紅色に染まる頃
第三章 とんだじゃじゃ馬娘
見送りに出た美紅は、駐車場に停められていたゆるやかな曲線を描く形の良いスポーツカーに釘付けになる。

伊織がリモコンでピッとロックを解除したのがそのスポーツカーだと分かると、美紅は思わず伊織に尋ねた。

「こちらが本堂様のお車でしょうか?」
「ん?ああ、そうだが」

美紅がしげしげと車を眺める横で、伊織はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出して言う。

「アルコールを飲んでしまったので、今秘書を呼びます。あなたをご自宅までお送り致しますので」

その言葉に被せるように、美紅が伊織に詰め寄った。

「あの!本堂様。もしよろしければわたくしに運転させて頂けませんか?」
「は?!」

伊織は目が点になる。

「う、運転?って、この車を?」
「はい。わたくしはお酒を飲んでおりませんし、免許証も所持しております」
「いや、何を言って…。君、今着物を着てるんだよ?」
「大丈夫ですわ。東京では着物での運転は禁止されておりません。ここに来る時も運転して参りましたし」

そう言って美紅は袂から腰紐を取り出した。
端を口に咥えたかと思うと、手際よくサッとたすき掛けにする。

更に巾着袋から半分にたためるドライビングシューズを取り出すと、草履を脱いで履き替えた。

「失礼致します」

目を輝かせながら運転席に乗り込もうとする美紅を、伊織は慌てて止める。

「いや、待って。これ、マニュアルだよ?」
「ええ、承知しております。うちにもマニュアル車はあるのですが、父が止めるのでこっそりとしか運転出来ないのです。こんなに素敵なスポーツカー、一度でいいから運転してみたくて」

美紅は吸い寄せられるように運転席に座り、シートベルトを締めると、うっとりとハンドルを握る。

「ああ、なんて素晴らしいのかしら。本堂様、早く乗ってくださいませ」

呆然としている伊織の手からキーを取り上げると、早速エンジンをかける。

ブオンというエンジン音に、もはや美紅は周りが一切目に入らなくなったようだ。

嬉々としてシフトレバーに手をかける。

伊織は急いで助手席に乗り込むとベルトを締めた。

「ちょ、ま、待って。君、まさか本気で?」

もうその声は耳に届いていないらしい。

美紅は左手でシフトレバーを操作し、両足でクラッチとアクセルの2つのペダルを調整しながらクラッチを繋げ、やがてアクセルを踏み込んでスムーズに車を発車させた。
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