紅色に染まる頃
やがて1曲弾き終えた美紅が、少し照れたように伊織に微笑んでみせた。

伊織が拍手すると、ふふっと肩をすくめてからお辞儀をする。

「とても良いピアノですね。めったに弾いてもらえないなんて、もったいないですわ」

美紅が名残惜しそうに鍵盤に優しく指を滑らせる。

「もう1曲、お願いしてもいいかな?」
「え?」
「どんな曲でも構わない。君のピアノをまだ聴いていたいんだ」

伊織が真剣な眼差しで見つめると、美紅はじっと見つめ返してから笑顔で頷いた。

「それでは、本堂様にこの曲をお贈り致します」

気持ちを整えてから、美紅は再びピアノを奏で始める。

ショパンの『ノクターン 第二番』

美紅がその曲を弾き始めた途端、伊織は心をギュッと鷲掴みされたかのように一気に切なさが込み上げてきた。

深呼吸するように、美紅の紡ぐ音色を身体いっぱいに受け止める。

美紅がどんな人物なのか、美紅の本性は何なのか?
さっきまであれこれ考えていたことは、全てどうでもよくなった。

美紅の奏でる音色を聴けば分かる。
彼女は清らかで美しく、人を包み込む優しさに溢れた人だと。
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