、何してくれんだよ!」

飛びかかろうとする男を前に、美紅は両手を前に出して構える。

(仕方ないわね。多少振り袖が汚れても、ここはしっかり技をかけないと)

腰を落としてじっと相手の動きを読み、両手を伸ばして男の襟元と腕を掴もうとした時だった。
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