紅色に染まる頃
「なるほど、仲人か」
「はい。父が、やはり小笠原家との結婚ということもあり、略式ではなく正式結納でなければと」
「そうか。現代ではなかなかないな。私の時も、両家の顔合わせで済ませたからな」
「そうでしたか。あの、それで無理を承知で社長にお願いがあるのですが…」
「ん?なんだ?」

そう言って顔を上げた社長は、次の瞬間、もしや…と表情を曇らせる。

「実は、木崎社長ご夫妻に、是非とも…」

伊織がそこまで言った途端、わー!無理無理!と社長が慌てて首を振る。

「お前なあ、俺達一般ピープルがそんな名家同士の仲人なんて、務まる訳がないだろう?」
「そんなことはありません。私達二人をよく知ってくださっている社長以外、考えられなくて。どうかお引き受け頂けないでしょうか?」

伊織と美紅は深々と頭を下げる。

「ちょ、待ってくれ。それはもちろん力になりたいが、いかんせん身分が違い過ぎる」
「そんなものはありません。それに私は社長の部下です」
「そう言われてもなあ…」

社長は困り果てたように腕を組んで思案する。

しばらくじっと二人を見ていたかと思うと、急にニヤリと笑って頷いた。

「分かった。君達の仲人を引き受けよう」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
「ああ。但し条件がある。美紅さん、うちの新事業を手伝って欲しい」

は?と、思わぬ話の展開に美紅は思わず声が上ずる。

「京都の時の宿が成功したのは、君の多大なる尽力のおかげだ。今、新たな時の宿を造ろうとしているが、やはり君の力が欲しいと思っていたんだ。どうだろう、君が手伝ってくれるなら私は喜んで仲人を引き受けるよ」

そう言って社長は美紅ににっこりと笑いかけた。

(いち社員から社長に登り詰めた理由が分かったような気がする)

伊織が参ったとばかりに眉根を寄せていると、隣から美紅の凛とした声がした。

「かしこまりました。社長のお気持ちにお応えしない訳には参りません。わたくしも覚悟を持ってお引き受け致します」

伊織が慌てて美紅を見る。
その横顔は、完全に何かのスイッチが入っていた。
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