紅色に染まる頃
静まり返った和室で伊織と向かい合い、美紅はうつむいたまま身を固くする。

あの後、父が嬉しそうに「あとは若いお二人でごゆっくり」と言ってそそくさと退室し、女将が伊織の前にお茶を置いて出ていくと、部屋には美紅と伊織の二人だけになった。

(えっと、なぜこんなことに?父さんが私を嵌めたのは分かるけれど、本堂様もそうなのかしら)

思い切って美紅は顔を上げた。

「あの…」
「はい」

穏やかな笑みを浮かべて伊織が美紅を見つめる。
その姿に一瞬ドキッとしてから、美紅は改めて口を開いた。

「あの、本堂様も父に嵌められたのでしょうか?」

プッと小さく吹き出してから、伊織は真顔になる。

「いいえ、私はあなたのお父上に嵌められた訳ではありません」
「ではあの、今日はどうやって父にここに誘導されたのですか?父はあなたをだましたり、丸め込んだりしたのでしょうか?」
「誘導…はは!いや失礼。私はだまされた訳でも上手く丸め込まれた訳でもありませんよ」
「では、どうしてここに?」
「私があなたのお父上にお見合いを申し入れました」

は?と美紅の目が点になる。

「父にお見合いを?本堂様、父とお見合いなさるのですか?」

伊織は我慢の限界とばかりに笑い出す。

「あはは!どうしてそうなるの?俺が君のお父上とお見合いって、おかしくない?」
「おかしいです。おかしすぎます」
「でしょ?普通に考えてよ。俺は君のお父上に、お嬢様とお見合いさせて頂きたいと申し入れたんだ」

…は?と、美紅は完全に固まる。

伊織は咳払いをして仕切り直すと、真剣な表情で畳に両手をつきながら頭を下げた。

「改めまして、私は本堂 伊織と申します」

美紅も慌てて両手を揃えてお辞儀した。

「わたくしは、小笠原 美紅と申します」

伊織は頭を上げると、真っ直ぐに美紅を見つめる。

「私には特にこれといった趣味も特技もございません。仕事ばかりしてきたつまらない男です。ですが、これだけは誓えます。あなたをずっと大切に致します」

何が起こっているのか分からない。
美紅はただ呆然と伊織を見つめ返した。

「美紅さん」
「は、はい」
「私と結婚を前提におつき合いして頂けませんか?」

そう言うと伊織は、どうぞよろしくお願い致します、と再び頭を下げた。
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